第7話:衝動/対決の中の

     ◇◇Beginning Argue◇◇



 私は戦闘意識をモニターに集中させる。眼前に映るカルゴの特徴を、一瞬のうちに頭の中に叩きこんで対策を考える。

 カラーリングこそ暖色系で纏められており、その至る所にYと書かれたマーキングがされている。恐らく、瞬の家がその手の会社なのだろう。宣伝も兼ねているようだ。

 今の時代としては、緑色のバイザーが特徴であるだけの一般的なカルゴだけど、オプションとして脚部には噴射装置バーニアが増設されているし、背中には推進力が非常に高い壺状増幅推進機関ポッドブースターが装着されている。特徴を踏まえると、本機は高機動型である事が窺える。


「こちらも高機動型だけど……」


 油断はできない。ギアーズ・オブ・アーサーとて、高機動だけに特化しているわけではない。

 それらを認識すると、今度は進み行く現状に目を向ける。放たれた銃弾は本物ではない。データが生み出した幻。だけど、決闘モードが生み出したその幻の銃弾は、本物と同じ速度で私に襲いかかってくる。


「見えたッ」


 銃弾の軌跡は見えていた。ギアスーツの軌道予測が、私に次の動きを想像させる。

 急速で迫る銃弾。認識すれば、一発の被弾は確実――それが、数十年前の常識。だがそれは、生身での戦闘での事だ。

 技術の進歩により、ギアスーツでの戦闘において、認識と回避への運動の時間差は、必ずしも被弾に繋がる物ではなくなった。


「――ッ」


 全身を透き通るように、身に纏う装甲を突き進むそのエネルギーのラインは、その循環しているエネルギーの余波を、主推進システムスラスターのように噴出する事が可能だ。今の私は、スラスターを纏っている。

 だからこそ私は、無意識に近い感覚で銃弾の軌跡を一瞬にして目測する。自分の左肩にヒットするまでを予測したら、左側のエネルギーラインから噴出させて、少ない動きでその銃弾を躱す。使用者の意識をもギアスーツは読み込んで、自動的に使用者の被害を減らす――それは同時に、私に攻撃のチャンスを生み出すのと同じ!


「行きます!」


 気合を入れるためにそう宣言をし、左手に持つアサルトライフルの引き鉄トリガーを引く。軽快だけど、あくまでイメージの銃撃音が私の頭に響く。

 瞬の操るカルゴは、その銃撃を躱そうと大きく左へ逸れる。旧式の性能による過剰運動……そういう疑問が頭の中で反響する。だけど違う。瞬の次の行動で、彼がなぜ大きく避けたかを悟る。


「……大胆ッ!?」


 攻撃を大雑把に躱しつつ、瞬は態勢を低く屈めたのだ。私は、彼の動きを追うように銃弾を放ちながらも銃口を向ける。

 その一瞬であった。それこそが、瞬の狙った私の隙であった。

 ――瞬に銃口を向けるまでの時間。そして私が予測した。瞬に攻撃が当たるという予想。それを完全に狙われた。


「クッ――」


 瞬のカルゴは、後ろに突き出た右脚に付属していたバーニアの噴射を爆発的に強める。それを始点にしつつも、背中に装着していたポッドブースターを起動させる。

 継戦能力は低いけど、代わりにとても推進力が高いそれが起動した瞬間、瞬のカルゴは急速で私に接近する。これでは銃弾予測がズレてしまい、瞬に近接戦闘を許してしまう。


「後退は――無理ッ!」


 私は咄嗟に退こうと、前身にあるエネルギースラスターで後方に下がろうとする――いや、遅い。

 エネルギー装甲を採用している機体は、その持ち前のスラスターでオプション無しでも機動が可能となった。しかし、あくまで向上したのは旋回能力だけ。新型機とはいえ、背部にオプションを装備しないと、旧型のオプション付きには劣る部分が出てくる。

 GOAにも勿論、背部パーツは存在する。四つの翼を二つに折り畳んだようなスラスター。しかし、後方へ退こうとするのだから、そのスラスターは利用できない。


『もらったぁぁああ!!』


 瞬の雄叫びが、私の耳にも聞こえてくる。カルゴは左手でアサルトライフルを構えながらも、右手は左腰の鞘に収まっていた加熱式短剣ヒートソードに手が伸びていた。イアイギリだっけ――日本の剣術の要領で、ヒートソードを引き抜く勢いで、私を斬りつけようと考えているのだろう。

 私はその瞬の言葉に、一瞬の怯みと同時に、笑みを浮かべてしまうほどの高揚感に襲われた。私の中にある戦意を更に増長する。

 ならば応えないといけない。私は、未だ瞬を捉えきれていない左手のアサルトライフルを――捨てた。


『なにッ!?』


 私の素っ頓狂な行動に、瞬は声を出して慄く。当然だ。

 アサルトライフルは、ギアスーツ戦闘において、相手を一方的に貶める事も可能な武器。同時に遠距離からも攻撃を仕掛ける事ができるのだから、捨てる事なんて――それこそ周りに、代わりの武器がない限りあり得ない行動。

 だけど、私だって何も考えずにこんな事をしたわけじゃない。諦めるつもりなんて、ない。


「さぁ――どうくる?」


 この判断により、瞬の動揺を誘うと一緒に、私への攻撃を仕掛けるための進路の邪魔となる。

 瞬に目がけて放り投げられたアサルトライフル。急接近する瞬には、これを躱す事は困難だ。だからと言って、ヒートソードで切り払ったとしても、狙いであったイアイギリでの攻撃はできなくなる。

 油断を生み出すためでも、諦めたわけでもなく、あくまでこのモニター越しに映る暖色の挑戦者チャレンジャーに対し、次なる一手へ結ぶために、一つの武器を捨てる事にしたのだ。銃を失う事により、敵の攻撃のチャンスを自分の物にする――

 だけど――まだ油断はできない。瞬にとってのチャンスも、まだ終わっていないのだから。


『舐めん、なよッ!!』


 瞬が左腰のヒートソードを引き抜き、投げ捨てられたアサルトライフルをイアイギリで切り払う。ここまでは狙い通り。

 しかし同時に、その切り払った勢いのまま身体を右方に逸らし、アサルトライフルを私の兜に向けてくる。距離にして一メートル半。後方へ下がろうとするにしても、この距離では銃撃を避ける事は不可能。

 あとは引き鉄トリガーを引くだけ――けれど、それこそが瞬の間違い。


「すぅー……」


 彼がこの距離まで接近するのを待っていた。同じ武器を持っているのであれば、それで張り合うのは間違いだ。張り合うべきは――リーチに差がある剣だ。

 この距離こそ、ギアーズ・オブ・アーサーの絶好の攻撃範囲である。私は全身のスラスターを切り、浮遊感を消して着陸する。後方に突き進む感覚を受け、足が大地を引き摺る。

 だけど、その勢いを無理矢理に押し潰し、自由となった左手と右手で加熱式長剣ヒートブレイドの柄を握り、左方に腰を捻る。その構えを見て、次なる攻撃を理解した瞬は引き鉄トリガーを引こうとしてくるが――遅い。


「エクス――」


 私はギアーズ・オブ・アーサーの本来の武器、加熱式光子長剣エクスカリバーの名を呼ぼうとする。けど、


「あれ……?」


 脳裏に思い起こされるのは、現在使用している武器がそれではない事。何より、このままいくと捕捉したカルゴの頭――瞬の頭を吹き飛ばしてしまうんじゃないか、という不安が過ぎった。

 ――倒す。

 止めないと。そう思い、身体が硬直しようした――けど身体は止まらなかった。止まれなかった。心の中でざわめく。なぜ止まらないのか。なぜ自由がきかないのか。

 ――倒さないと……ッ

 精神と身体が乖離していくような感覚――――止めないといけないのに、言う事を聞かない。

 振り抜かれていく長剣。引き鉄トリガーを引こうとする瞬は、戦闘に夢中で、それがどこに当たるか解らないようであった。

 ――グッ……

 私は、今から起こるかもしれない惨劇を想像し、心がすーっと冷たくなる。しかし、身体は止まらない。止まってくれない。GOAはそのまま瞬の頭を強く、それで叩きつけ――

 そして――決闘は終わった。



     ◇◇Termination Argue◇◇



「えっ……?」


 視界が真っ赤に染まった現実に、私は目を見開いた。思わず漏れた声が、身体の自由を取り戻した事を実感させる。

 目の前には、瞬のカルゴが硬直している。決闘モードが終了し、ギアスーツが強制的に硬直したのだ。

 私も同じく、ヒートブレイドが瞬の首を掠めるところで硬直していた。瞬のアサルトライフルは、私の眼前にあった。

 でも、モニターに映るのは瞬の勝利を伝える物でも、だからといって。私の勝利を伝える物ではなく――

 ゲストの勝利を伝える物であった。


「……これは?」

『ゲストだと!?』


 私と瞬が驚いて、硬直されていない首を振り、二人して周りを見渡す。すると、アリーナの出撃箇所にいる、青いバイザーを持つ黒いギアスーツの存在を確認した。

 黒い装甲に浮かび上がる青い光の線。その手には、ハンドガンが握られており、私の頭にそれは向けられていた。撃たれたのだ、頭を。

 突然現れたその謎のギアスーツ……私はその機体が、あの船で出会ったギアスーツと同じである事に気づく。私を助けてくれた、あの大剣のギアスーツに。


『てめっ、何者だ! 俺達の勝負に手を出しやがって!』


 瞬が決闘の邪魔をされた事に怒りを感じたのか、声を荒げる。怒りを向けられたその黒のギアスーツは、ハンドガンをフィールドに投げ捨て、ゆっくりとそのヘルメットを脱いだ。

 ファサッと、ヘルメットの中に収まっていた長い黒髪が垂れ出る。そして現れたのは――若い男性の顔であった。


「悪かった、とは言っておこう。だが、そのまま行くとお前は首を痛めていたぞ?」

『何だと!』

「そこの銀色の。模擬戦とはいえ、相手を痛めつける行為に変わりはない。それを自覚して戦闘をしろ。お前は、人を一人、殺しかけたのかもしれないんだぞ?」


 私に向けられた声は酷く冷たいものであった。沸騰していた私の頭が、急速に冷えていく。

 心が止めようとする中、それでも私の身体が、瞬に勝とうと振り切って攻撃をしようとしていた。その事実を認めてしまい、両手で握っていた剣を思わず放してしまう。虚しく響くのは、フィールドに落ちた模造の剣の鈍い音だけ。


「あっ……ぁぁ……」


 あの瞬間、私の中にあったのは、首を刎ねてしまうかもしれないという恐怖だったはずだ。

 でも、私の身体は止まらなかった。こんな体験、初めてで……。戦いに夢中になっていたのは解る。それでも、相手に危害を与えるまで夢中になった事なんてないのに……


『何者だって聞いてんだよ! 答えろよ』

「はぁ……。武蔵島ギアスーツ養成学校所属、実務戦闘科目担当教師、ヒューマ・シナプス、だ」


 大きな溜め息を吐いたその好青年は、自分をこれから私達が通う学校の先生だと名乗った。流石に、その言葉を聞いて口を慎む瞬。そんな様子にヒューマは、そのキリッとした目つきを更に細めて、嫌に楽しそうな笑顔で、


「お前ら、この後職員室な?」


 と、明らかな説教宣言を叩きつけてくるのであった。

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