輝夜姫独白

「宇宙船が欲しいの」


 16歳の誕生日、東山千春が恋人に強請ったプレゼントは宇宙船だった。

 首を右斜め30度に傾け、20cm上方の恋人の瞳を上目遣いに、しかしじっと見つめる。軽く握った両手を口元にあてて、小さな唇を強調するのも忘れない。自身の魅力を完璧に把握した上の仕草だ。

 さらりと流れる亜麻色のショートヘアに縁取られた小さな顔に目立つ大きな瞳は、傾き始めた西陽を受けて煌めいている。


「あ、ロケットじゃなくて、飛行船みたいなでっかい船がいいなぁ。秋ちゃん、お願い!」


 秋ちゃんこと西海秋久は恋人のわがままに、しかし冷静に答えた。


「千春、高校生には宇宙船は無理だ。あと20年待ってくれ。絶対にお前を宇宙へ連れて行く」


 切れ長の眼をさらにきりりと引き締めて、あくまでも大真面目に、秋久は千春の手を握る。

 だから今日のところはこれを……と彼が千春の右手薬指に滑りこませたのは、シンプルなシルバーリング。ハート形にカットされた、小さなピンク色の石がひとつぶ載っているきり。今どき恋人に送るにはあまりにも幼稚な品だ。

 だが、千春は頬を赤く染めて笑みを深める。


「わぁ、素敵……! かわいいよ、秋ちゃん」


 どこかおどけたような甲高い声から一転して、穏やかな声音。そこには抑えきれない喜びがにじんでいた。


「ありがとう! 宇宙船よりもずっと嬉しい。この指輪、大事にするね」


「いや、まだだ。千春を宇宙船に乗せるまでは誕生日は終われない」


 そんなに堅く考えなくてもいいのにぃ、と秋久の胸に抱きついて、千春は、にへへと笑う。


「秋ちゃんと宇宙船に乗るの、楽しみにしてるからね」


「ああ、月でも火星でも千春が好きなところに連れて行ってやる」


 秋久の言葉はきっぱりとして、些かの迷いもない。

 もしかしたら秋久なら本当に千春を宇宙に連れて行ってくれるかもしれない。千春の望んだ通り、大昔のアニメに出てくるような宇宙戦艦を手に入れて、例え太陽系の外側、銀河の果てまでも。

 でも、


「私は今、遠くに行っちゃいたいんだけどなぁ」


 呟いた言葉は誰の耳にも届かず、虚空に溶けていった。




<了>

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