第3話:傭兵/未来を信じる
海賊の男が切り殺され、甲板にいた乗客員は息を飲む。だが、その現実を認識した瞬間、ヒステリックを起こし、喧しく叫び始めた。
黒のギアスーツは、そんな喧騒など気に留めない様子で、真っ直ぐに私を見下ろしていた。現実的で、それでいて幻想的な光景に思える。
彼が私を助けてくれた。それだけではなくて、その闇に浮かび上がる月の様な光。まるでギアスーツというキャンパスに描かれた、風景画のように見える。
私は、そんな彼に思わず呆けた声をかけてしまう。
「あなたは……だぁれ?」
『…………』
自分が被った鮮血など、視界に入っていなかった。不快感などなかった。ただ、目の前の異様なギアスーツに目を奪われていたんだ。
大剣を携えた黒の鎧は、そんな私の問いかけに答えない。
その広い水色の
人が死ぬという事に、私は無感動であった。感覚が麻痺してしまったのかもしれない。だからこそ、このギアスーツが今から行う惨劇を、私はただ傍観する。
『……ブルーライン、戦闘に介入する』
男の声が聞こえた瞬間、その黒いギアスーツは、甲板から浮上し船から飛び立った。その姿はまるで、堕天した天使が再び光り輝く空へ昇天するような、そんな奇蹟的な光景に見えた。
「うわっ……」
私はぺたんと尻餅をつく。緊張していた身体から、力が抜けていく……そして今になって、自分の状態に気がついた。
血塗れで、目の前には真っ二つのギアスーツが死に倒れている。人間の中身が漏れ出し、それが視界に映る。細長い物が飛び出している気がして――そのグロテスクな物を認識してしまった私は、認識と生理的限界を迎える。
「――ァッ」
見た事がないわけじゃない。でもそれは、あくまで勉強の際で見た画像――本物ではない。現実のそれが――自分の中にあるであろうそれが、吐き出されていると思うと――
意識は消え、私は暗闇の中へ赴く。
私にとっての運命との出会いは、これにて一度の幕引きとなる。だけど、運命は――
◇◇Shift:Huma◇◇
「ルビィ。敵は何機いる?」
「――三機。いずれもカルゴタイプです――」
黒きギアスーツ――ブルーラインを纏った俺は、相棒である電子生命体、ルビィから海上にいる敵機の情報を得る。
相棒の声は、他者からは電子音声が奏でる不協和音のような音であり、真っ当な人間の言葉ではないらしいのだが、それはあくまでギアスーツに声帯が無いからだ。
彼女と意識的に繋がっている俺は、その状態でも唯一、その言葉の意味を理解できる。
「少数精鋭……というわけではないか」
ブルーラインのバイザーにも映し出された、三という数字に小さく息を吐いた。
俺と海賊との関わりは、そこまで深くはないと自負はしているが、他者から見れば、十分に太い縁で結ばれていると誰もが言うだろう。俺にとっては、落ちぶれていく過去の敵という認識である。
十一年前の海賊戦争の敗退から、しぶとく生き残っている組織である。だが、そこにかつてあった信念は見られず、ただ生きるために悪事を働く、そんなつまらない組織に成り果ててしまっていた。
海賊に思い入れなどない。敵として前に現れるならば、殺してでも排除するだけだ。
「――会敵。戦闘を開始します――」
「了解。素早く決めるぞ」
バイザーに映った海賊を確認すると、装甲を走る青白い光――エネルギーラインから噴出させられる、
その右腕の大剣――俺が長年愛用している、ルベーノと呼称している加熱式大剣を構えながら接近する。甲板で切り裂いたカルゴ――海賊の血がまだ流れている。
「――戦闘に影響はありません――」
「了解」
――また人を斬るのだから、気にする必要はない。
薄汚れた紫色のカルゴが三機、武装を持ちながら海上で固まっていた。アサルトライフルに
敵もこちらに気づいたようで、三機が連携をとり、三角を描くような陣形を作り上げて接近してくる。強いて、海賊戦争以降の海賊を褒めるならば、このような連携をとれるようになった事ぐらいか。
「――成長はしている――」
後衛の二機が、旧式のアサルトライフルでこちらに目がけて銃弾を放つ。軽快な音が海上に響き渡る。
前衛の一機は、両腰に納めてあったヒートソードを引き抜いて、俺との接近戦に備える。バランスのいい連携ではある。
「だが、遅い」
アサルトライフルから銃弾が放たれる中、俺はその銃撃を躱し、右方へ駆け出す。敵が陣形をとるならば、まずはその陣形の崩壊に誘う方が最適だ。
右方を突き進み、後衛二機のカルゴが銃撃を止め、アサルトライフルを構えながらこちらを銃口で追う。
ある程度まで進み、腰部に装着していた
剣を構えるカルゴを頂点とした三角形。その後衛二機の右方である、アサルトライフルを構えているカルゴに目がけて急加速する。
『ひ、ひぃッ!?』
ブルーラインの機動性は、旧世代のカルゴと比べると桁違いである。その全身の装甲に駆け巡る青い光の線、それ自体がスラスターである。身体全体が推進力を持つのだ。
ブルーラインは、その恩恵で高機動での戦闘が行える。それに加えて、腰部にはスラスターを別に持っているため、その機動力は歴然の物になる。
海賊は慄くだろう。今、目の前にいる敵対者は、自分達よりもはるかに強き者であると認識するからだ。
だが――海賊とて生きるためならば、ここで諦めるわけにはいかない。それこそが人間の心理であり、生存本能だ。
『うぉぉおおおおおおッ!』
案の定、最もブルーラインに近いカルゴは、雄叫びながらもアサルトライフルを俺に目がけて撃ち放つ。軽快な音と裏腹に、人を殺す事を簡単に行える殺戮の弾丸は、幾多もの風を裂きブルーラインの装甲にぶち当たる。
しかし――その攻撃が通じるのは、およそ十年前までの戦闘までである。
「なッ!?」
銃弾が装甲を躱していた。まるで風に押し負けたように。それはあまりにも理不尽で、不自然な現象に見えるだろう。時代に取り残された男達が目撃する、新時代のギアスーツの特徴である。
「――エネルギー装甲、正常に機能――」
青い線から溢れだすエネルギー。通称、エネルギー装甲と言われるこの装甲は、そのエネルギーを装甲に膜を張るように展開し、爆風や銃弾を受け流すようになるのだ。
これにより装甲自体にダメージは通らず、尚且つ近接戦闘を阻む銃撃を無視して、急激に接近する事が可能――即ち、俺にとっての得意距離での戦闘となる。
「グァッ――――」
攻撃を受け流されて思考が停止し、無意味な銃撃を続けていた右側のカルゴが、体液混じりの赤い息を吐く。急加速の勢いのまま、ブルーラインのルベーノで貫かれたのだ。
ルベーノは巨大な大剣であり、ブルーラインの半身以上の大きさの剣である。そんな巨刃で貫かれたのだから、鉄の装甲を身に纏っていたとしても、容易にその胸を穿つ事は可能である。
『――チッ』
左方のカルゴは、その攻撃に合わせて一度退こうとするが――遅い。俺は急加速を止める事はせず、その勢いを更に加速させ、カルゴを貫いた刃で、そのまま眼前の敵に迫る。
人が突き刺さったままの剣での攻撃は、狙われた海賊にとっては恐怖でしかなかった。それこそが狙いだ。恐怖は人を硬直させる。
恐怖に囚われた海賊は、元仲間であるカルゴが突き刺さったルベーノに、アサルトライフルを向けて乱射する。だがそんな無鉄砲な射撃が、ブルーラインどころかルベーノに当たるわけがなく――
「ァッ!?」
そのまま貫き通す。刃の面積に余裕はなかったが、胸部の装甲に刃が通るだけの余裕は残っていた。そして、一応の念押しとして、俺はある起動コードを呟く。
「――点火」
音声認識でルビィに伝え、ルベーノに灼熱の炎が灯り始める。重量で貫き、切り裂く大剣であるが、その本質はあくまで加熱式の大剣だ。例え、どのように硬い金属であっても、熱を持って貫き切り裂く。それが、ブルーラインの象徴であるルベーノである。
胸部装甲に刃を貫かれただけであったカルゴも、発生する数百度の熱に焼かれて絶命する。刃に突き刺さっていたカルゴも、これによって開いていた穴が更に開き、俺が煩わしく思って、露を払うように剣を振るうと、海面に叩きつけられて沈んでいった。
「さて」
『グッ……』
俺は――最後に残った、ヒートソードを構えたカルゴを睨む。武器を構えてこそいたが、その手は震えていた。
恐怖だろう。そのカルゴに内在する感情は。そして同時に想起させるのは――十一年前の海賊戦争。海賊自体を壊滅させようと戦った、ある黒い機体であるに違いない。
「お前は――お前はァッ!!」
敵が叫ぼうとした機体の名前。その機体の名前はブロード・レイド。だが――残念ながら、その名前の機体はもう公には現れない。その名前はもう役目を終えたのだ。
海賊は激昂して、握ったヒートソードを振り被りながら俺に襲いかかる。恐怖と激昂によるその突撃は、俺からすれば無謀であり愚かな選択でしかなかった。
「ガッ――!?」
何の策も講じずに攻めにかかったカルゴは、あり得ないと言いたげな声を出す。彼の胸を貫いたのは、右腕のルベーノではなく、左腕の装甲に付属されている盛り上がった部分――そこから現れた小さな刃だ。
仕込み刃。
『…………』
海賊の男は、俺のその一撃によって絶命した。貫いた装甲から左腕を引き抜く。また血で機体を汚してしまった。カエデにまた怒られてしまう。
――あっけないものだ。戦闘が終わる感覚は、安心感を覚えると同時に儚く思える。静寂が蘇り、俺はそんな感覚を振り切って任務の達成を理解し、我が愛する者に通信を入れた。
「カエデ。迎えに来てくれ。終わった」
『はいはーい。待っててね、お父さん!』
自分の娘である。十六になった彼女は、海上に残った俺を回収する手筈となっていた。娘を回収係として頼むのは、親としては複雑な心境だが、彼女が力になりたいと言ってくれたのだから、その願いは叶えてやらないと彼女に悪い。
俺は――いや、ヒューマ・シナプスは、未だ変わらない人の本質に嘆きを覚えながらも、僅かながらの希望を抱いていた。次なる時代の子供達への希望を。転換期を超えて、俺はただ未来を信じていた――信じていたかったのだ。
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