初めての冒険5 ~セラ救出劇3~
俺は素早く、セラ様を自分の背後に隠す。
少しでも仮面狸から遠ざけるために。
自分を仮面狸という存在から遮る盾のように。
目の前には数多の仮面狸がいる。
その足元には、彼らの進撃をこれ以上させじとマハルの氷結魔法が見える。
少しでも今まで仮面狸に囲まれていた心情を察すると、これ以上、セラ様の目にあいつらを映らせたくなかった
マハル。
俺はマハルの方を見る。
杖を片手に、懸命に何か唱えている。
継続魔法の弱点は、この詠唱を読けていなければならないのだ。
そして小走りだが、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「セラ様、お怪我はありませんか?」
俺は後ろで地面に座り込んでいる少女に声を掛けた。
この状況に震えているわけでもなく、きちんと我々が来るまで、耐え忍んでくれた。
セラ様の精神力は並みはずれたものだ。普通、魔物にさらわれたただで済むのが珍しいことだ。
「……はい」
短い返事だがきちんと、意思表示を返してくださった。
意識もしっかりしているし、良好だ。大丈夫そうだな。
あとはここから脱出するだけだ。
マハルがようやくここまでやってきた。
額には汗を掻いている。
この距離を走った割には、汗を掻きすぎている。これも魔力消費の燃費の悪さが影響しているのであろうか。
「大丈夫か? マハル」
俺は声を掛けた。
肩で息をしている。
「大丈夫、まだ」
マハルはそう答えるが、少し辛そうだ。間違いない。ここに来る途中で話した。
例の話が今、マハルに起きている症状だ。やはり魔力の使いすぎなのか
「座ってな。少しでも体力回復に努めたほうがいい。セラ様もおかげで無事だ。ありがとうよ」
俺がそういうとマハルの顔が輝いた。この状況で何よりも万病に効く薬だろう。
「そっか、よかった、セラさん」
マハルが微笑むと、セラ様も微笑み返した。
両方共、笑顔に力はないが、心は充足しているように見える。
「さてあとは……マハル」
俺はマハルの方を見た。
マハルがきょとんとした顔で、俺の顔を見つめ返してくる。
「お前に謝らないといけないことがあるんだ」
改まって俺は言った。
「何ですか? 今さら、何が起きても私は驚きませんよ」
マハルが優しい表情で答える。
「すまん、俺としたことが……セラ様を助けるまでの作戦は考えていたんだが、それから先の脱出するまでのことを一切考えていなかった。申し訳ない」
俺は軽く、頭を下げた。
セラ様を助けることばかりだけを考えていて、その先の事を一切考えていなかった。
しかもこれだけの仮面狸の数だ。一筋縄ではいかないはずだ。
「姉さんは?」
マハルが姉の所在を聞いてくる。
まださっきのところでルンバとやりあっているようだ。実力が拮抗するといい試合にはなるが、お互い決め手に欠けて、長期戦になるのが問題なんだよな。
「あそこ」
俺が指を指す。
マハルがその指の先を見ると、ニコルが豪快に槍を回転させていた。
「まだ闘ってたんだ」
マハルは姉の安否が確認出来て、少し安心したようだ。
「すまん、俺がその先のことを考えていなかったばかりに。一気に劣勢だ」
俺は頭を下げる。
「何を言うんですか、ウィルさん。その作戦に対して、その後のことを聞かなかった私も同罪ですよ」
マハルはそうはいってくれるが、状況は一向に悪くなるばかりだ。
どうするか。
「ウィルさん、もう少しで拘束が切れます」
マハルがしかめっ面で答える。
どうする。
考えろ。
考えるんだ。
「私が囮になる」
口を開いたのはセラ様だった。
「セラ様が囮になってどうするんです。私たちはセラ様を助けに来たんですよ。それなのにセラ様を囮にして脱出したら、助けに来た意味がなくなる」
俺は言い聞かせるように言った。
自分の不甲斐なさが、セラ様にこのようなことまでを言わせている。
それがとても恥ずかしく、情けなかった。
「こんな私がいなくなっただけでもみんなが探してくれている。それも必死になって。普段は置物みたいに、あの家にいる私がこんなにもみんなに迷惑を掛けているなんて、私は耐えられない。ならいっそのこと」
「それ以上はダメです」
セラ様が最後の一言を言い終わる前に、俺は彼女の口を塞いだ。それ以上の言葉はいっちゃならない言葉だからだ。今までの経験上、その言葉ははいちゃいけない。
「ウィル……」
セラ様が最後の言葉を飲み込んでくれた。
「マハル。俺考えたんだ。仮面狸の大将はあいつだよな?」
俺は軽くそれっぽく指を差した。
「ええ、あの大きいのだとは思います。仮面の模様も他の狸より、派手で立派だし」
マハルはうんうんと頷きながら答えた。
「間違いないと思うわ。私を捕まえた時も彼が主で、他の仮面狸達に命令を下していたわ」
セラ様のお墨付きも貰った。
「つまり、あいつを倒せば、この戦いは終わるってことだよな?」
俺は二人に聞く。必ずしもそうとは言い切れないが、戦況はいい方向には進むとは思う。
数で圧倒し、いつでも殺せる状況下にあるので、必ず相手の心には余裕が生まれている。
その余裕を突ければ、勝機はある。
「確かにそうですけど、一体何を考えてるんです、ウィルさん」
マハルが聞いてくるが、俺の目にはもう、大将首の仮面狸しか写っていない。
「ちなみに、マハル。奴までの距離なんだが、意外とここから近いと思わないか?」
ここから斬り殺しに行ったとしたら、もしかしたら一番最短距離で斬り殺せるかもしれない。
「まさか……ウィルさん。貴方は……」
マハルが俺のやろうとしていることに気がついた。
「気が付いたか?」
俺はようやく気がついたマハルを見た。
「ですが、そんなうまくいく可能性も……」
マハルは頭に手を当てて、考え込みながら答える。
走れば、ものの数秒でたどり着ける。
しかも、俺の風精霊の力を得ればもっと容易にもなる。
「うまくいく可能性を上げていく。まずはセラ様だ。ここでセラ様を利用するのは本当に心苦しい。脱出してから、煮るなり焼くなりして下さい」
そう言い、俺はセラ様に頭を下げた。
「まずは話を聞いてからよ」
セラ様が耳を傾ける。
「まずはセラ様が投降するといい、嘘の投降を行う。そして途中までいったら、この魔物除けの笛を全開で吹く。この音を聞いたら大半がこの音の方に注意が向く。セラ様はそこでその場に座り込んでください。よろしいですか?」
俺はセラ様に聞いた。
「さっきは囮は駄目って言ってたのに、今度は囮になって下さいだなんて。ウィル、貴方」
セラ様が俺に顔を近づける。
小柄で美しい顔が俺の近くまで迫ってくる。
「は、はい。なんでしょう」
少し、後ろに気圧されながらも俺は答える。
「ここから無事に帰ったら、覚えていなさい。こき使ってあげる」
ふふっと笑いながらセラ様は言った。
承諾してくれたということでいいってことかな。
「次はマハルだ。マハルには重要かつ辛い役目が待っている。それでもいいか?」
マハルの元に行き、言い聞かせるように言った。
「はい。私が出来ることならなんでも」
マハルが頷く。
「マハルには、魔法を使って奴らを拘束してもらう。さっきは、隙をついて、行ったからうまくいったが、今度はそうは、うまくいかないかもしれん。俺が敵の大将首をあげるまで、周囲の敵の動きを拘束、最悪制限でもいい。やれそうか?」
またマハルには、本当に迷惑をかける。
その上、苦しめてしまうかもしれない。
「大丈夫です、誰も動けないようにしてやります」
そういうとマハルは、薬草を食べ始めた。
「魔力が少し回復する薬草です。あんまり美味しくないです」
準備万端か。
「あとはニコルがいればもっと楽なんだけど」
俺はニコルの方を見ると、未だにルンバと戦っている。
まぁ、ルンバを釘付けに出来るという点ではありがたい話だが。
「俺は全員の事の成り立ちを確認する。うまくいっているならそのままだし、少し修正が必要なら修正する。失敗なら……いや失敗を考えるのはよそう。魔物除けを吹いて、注意を引く。その隙にマハルは魔法の詠唱と実行。俺はマハルが敵の拘束をしている前提で本陣に突っ込み。首級を上げる。以上だ」
淡々と説明、即席の作戦なので、小さな問題や、そううまくいかないところはあるとは思うが、何とかお願いしたい。
「ウィルさんはそのまま本陣に突っ込むんですか?」
マハルが聞いてくる。
「あぁ、そのまま突っ込むよ。風の精霊の力を借りてね」
俺の唯一の残された力だ。
「風の精霊?」
マハルとセラ様が声を揃えて、聞き返してきた。
「そそ、俺が契約している属性は風なんだ。それで色々な場所で、力を貸してくれる。昔はたくさんの技が使用出来たんだけど、今じゃ、ほんの簡単な数個の技しか使えないよ。風の衝撃波の斬撃と今回使用する高速移動が可能になる風の運び。満足に使用できるのはこれくらいかな」
俺は、他に使用できそうな技を考えたが、浮かんでこなかった。
「なるほど、かつては盾役をしながら、高速移動で、動きすらも補助していたんですね」
マハルがもっとも意見を言ったが、実際は、そうではない。中々相性が合う属性の精霊がいなくて、たまたま相性が合うのが風属性だったなんて言えない。
「まぁ、そんなとこだ」
俺が適当に返答をすると
「今の返事はウィルの空返事だ。きっと本当の話じゃないわ」
にやりと笑いながら、セラ様が鋭い指摘をする。
おかしいな、会う機会は限られてるはずなのに、なんで俺のことがそんなに分かるんだ。
「さて。そろそろ作戦を実行したいんですが?セラ様、よろしいですか?」
俺はセラ様に聞いた。さっきまでの和やかな雰囲気がぴりりと引き締められる。
セラ様を見ると、若干足が震えている。
「大丈夫よ、ウィル。きっとうまくいくわよ」
セラ様が、俺の肩を叩く。
励ますどころか励まされてしまった。
「お願いします」
「うん、わかった。行ってくる」
セラ様はそう言い、俺達の下を離れて行った。仮面狸のたくさんから、歓声が聞こえてくる。
まだよ、まだよ。
もう少し。
今だ。
セラ様が歩いている途中で、魔物除けの笛を力強く、吹いた。
ピッーという高い音が鳴り響いた。
母なる風よ! 私の前にその力を示せ!
心の中で、そう唱え、一気に大地を踏み込んで、跳躍する。
総大将の姿を目視し、一気に仕留めてやる。
俺のこの動きに気が付いている存在は、数えるほどだ。
どうやらマハルも唱え始めたようだ。
次々と仮面狸達の足が凍っていく。
見事だ、マハル。
行くぞ。
空中で加速して、一気に最短距離で向かおうとする。
しかし、そうはうまくいかなかった。
距離を詰めたところで、邪魔が入った。
この速度に付いてこれるってことは……。
「へぇ、追いつめられての窮鼠、猫を噛むか。でも惜しかった。この私がいるのだから、貴方のその作戦は成功しない」
動揺を収容した仮面狸が、俺のこの風の運びの速度に付いてきている。
こいつ!
風遁の術か!
さっきのあいつは火遁と雷遁。こいつは風遁か。
「それ!」
剣撃が迫る。
盾で受け止めるが、双方の風の力が反発しあって、攻撃が弾かれあう。その勢いで俺は地面に落とされてしまった。
「むっ」
周囲を見ると、さっきのセラ様の護衛を務めていた仮面狸達がいる。
ぶつぶつぶつぶつと何か唱えているのが分かる。
詠唱と印を結んでいる。これは!
「土遁」
一斉の掛け声がした後、俺の着地した足場が崩れ去り、渦を巻き、地面の下へと俺を飲み込んでいく。
「ウィルさん!」
マハルの俺を応援する声が聞こえた。
いや、心配の間違いか。
大丈夫だ、マハル。
風の運びは、地面を蹴り上げなくても、空に浮かべるぜ。
風遁の術はあくまでも術であるが、精霊との契約は本当の精霊を契約しているので、外的要因であり、制限がない。あるとすれば、本人が扱えるか扱えないかだ。
「邪魔をするならば!」
俺は風遁の術で邪魔をしてきた仮面狸に的を絞った。
「貴様らの策などお見通しよ」
剣と剣が錯綜し、火花を散らし、弾き合う。
「それ、それ!」
風のように剣を振るい、斬撃を当ててくる。
一撃一撃は軽いが隙がない。
「ならば」
俺は、斬撃を繰り出してくる相手の攻撃を受けつつ、相手に刃を突きつけた。
鈍い感触がして、剣の先に仮面狸の血液が付着した。
「ぐううう」
地面に落ち、左胸を抑えて、やられた当人は苦しがっている。
「ふん、軽いんだよ」
俺は、奴の剣撃で凹んだ甲冑の部分を触った。
「目指すは、あの大将首だけだ」
俺は剣を両手に構えて、ひときわ目立つ、仮面狸に突き刺した。
やったか?
剣がずぶりと奴の胴体を貫いたかと思った。
しかし、奴は笑っているようだ。
仮面をしていても分かる。
確かに笑っている。
「何で笑ってるんだ……」
俺は目の前で笑っている仮面狸に言った
「ほぅ、笑っているのがよく分かったな?はははははっ」
笑い声が大きくなった。
「うおおおお」
突き刺した剣をなぎ払う。
するとどうであろうか。
奴の体が、無数の蝶になって飛んでいった。
馬鹿なこいつは一体……。
周囲は薄暗い。
薄暗さしか感じられない世界。
「何なんだ、ここは?」
見たことのない場所に俺は、恐怖を覚える。
「分かるはずだよ」
俺の背後で声がした。
恐る恐る振り返ると、そこにはエルゼンが立っていた。
「エルゼン……なのか」
俺はかつての拳撃の士を見た。
「あぁ、ウィル。俺だ。君に振り回され、最後は勝手に解散して、行くところもなく、祖国に帰ったエルゼンだ」
軽くため息をつきながら、エルゼンは言った。
「すまん、お前や他のみんなには、謝っても謝っても許されないだろうと思う。何か俺に出来ることがあったら教えてくれ。なんでもする」
俺は何度も何度も、頭を垂れた。
エルゼンは何も反応してくれない。
「ならウィル、俺をかつてのメンバーがいるところに戻してくれよ。ミモザやシーカ、センナ。また皆と一緒に旅がしたい」
エルゼンの辛辣な心の声が聞こえてくる。
泣いているのだ。
「エルゼン……」
頭を抱えて泣いている。
ぶつぶつぶつぶつと念仏のように何か言葉を唱えている。
よーく耳を済ますと、ウィル、お前のせいだ。という言葉が聞こえてくる。
お前がセンナを見殺しにしたからだ。
お前さえ、お前さえいなければ。
お前のせいで俺の人生が歪められた。
センナ。
お前さえ、生きていればなぁ。
「エルゼン」
俺はエルゼンの方に手をやり、身体を起こそうとする。
「ウィル…人殺し」
ぼそりと囁く小さな声。
「うわあああ」
俺は一瞬そこで正気に戻された。
確かにあの日、あの時、俺は見殺しにした。
センナは死んではいなかった。俺が見ている間は、彼女は生きていた。
その後はどうなったか知らないが、俺が見ていたときは、まだ生きていたんだ。
センナに促されて出てから、彼女はあの中に閉じ込められ、どうやって最期までの時間を過ごしたんだろうか。
恨んでいるだろう。
俺を特に。
素直に彼女のいうことなど、聞かず、無理にでも連れ帰ればよかった。
そうすればもしかしたら彼女は。
いやよそう。
あの状況では、助けることは不可能だ。
そんな、もしやもしかしたらがまかり通るのならば誰も死ななかったろうにな。
センナ。
君、一人の存在がいなくなっただけで、この様だよ。
君を追って、僕もそっちにいけばよかったのか。
それとも、今のようにただ何となく過ごしていればいいのか。
大抵の無茶をしても、君は笑っていてくれたが、
僕が君と同じ所に行きたいとか、生命を軽んじたりする発言をすると、君は首を振っている。
それが私を死なせた罪を背負って生きていきなさいという君から課せられた使命なのか、単純に君の心の優しさから、僕を死なせたくないということなのか。分からないけど、僕は、君に言われたとおりの最低限のことは守ってる。
「センナを見殺しにした盾役の冒険者はさっさと冒険者をやめてしまえ」
エルゼンの言葉が、胸に突き刺さる。
「誰もお前は守ることなど出来ない。自分の守らなくてはならない、一番大事なものを守る事が出来なかったからな。自分の一番大事なものを守ることが出来なかった奴に、それよりも優先度が低い人達を守ることなど、絶対に出来ない」
確かにそうかもしれない。
今の俺はからっぽだ。
守るべき資格もないし、盾役をやろうとも思わない。
でも守らなきゃならないものや譲れないものが何なのかは分かる。
ニコルやマハル、みんな。ぽつぽつぽつと頭に浮かんでくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます