第6話:準備/模擬戦の

「へー、また派手なコアスーツね」


 瞬と優衣がギアスーツのセッティングをしている間、私は遠見ちゃんと一緒に、私のギアスーツのセッティングをする事になった。

 瞬がギアスーツ乗りに対して、優衣と遠見ちゃんは技術者志望らしい。遠見ちゃんが私の付き添いをしてくれるのも、どうやら私の機体に興味があるからのようだ。


「アイちゃんって上品なイメージがあるから、ここまで鮮やかな赤なのはビックリだなぁ」

「そうですか?」


 コアスーツとは、ギアスーツというパワードスーツを身に纏う際に使用者が着こむ、所謂アンダーシャツだ。顔以外の肉体全てを包み込むように設計されており、今の私は下着の上からそれを着こんでいる。

 アンダーシャツと喩えたけど、これ自体にもギアスーツや武器を支えるための自律制御機構パワーローダーが内蔵されていたり、反動を抑えるための反動制御装置が内蔵されている。これだけでも作業が容易になる優れものだ。

 私のコアスーツは鮮やかな赤色なのだけど、どうやら遠見ちゃんとして意外だったらしい。一応、この色にしたのにも理由はある。


「私、RRダブルアールの伝説が好きなんです。だから、コアスーツだけでもあやかりたくて」

「あー、なるほどね」


 私の言葉に、遠見ちゃんは口に出して納得する。ギアスーツ乗りに伝わる、ある世界的戦争を終わらせた英雄機、RRダブルアール。その伝説は、イギリスにも伝わっているほどの有名な物であった。その一機の活躍により戦争は終わりを迎えた。そしてそのギアスーツは、公式の記録から消えたとされる。まるで、近世に現れた英雄物語みたいで私は好きだった。

 そのギアスーツの色が赤であった事から、ギアスーツ乗りの中には、その伝説に肖って赤を用いる事が多い。私もまたその一人であったわけだ。


「んで、アイちゃんのギアスーツは……これだよね?」

「はい。私のギアスーツ。ギアーズ・オブ・アーサーです!」


 遠見ちゃんが保管室から送られてきた、銀色の装甲を持つ、私の専用機であるギアスーツに指を指す。


「当然のように言うけどねぇ……」


 遠見ちゃんが、まじまじとギアーズ・オブ・アーサー――GOAを見つめる。確かに専用機を持てる人は、余程の金持ちか、スポンサーがついている事が普通だ。だからこそ、量産機を改造して、自分だけの機体と称する事が多いらしい。

 私の場合は、イギリスという国がスポンサーという事になるのか。そう思うと、凄い後ろ盾なんだなぁ、と実感する。


「アイちゃんって……お金持ちだったりするの?」

「んー、いえ。私の家は、そこまでお金持ちじゃなかったかと」

「……という事は、何かしらのスポンサー付きか。なるほどね」


 私の小父さんは、確かに一機だけ専用機を有してはいるけど、あくまでそれは、小父さんの功労が評価されたからである。私からすれば、私よりもお金持ちの家はあったし……私がそう首をかしげると、遠見ちゃんがぶつぶつと自分勝手な解釈を考え始めていた。これに関しては、個々の感性によるんだろう。

 と、二人で物思いに耽っていると、遠見ちゃんが持っていた携帯端末のパッドの画面が明るくなった。それを遠見ちゃんが見て、ゲッと声に出して私の方を振り返る。


「ヤバッ。アイちゃん、準備準備!」

「あ、はい!」


 どうやら向こうの準備ができたようであった。恐らくは、催促のメールなのだろう。そう、今はチャレンジャーである山口 瞬との模擬戦の準備中であったのだから。その目的を思い出し、私達はいそいそと準備をする。


「じゃ、開くよ。入ってねぇ」

「はーい」


 ギアスーツの装着の仕方は少し独特だ。数年前に、ギアスーツの骨組みフレーム構造は一心されたので、以前とは違っている。

 以前は、コアスーツの上から装甲を支えるフレームを接続し、そこに装甲を被せ、武装を装着していくという、時間と手間がかかる方法であった。例えるなら、下着の上に服を着て、その上からプロテクターを装着していく感じ。迅速なる戦闘準備とは程遠い、そんな方法だったのだ。


「アイちゃん?」

「え、あ、はい!」


 しかし、ギアスーツ学の第一人者であるトロイド・ハーケイン博士が提唱した、連結フレーム方式にギアスーツの装着方法は変わる事になる。

 確か、一世代前のギアスーツ、ミスティアの公表と同時期に公開になった装着方法だったはずだ。この装着方法を簡単に言えば、最初から下着以外の上着、ズボン、プロテクターが連結されている。そして、連結されたそれらは前開きになっていて、そこに身体を装甲に合うように持っていくのだ。


「アイちゃん? 大丈夫?」

「ごめんなさい。少し思い返していて」

「もぉ、しっかりしてよ~」


 遠見ちゃんが急かしてくるので、早く実践してみよう。

 まずは、前が開かれたギアスーツに対して背を向ける。そして、そのギアスーツに肉体を預けるように後ろ歩きで足を入れる。

 コアスーツには背中の肩甲骨辺りに、中枢部コアと呼ばれるギアスーツを動かすOSと、それらを動かすエネルギー貯蔵されているパーツがあり、それをギアスーツの背面装甲の裏にあるジョイントにくっつける。

 すると、自動的にギアスーツが起動し、私の身体がコアスーツの自動装着システムによって、ギアスーツの開けた装甲に沿うように動く。開かれていた前面の装甲が自動で閉じ、これにてギアスーツの装着の一段階目は終了する。


「装着完了……じゃなくて」


 単的に言ってしまえば、これまでが一枚ずつ服を重ね着してきたに対し、今度は一回でその重ね着ができるようになったのだ。

 ギアスーツが自分の操作を受け付けるか、手をグーパーと繰り返して正常に起動するかを確かめる。異常なし。


「アイちゃん、これ」

「ありがとうございます」


 しかし、たとえ服を簡単に着込めるようになったとしても、ヘルメットだけは自分の手で被るしかない。逆に言えば、最後は自分の手でギアスーツを装着するのだ。

 遠見ちゃんから渡された、GOAの騎士の兜を模したヘルメットを私は被る。ヘルメットの中は、最初は暗闇が広がっているけれど、コアとの接続が容認されると、途端に外部カメラから取り込んだ画像を基に作られたCGが映し出される。

 以前までのヘルメットはバイザー方式を採用していた。肉眼での視覚情報を混ぜ合わせて情報を会得するバイザーは、ギアスーツにとっての最たる弱点となるほど脆弱な物であったのだ。

 しかし、その脆弱であった顔面にも、装甲を与える事により弱点は消える事に成功する。そして外からの光を遮断したヘルメットの中身は、外から取り入れた画像を映し出すようになり、よりデジタルな視界を会得できるようになったのだ。


「モニターの起動、完了です。完全起動オールグリーン


 武装以外の全てのパーツを身に纏った私の今の姿は、恐らく伝説の時代を生きた騎士のようであるはずだ。遥か昔――それこそ、アーサー王伝説の時代の騎士のような姿である。

 銀色の鎧は煌びやかに光を反射し、その顔には厳格な印象を受ける赤きモノアイが浮かび上がっているはずだ。


「武装は何するの? 模擬戦だからそれ専用の加熱式短剣ヒートソードとか加熱式小剣ヒートナイフとかあるけど」

加熱式長剣ヒートブレイドとアサルトライフルですね。長い剣の方は慣れてますし」


 GOAの本来の装備は、両刃の長剣と大型のアサルトライフルである。なので、私はアリーナのギアスーツのセッティングルームに置いてあった、模擬戦用の長い模造剣と、一般的に使用されている、フンド209という型番のアサルトライフルを取り出して装備する。

 模擬戦用の武器に殺傷性はなく、銃からは銃弾は出ないし、剣と称しているけど刃は丸め込まれており、斬撃としての性能は低い。


「決闘モードも正常に起動。大丈夫っぽいですね」


 模擬戦は、ギアスーツにあらかじめ設定されてある決闘モードにより、お互いのギアスーツが、己のギアスーツが決闘モード中に如何にダメージを受けたかを計り、体力が多く残った方が勝ちとなる。装甲ごとに体力ゲージが存在してあったり、銃にも残弾の設定が合ったりと、実は中々本格的な戦闘が行えるのだ。

 ただし決闘モードとは言え、勢いよく振り被ると、相手に衝撃を与えてしまうかもしれないため、その点に関しては気を付けないといけない。

 今回の模擬戦はこれを用いた一騎打ち。どちらが先に、致命傷となる一発を相手に叩きこめるかが勝負となる。


「んじゃ、私は観客席から見とくからね」


 そう言って遠見ちゃんは去っていく。彼女はあくまで手伝いで、ここから先は自分の勝負となる。

 そして、私は後からやって来たチキの応援の元、模擬戦場を突き進む。武蔵島、最初の戦闘がここから始まるのだ。



      ◇◇Skip◇◇



 ギアーズ・オブ・アーサーことGOAを操る私は、全身に迸るエネルギースラスターを使い、アリーナのフィールドを突き進む。ヘルメットのモニターに映るのは、優衣と遠見ちゃんしかいない観客席と、目の前に同じく突き進んでくる、オレンジ色の明るいカラーリングをしたカルゴであった。


「瞬……」


 旧式であるカルゴと、オリジナルでかつ新型である私のGOA。その性能差は歴然であるはずだけど、それはあくまで理論上において。結局は使用者との相性、使用者の腕、使用者の調子によって、総合的な性能は決定するのだ。

 だからこそ、冷静にならないといけない。私は、瞬のあの自信に何かしらの裏があると考えている。二世代も前のギアスーツを駆り出す限り、性能差に不安を抱くはず――しかし、瞬は自分のそのハンデを承知で模擬戦を挑んできたのだ。


「油断は、しない!」


 私は自分にそう言い聞かせて、パワーローダーの力を使い、左手だけでアサルトライフルを構えて、右手でヒートブレイドを構えながら瞬のカルゴに接近していく。アサルトライフルの銃撃範囲ではない。牽制は無駄である。弾が勿体ない。

 それに、瞬もまたその武器は同じアサルトライフルだ。近接武器は、二振りのヒートソードを選択したようだけど、これによって瞬と私は、お互いの殺傷範囲に入り込まない限りは、引き鉄トリガーを引けない状況となっている。


「ッ――」


 だが、それはほんの一瞬だけの事。お互いが、お互いに向かって前進しているのだから、すぐさま殺傷範囲は訪れる。

 決闘を開始する銃撃が放たれる。一発の銃声が私の耳に入った瞬間、心なしか、カルゴの特徴的な緑色のバイザーの中の瞳が変わった気がした。

 ――やはり瞬は本気だ。

 性能差なんて関係ない。勝とうという気持ちがひしひしと伝わってくる。この戦いは、真剣に、相手を仕留めるための試合だ。

 放たれた瞬の銃撃を見つめながら、私はその先にいる瞬を睨む。武蔵島、最初の決闘相手に私は想像以上の興奮を覚える。申し分のない相手だと。そして小さく、呼吸を放つ――

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