初めての冒険3 ~セラ救出劇1~
俺が宿り木の扉を開けると、セリーナさんが立っていた。
息を切らし、鬼気迫るような表情で俺を見ている。
これは何かあったなと思い、俺は飲み水をあげようと思い、準備しようとすると、すでにマハルが持ってきていた。
二人もこの早朝からの扉を叩く音で、目が覚めてしまったらしい。
セリーナさんに水を渡す。
容器を受け取り、水を少し飲んでから、セリーナさんは口を開いた。
「セラ様がいなくなった……」
どうしていなくなる?
今の今までそんなことはなかったのに。
だが、この感じセリーナさんが嘘を付いている訳がない。
「きちんと探したんですか?」
世羅宅の隅々、里の中のセラ様が行ったことがある場所。
「もちろんだよ。今、里の全員総動員で捜索中さ、みんながセラ様を慕っているからね。老人から子供まで。里の中は見逃がすところはないってくらいさ」
だとすると、あと探してないとすると、俺は少し考える。すると、嫌な予感がしてきた。
まさかとは思うが、考えたくはない。出来ればそうであってほしくない。
「なぁ、二人はセラ様に、ここの迷宮の話とかしたか?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「話したわ」
ニコルが柄にもなく、険しい表情で答えた。
マハルも頷いている。
もしそうであれば、迷宮に向かったという可能性も捨てきれない。
だが迷宮の入口には、必ず中央から派遣された組合の人間がいるはずだが。
それとも、この里から外に出たか、いや入口付近は早朝から、働いている人も多いから、通り過ぎることは困難なはずだ。
まぁ、今はそんなことより、見つけることが大切だ。
「私がさっきノギばぁに直接聞いたら、 ノギばぁが寝るときには、いたみたいなんだ」
ノギばぁ様が寝るのは、日が変わってから、それなりにしてからだ。
となるといなくなった時間帯は、本当に短時間の間だ。
いい、まずは考えるより、行動だ。
「ニコル、マハル」
俺は二人の名前を呼んだ。
「うん」
「はいっ」
二人からすぐに返事が返ってくる。
表情を見ると、真っ直ぐな視線で俺を見返している。
これなら、問題ないな。
「よし、二人共。今から迷宮に向かうぞ」
俺の呼びかけに、二人はこくりとうなずいた。
「セリーナさん、まだ迷宮の中にいるとは限らないんですが、我々は迷宮の中を探してきます。夕方までには、帰れるとは思いますが、
里での捜索お願いします」
「分かった。くれぐれも無茶はしないでおくれよ」
セリーナさんに迷宮に行く旨を伝え、俺達は里の外れの外れにある迷宮に向かう。
途中、同じくセラ様を探す里の人達に会う。
みんなが血相を変えて、必死に彼女を探しているのが分かる。
慕われているんだなと俺は感じる。
まだ年齢こそ、若いがここまで慕われているなんてたいしたものだ。
あった。
あれだな。
迷宮の入口を囲む、要塞の規模もかなり小さい。始まりの街の要塞が機能し、しっかりしていることが、よく分からされる作りだ。外壁も大分、ヒビ割れが始まり、痛みが酷い。
要塞の中に入ると、三名の派遣された組合職員がいるはずだ。
入口の扉を開けると、三人が待っていてくれる。なんてはずはなかった。
三人が地面に倒れているのが見えた。
若い男性が一人、初老の男性が一人、若い女性が一人。
一体誰にやられたんだ。俺は周囲の安全を確認してから、三人に近づいた。
「おい、大丈夫か?」
俺は一番近い女性組合員を優しく、両肩を掴んで、身体を揺さぶる。
「えっ、あっ!?」
突然、起こされたので、女性組合員は少し驚いている。
「おい、大丈夫か?」
俺は、もう一度声を掛けた。
「ええ、何とか」
よろめいているため、まだ意識がはっきりしていないようだ。
肩を貸し、こちらの方に連れてくる。
そして椅子に座らせた。
「何があった?」
俺は聞いた。
「はい、今日のまだ暗い時から朝方にかけて、セラ様がここにいらして。迷宮の中に入れてと訴えてきたんです。しかし、時間帯が時間帯だったので、断りました。それに護衛らしい護衛もいないようだったので」
女性組合員は少しずつ、落ち着きを取り戻していった。
「なるほど。それで断ったあとはどうなった?」
改めて聞いた。
「そしたら、入口から仮面狸が、大量に入り込んできて。途中までは追い払っていたんですけど。途中で迷宮の扉が勝手に開けられまして」
途中で扉が開けられた。それは一体どういうことだ。
「勝手に開けられたとは?」
仮面狸が開けれるとは思えない。
いや人間に化けていれば、話は変わってくる。
「その恥ずかしながら、おそらく組合員の誰かに化けていて、扉の開け方を覚えたんだと思います」
視線を伏せながら、言う。
だが、これで分かった。
この迷宮の中でセラ様がいて、犯人は
「よし、行くぞ。二人共。犯人が分かった以上、あとは突き進むだけだ。すみません、ここの処理と我々が、迷宮内に潜り、セラ様を必ず救出することを里の誰かに伝えてくれませんか。ウィルが言っていたと言えば、必ず伝わると思うので。あと我々が入ったら、この扉を閉めて下さい」
そう言うと、俺は無造作に開いている扉の中に足を踏み入れた。
ニコルとマハルも続けて入っていく。
「セラちゃん、待ってて。必ず助けに行くからね」
ニコルの士気がぐんぐん上昇している。
頼もしい限りだ。
マハルもいつも以上に真剣な眼差しだ。
行きの牛車で話した問題もあるが、それを差し引いても、今の彼女なら大丈夫な気がする。となると、この二人が襲われた時に俺がきちんと守れるかだ。今のところは何もないが、来るときは一瞬でぶるってしまう。
「最短経路は分かるか?」
俺は二人に聞く。
この二人は昨日入ったばかりなのだ。
「わかんないわ。昨日は本当に入口付近の野原のような場所で戦っていたから。森の中には入っていないの。ねぇ、マハル?」
ニコルがマハルに確認のために聞いた。
「えぇ、それで間違いないわ、姉さん。この一階は野原と森に分かれている。下の階層に行く階段は森のほうにあると思います」
俺も一応、昔の記憶を辿ってみるが、確かそんな感じだったような気がする。
「よし、さっさとシラミ潰しに潰していくぞ。だが、三人の別々での行動はダメだ。迷宮内では何が起こるか分からんからな」
そう言い、野原からセナ様がいないか探していく。
いない、いない。
いるのはせっせと草を食べている芋虫の魔物だけだ。
「さっさと森のほうに進もう」
野原の領域を探し終わり、森の方へと進む。
森の方は、野原と異なり、光量が少ないのか、少し雰囲気が暗い。
しかし、だからと言って止まってはいられない。
大木に顔が出来ていて歩き出す
一層にはセラ様はいないようだ。
「下に降りるぞ」
俺がそう言い、下層への階段を降りていく。
するとまた森に覆われていた。
身を隠せるが、逆を言えば障害物が多くて、最短距離で行けないってことだ。
「がんがん進むぞ」
一階と同じく、シラミ潰しで探していく。
「あれは?」
俺は、草花が何気なしに生えているところに珍しい物が、生えているのに気がついた。
さきっちょがくるりと渦を巻いている特徴的な草が、生えているのを確認し、採取した。
「幻流草だよ。これは皆一つは持っていたほうがいい。これで幻術の類に惑わされないはずだ」
とはいったものの本当にそうとは言い切れない。
あったらあったで安心するだけのこと。
他にも毒消しの実、麻痺消しの実などの状態異常の回復の実を採取しながら進む。
「ウィル、下層への入口見つけたわよ」
ニコルが働いてくれた。
助かった。
「よし、あとはこの階層にセラ様がいないか探すぞ」
未だに仮面狸一匹にすら出会っていない。いや潜んで入るのかもしれないが、こちらには姿は見せないだけなのかもしれない。
この階層でも見かけていない。
そもそも、この迷宮にセラ様がいないのが一番いいのだ。
迷宮内にいたらそれは、セラ様が危険な目にあっているということだからだ。
あの女性組合員が、仮面狸であって、俺達を迷宮内に誘い込むために、一芝居うったのならどんなによかったことか。
「いないですね、ウィルさん」
マハルが軽く呼吸を乱しながら、報告してくる。
「よし、なら下だな。残る階層は二つだ。気を引き締めていくぞ」
二人に注意を換気し、下層へと続く、階段を降り始めた。
残り二層、そろそろ俺が敵なら、仕掛けてくるって気にはなるんだがな。
森の中の道を、歩きながらそう思う。
「むっ?」
甘い香りがする。ニコルとマハルもその匂いに気が付いたようだ。とても美味しそうな匂いだ。しかし、その匂いはすぐに流されてしまった。すぐに頭を元に戻す。
待ち伏せることができる利点を、有効活用しないと、もったいないよな
「こんな迷宮の奥にセラちゃんを連れて行くなんて許さないわ」
ニコルが、気合十分といった感じで、ぼやく。
「すでにニコルは一回、だまされてるからなぁ」
俺は、そう言い、ニコルの方を見ると、ニコルは
「そういえば、そうだった。余計何だか腹が立ってきたわ」
かぁーと何か上がってきた様子だ。
湧きだつ感情を、そのまま素直に、表情に表している。
「その怒りは、まだ取っておくことだな。お目当ての仮面狸に会うまで。それまでは、胸の内に潜めておけばいい」
蛾の大群が前から襲ってきた。
俺は、先頭にいる一際、大きな蛾に向けて、一太刀浴びせた。
ぱらぱらと蛾が部位ごとに爆散し、地面に残骸が落ちる。
「
マハルは、詠唱を手短に済ませ、小さな水の気泡を、どんどん蛾の大群にぶつけていく。
その威力は、蛾を一撃で葬ることが出来るため、中々の威力である。
「多数に対しては、やはり魔法が一番効果的ね。でも、私だって黙って指を加えてるわけにはいかない」
ニコルは、押し寄せている蛾に高速の突きを繰り出していく。
槍先が、蛾に触れた瞬間に、蛾が原型を留めることなく、破裂する。
前より、突きにぶれがなくなったみたいだ。
腕を上げたみたいだな。
ニコルの突きを見て、俺は少し、感心する。
「おしっ、片付いたな。先に進むぞ」
蛾の死体の残骸を、踏みしめ、森のさらに奥に入る。
セラ様、ここにもいないのか。
一体、どこまで連れ去られてるんだ。
時間がかかればかかるほど、セラ様に危険が降りかかる時間と可能性が、高くなるということだ。
仮面狸め、ただの遊び半分の冗談とは言わせんぞ。
もともと、この仮面狸は、雑食性でよく人を化かして、悪さをしていたが、人を少し困らせることはあっても、こんな里を巻き込んでの大騒動になるいたずらはしないはずだ。うまく我々と共生できていたはずだ。だから今回のようなことは今まではなかった、といったほうが正しいかもしれない。
何故だ。
何故こんな度が過ぎたことをする。
何故、このような現状になったかということを考えていたら、
「ウィルさん!」
俺は、マハルの俺の名を呼ぶ声で、現実に戻された。
気が付くと、前方から巨大な触手が、襲いかかってきていた。
先が鞭状なものもあれば、小さな獲物を捕らえるため、開閉式の小口になっているものもある。
ここから酸性の液を放出し、獲物を溶かしながら、鋭い牙で斬り裂いて、食べている。
俺は、盾で触手の噛みつき攻撃を防ぐ。
中々の威力で、その反動で後方に、押しやられた。
中々の重さだ。
触手が戻っていく。
本体の姿が見えない。
「ん?」
俺は微かにだが、異変を感じた。
地面が揺れている。
森の木、をなぎ倒しながら、何かが来る。
ようやく、姿を見せた。
おいでなすったな。
にしてもでかい。
そこら辺に生えている木よりも、でかいくらいだ。
それでもってその上、食欲旺盛で動くものに反応して、くらいついてくる。
「でかすぎでしょ」
ニコルが呆れながら、苦笑いして答える。
俺達の目に写ったのは、大きな花弁を持った巨大な植物の魔物だった。
「こいつか」
俺は、剣を構える。
しかし、それより早くニコルが、弾丸のように、攻撃を仕掛けようとするが。
「姉さん!」
マハルの声が聞こえ、ニコルは足踏みする。
何かマハルが、口を動かしているのは知っていたが。
「
出現した花の魔物の足元から、氷の先端が尖った柱が、無数に飛び出た。
そして、その氷の刃が躊躇なく、魔物を切り裂いていく。
何とも恐ろしい魔法だ。
「ギィイイイイイアアアアアアア!」
断末魔の叫びのような声が、迷宮内にこだました。
そして、静寂が訪れ、魔物が絶命したのが分かる。
「マハル」
俺はマハルの方を向き、声を掛けた。
マハルは、俺の声を聞き、にこりと微笑んだ。
「大丈夫です、全然」
俺の心配をよそに、マハルは返答する。
結構な威力の氷魔法だったようだが、彼女は大丈夫そうだ。
「ならいいが、よし先に進むぞ。阻むものは蹴散らす」
俺はそう言い、二人の体調を考えながら進む。大丈夫といっても、自己判断なため、明確にはわからない。
この後、また今度は蝶の大群に襲われ、蹴散らし、再び、食虫植物と対峙した。
俺たちは、これを見事に撃退する。
二人も、少し肩で息をしている。
「…おかしい」
俺は、この微妙な異変に気がついた。
この普通とは、少しずれたしこりのようなもの。
「なぁ、おかしくないか、二人共」
俺は、ニコルとマハルにも聞いてみる。
「さっきから似たような敵と同じ戦いばかり。偶然と言われれば、偶然で処理できるけど」
ニコルも、首をかしげながら答える。
「確かに何だか、似たようなことばかりですね。手応えもあまり感じられませんし」
マハルも答える。
「うーむ、相手が虫族であったために、手応えを感じにくいし、植物のほうも、魔法で倒してるから、判断しづらいのは確かだな」
俺は、考える。
このまま行くと、また蝶か蛾が飛んで来るような気がしてならない。
「!?」
もしやと思い、道具袋の中をや探しする。
何かないか。
「こいつは!」
俺は、道具袋にある幻流草を口に含んだ。
うわぁ、苦い。
直接食べるのは久しぶりだ。
あまりの苦さで、口の中がしびれる。
すると見えていないものが見えてきた。
やはり、そうだったか。
おやと、思った辺りから考えはしていたが。
俺たちは同じ道をうまく、回らされていたようだ。
相手は、騙しの本職ということを、侮っていた。
この階層に来た時に、すでに奴らの術中にはまっていたようだ。
すぐに、二人に幻流草を食べるように指示する。
「うわぁ、苦い。美味しくないわ」
一口食べただけで、一発で解除されたようだ。
凄まじい効能だと、少し呆れる。
マハルも舌を出して、如何にも苦そうな表情をしている。
にしても、こんなに仮面狸がいたとはな。
さっきまで、ただ一定の魔物しかいないように見えたが。
実際には、俺達に術を掛けている仮面狸がたくさん溢れている。
そして、俺たちが術を解いたことに気がついていない。
このまま、奴らに気が付かれないように、進んでいくか。
俺は二人にその意を伝える。
二人はすぐに同意してくれた。
ちょうど、下へと続く階段が、ここから見える。
「あそこまで、何も知らない素振りで行こう。下層に向かうところに見張りがいるけど、強行突破で、俺が仕掛けるからその内に中に。んじゃ、始めるか」
俺達は三度目の正直で、ようやく下の階層に降りることが出来そうだ。
多数いる仮面狸がちらちらと、俺達の方を見ている。
俺達に術が効いていると思いながら、こっちの動きを確認している。
妙に緊張する。
俺は下層の階段のあるところまで来て、さっきまで術がかかっていた時は、そこでくるりと、踵を返すのだが、今回はそこで止まった。
周囲の視線が俺たちにいよいよ集まった。
「ふん!」
下層にいくために、見張りを殴り飛ばす。
見張りが突然の襲撃に対応できず、俺に殴られ、一目散に逃げ出す。
そして、見張りがいなくなった下層への入口を開け、瞬時に降る。
よしっ、何とかなった。
一応は全員と闘う覚悟はあったので、そうならなくて助かったし、余計な体力の消耗もしなくてよかった。
さて、残るは最下層のみ、セラ様を必ず救い出し、恐怖を彼女から取り除き、みんなのいた場所に返す。
あの方を、これ以上苦しませてはいけない。
俺はそう心に決め、最下層に向かった。
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