第5話:友達/初めてにして新しき

 私の出立前に調べた武蔵島という人工島は、世界的に見ればまだ歴史の浅い島である。人口は、およそ一万人と人工島にしては少なく、学校もギアスーツの運用を専門にした学校しか設立されていない。

 だけど、逆に言えばこの武蔵島は、ギアスーツの運用を目的とすれば世界的にも最適な島なのだ。だからそんな武藏島に組する団体も多く訪れる。


「オ嬢様。起きてくださイまし」


 その中でよくあるとされるのは、その会社の社長の息子などがこの武蔵島へ下宿し、その技術を会得させるというものだ。武蔵島は積極的に最先端技術を取り入れる。島で三年間を過ごした生徒は、その間に得た技術を会社に持ち込み、会社自体の発展を狙うわけだ。

 アイ・アルトリス・イグリスこと、私もまたその一人である。私はイギリスからの留学生の扱いであり、同時に母国が、日本への技術提供を求めている証拠でもあった。

 イギリスは、電子頭脳技術こそトップクラスに発展しているけれど、ギアスーツ技術は日本と比べては劣ってしまう。ギアスーツ技術が各国で発展していく中、イギリスは置き去りにされないように、と日本と契約し私を送り込んだのだ。


「オ嬢様? オ目覚めの時間でござイます」


 とはいえ、私だって、それだけが理由でやって来たわけではない。日本という国に強い憧れを持っていたから、その提案に賛成したのだ。私の強い意志を聞いて、戸惑う小父さんの表情を思い出す。小父さんと言っているけど、私を育ててくれた人なのだから、心の底から心配に思ってくれたのだろう。

 私はそんな小父さんの表情を思い出して、少しばかりの申し訳なさを感じて――


「オ嬢様! 起きて! オーじょーさーまー!」

「――ふにゅ」


 ――頭が意識の整理をしていると、声がそれを阻害する。

 武蔵島に到着した翌日。ダンボール塗れの個室のベッドの上で、私はチキによって身体を揺さぶられていた。安眠妨害だ。どうにも長旅で心身ともに疲れ切ったらしく、郷愁に耽ってしまっていたらしい。早すぎるよ、ホームシック。

 まだ完全に起ききっていない頭で、なぜチキがここまで必死になるかを考える。メイドのチキにとっては、私には健全なる生活を送ってほしいのだろうけど……。

 瞬間、私の身に纏っていた温かみは霧散する。


「せイッ!」

「わっ!?」


 掛け布団を、ブワッと取り払われた。さ、寒い……。

 私がベッドに残る細やかな温度を求めて、もぞもぞと動いていると、それ以上の寒風が私を襲う。その流れ込んでくる正体は海風。チキが個室の窓を開けたのだ。

 春とは言え、やはりまだ寒さが残っているその風は、私の瞳を完全に覚醒させるには、あまりにも十分なものであった。

 しばらくは温かい温度を求めて、ベッドをもぞもぞと動いたけど、チキによって掛け布団は取り払われてしまっているので、ベッドは寒くなるばかり。そして私に向けてくる、チキの満面の笑み。


「オ・嬢・様ー!」

「……むむむ。チキめぇ……」


 故郷でも行われていたチキの早起こし術を受けて、私は起きざる負えなくなった。満面の笑みでも、その中には早く起きてください、と訴えかけてくるのだから私は、はぁっと大きな溜め息を吐いた。

 でもこれは、チキに溜め息を吐いたのではなく、こうでもしないと起きる事ができない、そんな自分の不甲斐無さに溜め息を吐いたのだ。

 ゆっくりと動きだしてベッドから降りる。そして、着ていた薄桃色の寝間着ネグリジェに手をかける。昨夜は、シャワーを浴びるのを忘れてすぐに寝てしまったから、少し気分が優れない。寝間着のボタンを外し、脱いだ服をチキに手渡していく。


「ごめん。シャワーで身体を洗ってきます」

「エェ。服は出してオきますね」


 そう言って、私は気持ちを切り替えるためにシャワールームへ入り込む。シャワーヘッドから零れ出す、清流の如き水の流れに身を任せる。気持ちがいい。私は、ホームシックなんて洗い流すつもりで、その冷たい水を被った。



     ◇◇Skip◇◇



 学寮の受付の時に伝えられたのは、本日の朝ご飯時から行われる、学寮長主催、新入生歓迎会の開催の事実であった。

 皆が皆、制服を着こんでお互いの存在を知る。学寮の住人同士のコミュニケーションを深める事が目的らしく、私は一人で白のセーラー服を着て学寮の合同食堂へ向かう。チキは朝食の場には参加せずに、個室の整理をしてくれるとの事。部屋に帰るのを楽しみにしておこう。


「えーと、この階段を下りて……」


 私はドキドキとワクワクを胸に、ぎこちない動きで食堂へ繋がる廊下を歩いていく。やはり異国の地。憧れを抱くけど、不安もまた抱いているようで。張り付き始めた緊張感を認識しつつも、やっと見つかった食堂の扉を開く。

 視界に広がるのは、たくさんの同年代の男子と女子であり、綺麗に並べられた席に分かれて、そこで談笑をしている光景であった。彼らの目の前には朝食が用意されているけど、皆は話し合う事に夢中になっているようであった。


「あら、新入生さん? 名前と部屋番号は?」

「あっ。アイ・A・イグリスです。505号室……です」


 扉のすぐ横にいた妙齢の女性に誘導されて、私は自分の名前が書かれた名札がある席に座る。どうやら朝食は最初から用意されていたらしく、私からすれば馴染の薄い白飯と味噌汁、赤い身をもつ焼き魚が配膳されていた。本場で食べる、初めての和食である。

 と、目の前の料理に気を取られていると、私は自分に向けられている視線に気づく。ゆっくりと、下から上へ目線を上げていく。

 私と机を挟んで、物珍しそうに私を見ている。黒髪のおさげが特長的な少女が。口をもごもごと濁していた。なんだろう。何かおかしなところでもあるかな。

 私は自分の佇まいを確認するけど、特に目を見張るほど変な事はしていないと思う。とりあえず視線もあってしまったので、ここは挨拶はするべきだろう。


「おはようございます、でいいんですよね?」

「ッ!? 日本語、いける口かぁ……良かったぁ」


 明らかに日本人だと思うので日本語で挨拶をすると、おさげ髪の少女は、そう言って胸を撫で下ろした。どうやら私の金髪を見て、余計な不安を覚えてしまったようだ。

 自分がここでは、異国人である事を認識しないといけない。おさげの彼女の警戒心を解いてもらうために、胸の中に渦巻く緊張感を飲み込んで、自己紹介を始める事にする。


「初めまして。私はアイ・アルトリス・イグリスです」

「あ、私は永瀬 遠見! よろしくね、アイ……ちゃん、でいいかな?」

「あ、はい! そう言ってくださると嬉しいです。私は……遠見ちゃん、でいいのかな?」

「うん!」


 そう言って、遠見と自称した少女が両手を伸ばしてくるので、私もつられて両手を握り返す。

 そうやって二人で、テーブルを介して両手を握りながら腕を振っていると、遠見ちゃんの頭の後ろから、覗き込むようにズイッと女の子の頭が現れる。よく見ると、更にその後ろから、目つきの厳しい印象を覚える男の子も現れる。


「バカ兄貴よ。我らが幼馴染のミィちゃんが、私達より先に友達を作っていますよ」

「お前、そうやって遠見に突っかかるよな」

「ちょッ!? 瞬に優衣! 何よ突然」


 そう言って私から手を離して、後ろを振り向く遠見。それに少しの寂しさを覚えたけど、遠見ちゃんの後ろの二人に意識を向ける。

 一人は、灰色のウェーブのかかった髪を持つ、たれ目気味の少女。小動物のリスやハムスターを思い浮かぶ。

 もう一人は、彼女よりも茶色で短髪をしている、鋭い目を持つ少年であった。どことなく、鋭さの中に優しい感じを覚える。

 その二人の雰囲気は似ている気がする。確証はないけれど、どこか雰囲気や顔立ちに、少しの共通点がある気がした。

 先程の話し方の打ち解け具合から見れば、遠見ちゃんと親しい人物であるようだけど……。


「遠見ちゃん。この人達は?」

「あー、えーと。腐れ縁というか……なんというかぁ」

「遠見の幼馴染の山口 瞬だ。んで横のこいつが」

「横のバカ兄貴の妹分、山口 優衣です。アイさんですね。よろしくです」


 瞬と自分を呼んだ少年は快活に、そしてそんな兄を軽く蔑ろにしつつも優衣と名乗った少女は、名札を見てか私に礼儀よく挨拶をする。

 兄妹らしいがその態度は違うものだなぁ、と私は漠然と考えつつも、名を名乗ってもらったので私も自己紹介を返す。


「初めまして。アイ・A・イグリスと言います。よろしくお願いします!」

「アイ、か。オーケー。ばっちし覚えたぜ」

「バカ兄貴の覚えたは信用ならんですよ。それはそうとして、よろしくお願いしますね」


 そう言ってお辞儀をする優衣を見て、猫のようで可愛いなという印象を覚える。チキにはない、別ベクトルの可愛らしさというか、あざとさというか。

 そんな感想を抱きつつも、私は先程から向けられている視線に合わせた。瞬が私を見つめてくる。何か思うところがあったのだろうか。しばらく悩んだ挙句、彼はゆっくりと口を開いた。


「お前、ギアスーツ乗りか?」

「え、はい。そうですけど……」

「そうか……なら――」


 突然の質問に、少し驚きつつも答えた私に、瞬は意味深くそう呟く。遠見ちゃんと優衣が、嫌な予感を察したような表情を浮かべる。

 瞬という人間を知らない私にとって、何が起こるのだろうと思っていると……


「俺と、戦ってくれ!」


 そう、快活の中に真剣味を含めた表情で言ってきた。

 遠見ちゃんと優衣が、あちゃーと言わんばかりに手で顔を隠す。オーバーなリアクション。その中で、私はと言うと。


「は、はい……」


 突然の大声に驚いてしまい、その勝負の申し出を、反射のように受け止めてしまっていた。その返事に、瞬が嬉しそうにガッツポーズをする。

 私はあれぇ、と心の中で思ってもいなかった展開を嘆いた。



     ◇◇Skip◇◇



「……本当に戦ウんですか?」

「まぁ、頼まれたしね」


 あの発言をキッカケに、本日の予定がまるっと変更になったのは言うまでもない。瞬がどうしてもと言うので、渋々付き合う事になったわけだ。

 自由時間になり、先程のメンバーで武蔵島の中央付近にあるアリーナに、個室で待機してもらっていたチキと共に向かう事になったのだ。


「一日目から戦闘ですか……」

「ごめんね」


 アリーナは所謂、ギアスーツの模擬戦が行える場所であり、武蔵島に登録されているギアスーツなら使用が可能だ。瞬もまたギアスーツ乗りであり、私が乗り手と知るや否や、勝負を申し込んできたわけだ。

 私は今、銀の鎧のギアスーツを身に纏っている。ギアーズ・オブ・アーサー。その被った兜の中にあるモニターには、敵情報である瞬の機体が映し出されていた。

 瞬の機体は、カルゴタイプ。GOAからすると、二世代前の機体と言える。


「旧式……油断はならないか」

「オ嬢様。オ気をつけて」

「えぇ。勝ってきましょう!」


 瞬が何故、あのような自信を持って戦いを挑んできたかは解らない。しかし、二つ返事をしてしまった自分にも非があるし、何より私も戦ってみたくなったのだ。

 武蔵島での自分の実力を知りたい。その一心で。だからこそ、彼の挑戦は私にとっては都合のいい指標となり得る。

 アリーナのグラウンドに繋がる、眼前に見える扉が開かれる。私は、息を整えるために小さく深呼吸をする。意識を集中させて、アーサーと一体化するようなそんなイメージを脳裏に写し、そして――


「アイ・A・イグリス。ギアーズ・オブ・アーサー……戦いを始めましょう!」


 そのギアスーツと共にアリーナに、模擬戦場へ駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る