初めての冒険4 ~セラ救出劇2~
急ぎ、三層から四層へと降り、最下層で一番初めに目に入ってきたのは、やはり新緑豊かな森だった。
他の階層よりも一層緑の量は多いような気がする。
いかにもこの森の中に仮面狸がわんさか隠れていそうだ。
しかし、未だに姿を露わにしている仮面狸は少ない。
迷宮は、そこにある土地に関連しているため、形成される階の構造も、その土地柄によるものが多いと、誰かが言っていたことを思い出した。
「また森か。おそらく、ここにセラ様がいるはずだ。二人共、初めての迷宮最下層だ。気持ちはどんな感じだ?」
俺は、二人に聞いてみる。
実際、この程度の難易度の迷宮であれば、盾役がいなくても何とかなるとは思うが、初めての自分たちの力で、きちんとした目的を持って、最下層まで進んできたのだ。
思うところはきっとあるはずだ。
「今は状況が、私を迷宮に潜らしている。セラちゃんを助けたいって気持ちは、あるんだけどね。でも、次に迷宮に潜った時は、何か自分の意志で決めた目的を持って挑戦したいと思う。最下層っていっても、そんなたいしたことないわね。実際、ここには主がいないみたいだけど。なんでいないのかしら? 仮面狸も出てこないし、何だか拍子抜けな感じ。あーあ、早く出て来ないかな。セラちゃんをさらった仮面狸なんて、私が全員倒してあげるわ!!」
ニコルが考えながら言った。
彼女なりによくよく考えている。
後半は少し言い過ぎなかんじがするが。
あまりに、立派なことをいうので、まだ騙されてるんじゃないかと思い、幻流草をかじる。
に、苦い。
夢でも、幻でもない。
私は、姉さんみたいに、目標や目的を決めるのが得意ではないから。だから逆に、何かしら、迷宮に潜る理由が欲しかった。私は、セラさんを助けるために迷宮に潜る。それが今の私が、この迷宮に潜る理由です。私は姉さんの援護をきちんとこなすだけで、それは最下層でも、一階でも関係ないわ。一体ごと確実に倒していく。少しでもいいから前に進むの」
マハルは、息継ぎを忘れるくらい、すらりと話してくれた。
初めはそれでいいと思うがな。
ニコルの言葉は、昔の俺だって達成するのは中々難しい内容だ。
大変素晴らしいとは思うが。
マハルは一個ずつ、丁寧という印象だ。
まぁ、中々迷宮に潜る理由なんて難しいよな。
「なるほど、二人の気持ち、しかと聞いたぜ。それじゃ、セラ様が助けを待っているから、急ごう。俺達がさっそうと登場して、仮面狸を倒せば、セラ様も安心するだろう」
俺はそう言い、前を向いた。
森の中を歩く。
仮面狸が、いつどこから出てきても、大丈夫なように、いつでも対応出来るように歩く。
魔物すらいない。
音のない森。
「なんなの?」
ニコルが落ち着かない気持ちで、周囲を見回す。
「物音すらしないなんて、おかしくないですか? ウィルさん」
マハルが俺に聞いてくる。
「まぁ、何かおかしいってのは分かる。俺としたことが、少し緊張してきた」
そう言い、心臓に手を当てる素振りをする。
ニコルとマハルはそれを見て、微笑む。
明らかに違和感を感じる。
誘導されているようだ。
周囲には、ある一定の距離感で、仮面狸がいるのは間違いない。
だが何故仕掛けてこない。
この森の中では、そっちが有利なはずだ。
変化の術を使用してきても、集団で襲ってきても、どのみちあっちが有利だ。
なのに何故動かない。
動けない理由でもあるのか。
相手の意図が読めない。
奴らの目的は何だ。
セラ様をさらった理由は何だ。
真実が見えてこない。
白い靄のようなものが掛かっている。
まぁ、セラ様を助けるって理由だけで、こっちは十分過ぎるからいいんだが。
仮面狸の誘いに乗り、森を奥に進むと、森が無くなり、開けた場所に出た。
「何? あれは?」
ニコルの視線の先には、建物があった。
ある程度の同じ大きさの石を幾重にも規則的に積み立てたものだ。大きさは中々なものだ。
所々にひびが入っている。
偉く立派なものだな。
前に来た時にこんなのあっただろうか。
昔の記憶を思い出そうとするが、全く思い出せない。
「建物みたいですね」
マハルが言った。
墓のような気がする。
昔、他の迷宮で似たようなものを見た。
迂闊な間違った意見は言えないので、敢えて、口には出さないが。
「入口みたいなところもある。ウィルどうする?」
ニコルが聞いてくる。
入らないと、ここを囲んでいる奴らも許してはくれないか。
周囲の森や草むらの影からは、仮面狸の凄まじい数の気配を感じる。
「入って下さいとおあつらえ向きに、入口まである。セラ様は、おそらくこの中にいるような気がする」
二人を、ここに残すわけにもいかないので、中に入るように促す。
「分かった。マハル行くわよ」
「うん、分かったわ。姉さん」
ニコルが、マハルを中に連れて行く。
一応、先頭で俺が入り、入口付近に何か仕掛けがないか、確認する。
迷宮内に罠や特殊な仕掛けがある。
それは高難易度の迷宮では、日常茶飯事だが、たまにこういった、初期の迷宮でも現れることがある。
それで大怪我をする人も中には少なくない。
いつもと同じで、ここはこういうやり方で大丈夫という考えは非常に危険である。
「どうやら、入口には何も仕掛けはないようだな」
注意深く確認したが、特にないようだ。
「じゃあ、早速進みましょう」
ニコルが、槍を構えて進む。
「待て、先頭は俺が行く」
俺は、周囲に神経を配りながら、前方を注意深く見ながら進む。
奥に進んでいくと、中に広い空間が現れた。
中央には四角い棺のようなものがある。
そして、その少し後ろには一際、大きな仮面狸に捕まっているセラ様がいた。
他にもずらりと、仮面狸は待機している。
「セラちゃん!」
ニコルが叫んだ。
その声に、セラ様が気がついた。
「ニ、ニコルちゃん?」
びっくりした表情で、セラ様はこっちを見ている。
「助けに来たよ。ウィルとマハルも一緒だよ」
俺は、セラ様を見て、軽く頷いた。
ようやくここまで来た。
あとはセラ様を、救い出すだけだ。
ニコルとマハルの士気が高まってきているのが分かる。
「人間がここまで追ってくるとはな。だがこの女性は返すわけにいかない」
セラ様を押さえつけている仮面狸は言った。
一際身体が大きく、仮面の模様も他とは違う。
「そっちの言い分は分かった。だがこっちはそれを飲むわけにはいかない。だからこっちはこっちの目的のためにやらせてもらう。そっちもそっちの成すべきことをするんだな」
俺は相手の頭らしき仮面狸に言った。
「そんなたった三人で何が出来る。この数の前では、ないに等しい」
そうだ、そうだと周囲から相槌が行われる。
「三人じゃない……ノギばぁ様、セリーナさん、組合員、里のみんながセラちゃんを探してる。来ているのは私達だけでも、ここにある想いは私達だけじゃない」
ニコルが、胸に手を当て、この場にいる俺とマハルを含めて、仮面狸全員に聞こえるように言った。
マハルも頷いている。
「悪いが俺たちは強いぜ。この娘が言うとおり、みんなの想いを背負っているからな。だから生半可な気持ちで来る奴がいたら、ただじゃすまない」
ニコルに呼応して、俺は、相手をビビらせるように言葉を続けた。
周囲の仮面狸の一部がざわついている。
どうやらすこしは、こっちの言葉でおたつく奴らが現れているようだ。
「皆の衆、落ち着き給えや。いくら気持ちを背負っているからといっても、闘うのは結局三人。焦ることはない。むしろ、焦っているのはあっちなのです」
また新しい仮面狸がでた。大きさは普通の仮面狸と変わらないが、仮面の模様が違う。
余計なことを。
敵にも冷静に状況を判断できる奴がいたか。
「さて皆の衆、よろしいか。仮面狸百人組手の時間だ。客人をもてなして差し上げなさい」
セラ様を拘束している仮面狸がいった。
すると仮面狸達が小刻みに動き始めた。
俺達の周囲を取り囲むように座る。
取り囲んでなにをするつもりであろうか。
しばらく見ていたが、特に何かをしてくるわけでもない。じっと試合か何かを待っているようだ。
「私が行くわ」
ニコルが立候補する。
今のニコルを止められる奴はそうはいない。ニコルが前に出て行くと、複数の仮面狸が待ち構えていた。
「それでは始め!」
誰かの掛け声と同時に、仮面狸四人がニコルに向かっていった。
ニコルは柄の部分を使用し、仮面狸達を瞬く間にねじ伏せる。
「ぐわ」
「あいて」
「なんだ」
「こいつ、強いぞ」
ニコルに叩き伏せられた仮面狸達が続けざまに言った。そして運ばれていく。
「第二陣、前へ」
するとさっきのやられたヘッポコ四匹に比べて、体格の恵まれた仮面狸が出てきた。
「では始め」
また誰かが始めの号令を出した。そもそも何で試合形式なんだ。俺の目には ニコルがさっきと変わらず、仮面狸を倒している姿が見える。
「馬鹿な、我々を倒すなんて」
再び、地面に転がっている奴らが、ぶつくさ文句をいっているが、ニコルが相手では仕方がない話だ。端から強さが違いすぎる。
「むむ、第三陣。そろそろ頼むぞ」
すると、一見普通の仮面狸と姿形が変わらない狸が出てきた。
ニコルが、警戒しているのが分かる。
すると、仮面狸達が木の葉を手に何やら印を練っている。
どんっと化けたものが凄まじい魔物などに変化するのかなと思っていたが、そこに現れたのは熊が四匹だ。
前の二陣までの相手よりかはマシにはなったが、ニコルが熊程度で止められるはずがないぜ。
瞬く間に槍を使い、突き刺し、変化を解いていく。
予想以上に手応えがなくて困る。
てかこれ本当にまじめにやっているのか。
俺は、周囲を見回すが、仮面狸達は固唾を呑んで見ている。
どうやら大真面目らしい。
「では第四陣、始め」
しかし、第四陣の担当狸が出てこない。
「第四陣のものいないのか?」
反応がない。
「はいはい、いるよ」
大勢いる中から、他の仮面狸とは違う雰囲気を持った仮面狸が現れた。
「さて、戦いましょうかね。私の名前はルンバだ。よろしく、お嬢さん」
ぺこりとルンバは頭を下げ、ニコルに微笑んでいるかのようだ。
しかし、ニコルはそんなルンバの雰囲気に呑まれることなく、しっかりと、ルンバを見据えている。
高速でルンバが印を結ぶ。
仮面狸の攻撃方法はこの印を結ぶ術と格闘戦になる。
すると、ルンバの口の中から炎が出てきた。
「火遁だよね」
ルンバは独特の口調で技名をいい、攻撃する。
伸びるような火炎が襲ってくるが、ニコルは突然の火遁の術に驚くことなく、高速で回避する。
落ち着いているじゃないか。
「あちゃー、火遁はダメか。ならこれだ」
ルンバは火遁とは異なる印を結ぶ。印を結ぶ速度も中々早いし、こいつは今までの仮面狸とは違う。
印が結び終わった。
「行くぜ!」
ルンバのはつらつとした声とともに雷遁の術は放たれた。
ニコルの頭上から小さいとはいえ、雷が降り注ぐ。
その雷を、ニコルは左右に身体を揺さぶりながらぎりぎりのところでよろめきながらも避けた。その後に転んでいる。
「嘘ぉ!?」
ルンバが素っ頓狂な声を上げた。
確かに驚くのも無理は無い。風や雷属性は速度を重視されている技や魔法が多く、回避されにくいのがウリなはずだ。
マハルは雷遁を回避したニコルを見て、特に驚いていない。
「マハル、ニコルどうしちまったんだ?」
俺はマハルに聞いてみた。
「修行の成果です。なんて。たまたまです。今のは。実際、修行しているのは確かなんですが、やり始めたばかりです。私の自慢は高速移動。いずれは雷や風属性の技くらい回避しないとだそうです」
マハルがその時を思い出し、くすりと笑いながら答えた。
おいおい、雷や風属性の攻撃を回避だって。そりゃあ不可能ではないが。
でもそれはかなり難しい道のりだぞ。
俺のかつての仲間だった電光石火の如き拳を振るったエルゼンも、そんな芸当は出来なかったはずだ。
まぁ、目標が大きいほうがいいとは思うが。
ルンバとニコルは激闘を繰り広げていた。
ようやくまともな戦いになったような感じだ。
ルンバも雰囲気は今までの仮面狸と同様怪しかったが、実際は中々のものだ。
金属製の細い棍棒のような武具を持ち、ニコルと打ち合っている。
ニコル同様に、一撃一撃の破壊力というよりは、速度と鋭さで勝負するといった感じだ。
まぁ、それよりこの微妙に和んでいる感じはなんだ。
周囲を見ると、ニコルとルンバの戦いを仮面狸は応援している。俺とマハルをそっちのけで。
異様な光景だな。
俺はそう感じつつ、視線をセラ様に移した。
例の仮面狸が片時も離れずに、付いている。
その周囲も一般の仮面狸とは異なる雰囲気を持った狸がいる。
もちろん仮面の模様が違う。
確か、仮面に付ける模様で何かを表現していると誰かから聞いたことがある。
その何かが大事なのだが、その何かを忘れてしまったから意味は無い。
見た感じ、セラ様の周囲にいる仮面狸の仮面を見ると、四角い形の盾の模様が書いているように見える。
「マハル、マハル」
俺はこの大歓声の中、マハルに囁きかける。
「なんでしょう? ウィルさん」
俺の声に気がついたマハルは、そっと近づいてくる。
「この盛り上がっている試合を利用して、セラ様に近づこうと思う。だがあの周りは分かるように守りが硬い。さてどうする?」
この状況を利用し、セラ様に接近するのはいいが、肝心の助け出す方法が思いつかない。
なるべく騒ぎがないほうがいい。
「近くまで行ってから、私がセラさん以外の周囲の仮面狸の足を地面ごと凍らすのはどうでしょう? それなら動けないでしょう」
マハルは答える。
「出来るのか? 選別するのは、中々難しいんじゃないか? 仮にセラ様の足が凍ってしまったら終わりって状況だ」
マハルには悪いが、難しい内容だということは理解させなければならない。
「ウィルさん、大丈夫だと思います。水と氷属性の魔法なら私、やります。それに姉さんが頑張っているのに、私が何もしないなんて出来ないですから。私もみんなの役に立ちたい」
マハルがまじまじと俺の顔を見ながら言った。
自信はあるってことか。
だんだん二人共、誰かに似てきたな。妙な自信を持ちやがって。
「わかった。なら俺はその凍っている隙をついて、セラ様を救出する。そういう方向でいこう。多少、問題が増えたり、状況が変化したとしても、落ち着いて対応していこうぜ」
俺はそういい、こくりとうなずいた。
マハルも同じく、うなずき、俺達はこの仮面狸の群れの中に隠れるように入っていった。
試合は、未だにニコルとルンバが激闘を演じていた。
ニコルが鋭い最短の突きを繰り出せば、ルンバはそれを棍棒を使い、うまく捌く。逆にルンバが斬りつけてくると、ニコルは槍の柄の部分で払いのける。
「やるわね、貴方。その仮面の下が見てみたいわ!」
ニコルがび、自慢の突きを繰り出している。
「見せてもいいけど、お嬢ちゃんには刺激が少しばかり強いかもなっと!」
ルンバは、その高速の突きを棍棒で外側に押し出すように、捌く。
盛り上がってるなぁ。
実力が拮抗しているから、面白い。
その間に、俺とマハルが、セラ様の元に向かう。
だんだんとセラ様の姿が大きく瞳に写ってくる。
よし、今のところは順調。
戦闘が盛り上がっているから、さくさく進むぜ。
後ろを見ると、マハルもきちんと付いてきている。
「内容的にはマハルが凍らす準備。俺が向かう。仮面狸達に発見される。マハルが凍らす。俺がセラ様を救出する。おおざっぱな概要はこうだけど、何か質問あるか?」
俺はマハルに聞いた。
「凍らす瞬間はぎりぎりまで待って凍らします。ウィルさんを捕まえにいくと、相手が動こうとした時に凍らします。そして、何も出来ずにセラさんが、ウィルさんに救出されるのを眺めさせましょう。悔しいでしょうね」
マハルがらしくないことをぼそぼそとつぶやいている。
「今日のマハルは過激だな。いつもの優しさはどこに?」
俺が笑い混じりに聞いた。
「人質も取られて、多数に無勢。こっちは手加減などしていられません。それに失敗出来ない作戦なので」
淡々と答えるマハル。
真面目で正直過ぎるが故にか。
「分かった。それで行こう。それじゃ、マハルの準備ができ次第で仕掛けるぜ」
「こっちはいつでも大丈夫です。ウィルさん」
マハルの承諾が出たので、俺はセラ様の元に向かった。
そこには多数の仮面狸達がいたが、俺はマハルを信じて、前に前に進む。
「むっ、お前は!?」
「あ、足が凍って……」
「なんだと!?」
護衛たちは大声を上げるが、戦闘に向けられた歓声で周囲には伝わりにくい。
しかし、次第にこの異変に気がついた仮面狸が騒ぎ始めて、動き始める。
しかしマハルが機転を利かせ、こちらに向かってくる仮面狸の足止めをする。
「セラ様、お迎えに上がりました」
俺はそう言い、体格のいい仮面狸から、セラ様を引き離した。
俺達の作戦勝ちだ。
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