初めての冒険2 ~パラスクト到着~
新緑の風景を感じながら、ゆっくりと歩きながら旅を楽しむはずが、今は牛車の中で揺られていた。
赤い女子は革製の身軽そうな、弾力のある寄りを着ていて、青の少女は、全身を覆うような衣を着ている。
「おじさん、ありがとうね。私達を乗せてくれて」
ニコルが、愛想よく、
「いやいや、いいってお嬢ちゃん。行く先の方向が同じなんだから、ふふふ」
親父がにこりと笑っていった。
ちょうど始まりの街に荷を降ろして、少しの荷を再び積み、帰るところらしい。
帰るところも俺たちが向かう目的地である山里の少し手前だから乗っけてくれた。
何とも運の良い話だ。
俺は、牛車に仰向けになりながら、揺られていた。過ぎ去る風が涼しい。
街の外に出るのも、久しぶりだが、自分以外の他の誰かと一緒に行動するのも久しぶりだ。
ひどく懐かしさを感じる。
それはかつてセンナ達と冒険して以来だ。
こうやって移動手段で、馬車や牛車を捕まえるのは、シーカの役目だったのを覚えている。
今頃、何をしているだろうか。
解散するときも最後まで、拒否していたのもシーカだった。
恨んでいるだろうな。
そして、怒ってもいるはずだ。
雲一つない空が、目に映る。
するとにょっこりとマハルが、俺の顔を覗き込んできた。
ニコルから送られた耳飾りが、日の光を浴びて、真っ赤に輝く。
「ウィルさん、すみません」
マハルが、突然頭を下げた。
俺は、すくっと起き上がり、マハルを正面に捉えた。
「急にどうした? いきなり謝られても困るぞ」
俺は、マハルを見て言った。
「はい、姉さんが勝手にぱぱっと物事を進めてしまって……」
マハルが申し訳なさそうに言った。
あぁ、そのことか。
「別に気にしてないぜ。たまにはこういう人の有り難みの分かる旅もいいだろ?」
すまして答える。
毎回がこれだと問題はあるが、今回はこれで仕方あるまい。
「はい、ならいいんですが」
そう言うと、マハルは姉のほうを見た。
俺もつられて見てしまう。
にこにこと笑いながら、親父と話しているニコルがそこにいる。
人当たりが本当にいい。
「ところで……」
俺は親父を足元から俺は話を変える。
「マハルはどの程度、魔法が使えるんだ?」
俺はマハルに聞いた。
実際、初めて会ったときに水と氷魔法を見た。
両方共、そこそこの威力だったはずだ。
また、ほかの属性の魔法も使えるのか、気になるところだ。
「私は、水と氷魔法だけです。中級くらいまでは使用できます。けど……」
マハルが少し、うつむきながら答えた。
「けど……なんだ?」
まだ言いたげなので、俺はマハルに聞いてみる。
「はい、私はどうやら、魔力を扱う効率が悪くて、例えば魔力を十消費する魔法なのに、三十消費してしまったりするんです。これを治したいんだけど中々治らなくて」
マハルと初めて会って、魔法を使用して、へたりこんだり、気を失った理由がこれで何となくわかってたような気がする。
「なるほどな。原因が分かっているのに、治せないというのは問題だな。いい師には、巡り会えたのか?」
俺は聞いてみる。剣を習うのに、師がいるように、魔法を扱うにも、師がいるはずだと思い、聞いてみる。
「いえ、それが……私のこの問題が解決されない限り、これ以上は習っても意味は無いと言われて、それっきりです」
暗い表情でマハルは言った。
途中で丸投げか、全く。
なら始めから受け持たなければいいものを。
「逆に聞きたいが、それは意識的に治そうと思って治るものなのか、それとも治療を施して、治るものなのか。どうなんだ?」
前者の意識的に治るものなら、必ず治る。後者であれば、費用等、何かしら必要になってくるものがある。
「魔法に準ずる者が、無意識に出来るものを、私は出来ないみたいなんです。そこでそう言った効率の配分を考えていたら、使い物にならないと……」
マハルの問題は意外と重いな。
「そうか、だが出来なくはないな。その配分を、マハルが瞬時に考えれば問題ないってことだろ?」
俺は結構無茶で難しいことを言っている気がする。
「えぇ、確かにそうですが」
マハルもそれが、よく分かっているであろう。
「あとは練習だ。その考えている時間は、仲間を信じてやり過ごすしかないさ」
俺やニコル、これから一緒に冒険していく仲間を信じてな。
「はい、すみません。 何だか暗い話になってしまって」
マハルが謝ってくる。
「何、気にすんな。俺も昔のことで抱えてるもんがある。誰でもあるものさ、そういうことは。だから元気だしていくぞ」
俺はそう言い、右手で優しく、マハルの頭を撫でた。
「っはい……」
マハルがようやく力なくだが、微笑んでくれた。
さっきの沈んだ顔よりずっといい表情をしている。
「さて、予定より早く着きそうだな」
俺は周囲の風景を確認すると、もう大分周囲は山の中に入っていた。
やはり乗り物は移動が楽だし、早いな。
マハルも周囲の新緑を、興味深そうに見ている。
「あら? 仲の良いお話はもう終わったのかしら?」
ニコルが、俺に向かって言ってきた。
さっきのマハルとの真剣な話し合いを見ていたのであろう。
「終わったぜ。ニコルも親父さんと盛り上がってたみたいじゃないか」
俺もしてやったりといった感じで聞き返す。
「そ、そうよ。二人が仲良く、話してる間に私も、おじさんと大分仲良くなってしまったわ。ねぇ、おじさん?」
ニコルが、隣にいる親父に話を振った。
「おうおう、ニコルちゃんとは大分仲良くなっちまった。冒険者ってのも華やかな印象があったけど、苦労の方が多いんだねぇ」
親父がニコルから何を言われたか、分からないが、とても冒険者にむかって同情的になっている。
「まぁ、それなりですよ。枯れない花はないけど、咲かない花はあるってことです」
それとなく真実を伝える。正直、冒険者なんて華やかなところなんて、中盤から上位の冒険者に掛けての実力のある一握りだけだ。それ以外は、次の迷宮に行く鍵を手に入れるため、皆が生命を削り、賭けながら、踏破を目指している。これに華やかさも欠片もない。
「おぉ、見えてきたな」
親父が、前方を見て、声を上げた。
前方には、数件の建物が建っている。木造の平たい屋根の家屋だ。
それぞれの家屋の隣には、大きな小屋が建っている。ここでこのような
牛車をその家屋の前に止めた。
「よしゃあ、ここがうちだよ。腹も喉も乾いただろう?」
親父が、自宅に上がるように促すが、
「いえいえ、ここまで送っていただいただけで、十分です。大変ありがとうございました」
俺は、丁重に断る。そして、ニコルとマハルに先に行くように促した。
「そうかい、残念だねぇ。まぁ、また近くを通ったら、寄って行ってくれよ」
そう言うと、老人はとぼとぼと住宅の中に入っていった。
ニコルは、そんな親父に手を振っている。
「よし、急ぐぞ」
俺は、そそくさと先に進もうとする。
「ウィル、飲み物を飲むのくらい付き合っても良かったんじゃない?」
ニコルが聞いてくる。親父と一番仲良くしていたのはニコルだった。
「ダメだ。中に入って、飲み物を飲んだら、明日まで起きれないぞ。マハルもそう思わないか?」
「えぇ、あのおじさんから獣の臭がしました」
マハルが答える。
ニコルは、俺が言っていることに、まだ気がついていないようだ。
「えっ? 一体どういうこと?」
ニコルがえっとした表情で、俺に聞いてきた。
「ふっ、ニコルはうまく騙されていたからな」
にっこりと笑いながら、俺は答える。
「騙される? 一体何に」
まだ、ニコルは気がついていない。どうやら心の底から、信じきっていたようだ。
こんなご時世だからこそ、疑うことは簡単だ。
まぁ、だからこそ信じるってことは、難しいし、大切なことだと思う。
「マハルはどこから気が付いていた?」
俺は、途中で気がついたマハルに聞いた。
「ウィルさんに言われて、はっとなって気が付きましたが、途中までは全く気が付きませんでした」
マハルが、正直に答える。
「そうかぁ。やっぱ、この類は全員が引っかかるんだなぁ。ははっ」
俺はけらけらと笑った。ニコルは、ようやくここで気がついたようだ。
「あー、そういうこと!?」
すっきりしていなかった何かが、彼女から取り除かれたようだ。
「ようやく気が付いたか。ははっ」
笑いながら聞く。
「私、騙されていたのね……悔しい」
本当に悔しそうな表情で、ニコルは地団駄を踏んだ。
「まぁ、あっちもニコルと話せて嬉しかったんじゃないか。特に強引に仕掛けてもこなかったし、追ってもこないしな」
ここは森の中であって、俺達には不慣れな場所だ。ここで仕掛けられたら、中々手を焼く事態になっていたはずだ。相手は騙しの本職だからだ。
「今度会ったら、絶対に見抜くんだから」
自分だけ最後まで、分からなかったニコルが吠える。
俺とマハルはそんなニコルを見て、にやけている。
果たしてニコルは、次は見事に看破出来るのであろうか。
森の騙しやである
里に付く前にニコルとマハルの二人での闘い方を見せてもらった。
森に住む魔物には申し訳ないと思ったが。
前に見せてもらった時に比べて、速度と技の入れ替わりが鋭くなっている。
ニコルの怒りも収まらぬまま、俺たち三人は目的地である木漏れ日の里であるパラスクトに着いた。
いつもなら徒歩移動のため、ほぼ丸一日かかるのだが、今回は牛車の移動があったため、大分時間が短縮出来た。
おかげでまだ明るい内にパラスクトに到着できた。
「綺麗な落ち着いたところね」
さっきまでぷりぷりしていたニコルも、落ち着いた口調に戻っていた。
それはパラスクトの落ち着いた雰囲気が、彼女の苛々した感情を浄化したのかもしれない。
「あぁ、俺も同じ時期に一回しか来ないが、やはりここは落ち着くな」
家屋も木造のものが全部だが、中には巨大な大木の中を改造して、その大木の中に自宅を建築した人もいる。
自然と技術が相成り、一つの完成品をつくりあげているのだ。
里の中を物珍しそうに見ていると、
「あれ? ウィル? ウィルじゃないかい?」
懐かしい声が耳から聞こえてくる。
声のした方向を見ると、そこには黒髪おさげで日に焼けた肌をした女性がいた。
声は跳ねるようにはつらつで割烹着みたいな服を着ている三十過ぎの女性が立っている。
「セリーナさん、お久しぶりです」
俺は、頭を垂れた。ニコルとマハルも俺に続けて頭を下げた。
「本当にこの時期しか来ないから、久しぶりだよ。おやっ、その後ろにいる可愛こちゃんは。あんたの嫁さんかい? それも二人も……あんたも見かけによらずやるねぇ」
そう言うとセリーナさんは、俺の背中をバシバシと叩いた。
「違いますよ。彼女たちはそんなんじゃないです。彼女たちは冒険者になり立てで、外の世界がどんなものかと見せてあげたくて、連れてきたんです」
簡潔に説明する。
「ふーん、そうなんだ」
そういうとセリーナさんは、ニコルとマハルの元に向かった。
「私はセリーナ。ようこそ、パラスクトへ。今日はまずはゆっくり休むんだよ」
セリーナが、微笑みながら言った。
ニコルとマハルは、黙ってうなずき、返事をする。この二人もまずは初日は、こんなものでいいだろう。
「泊まるところは、いつものところでいいいわよね?? あの二人がいても?」
セリーナさんが聞いてくる。
「まぁ、そこしかないのであれば、そこに泊まります。任せますよ」
俺は、セリーナさんに答える。
「なら部屋は別で、同じ建物にするわね」
「お願いします」
俺はそう言うと、ゆっくりと地面に座り込んだ。何だか、少し疲れた。
一応、彼女たちにも、疲れていないかどうか、聞く。
「私は、少し疲れたわ」
ニコルが言った。ほとんど牛車に乗っていたような気がするが。
「マハルはどうする??」
ニコルの後ろで、控えめで立っているマハルに聞いた。
「私も今日は早く休みたいと思います」
マハルが答える。
姉に同調してかどうか分からないが。
まぁ、疲れた身体で、迷宮に挑んでも意味は無いか。
「分かった。なら泊まる場所に今から、向かうとするか。セリーナさん、もう向かっても大丈夫ですよね?」
セリーナさんに、準備は万端なのか聞く。
「大丈夫だよ、客人用の寝室はいつも綺麗だ。下の部屋に赤と青のお嬢ちゃん達で、二階がウィルだ。いいかな?」
セリーナさんの説明を聞き、三人で向かう。
俺は毎年毎年ここに来て、何か変化している場所がないかと周囲を見てみるが、そんな期待はすぐになくなってしまった。
変わらないな、ここは。
俺達が寝泊まりするのも、大木の中をくりぬいた木の家だ。その大木をうまく有効活用しているようだ。
大木の真ん中に、大きな住居大きな扉をくり抜いて、そこから内部に入る。
扉を開けてみると、単純な構造ではあるが、寝泊まりするだけということを考えると、特に問題はない。
逆に無駄なものがない分、俺としては借家に似ていて、居心地がいいくらいだ。
また、保温性にも優れていて、この中は意外と暖かい。
「夕飯になったら、呼びにくるから。それまで適当に休んでおいて」
セリーナさんは、そう言うと俺達の前から去っていった。
「俺は、ここに来た用事を済ませてくる。待たせている人がいるからな。二人はどうする?任せるぞ。里の中を見るもいいし、ここで休んでいてもいいし」
俺はマーサさんに託された品を、持って行かねばならない。
「私も付いていっていいかな?」
ニコルが聞いてきた。
「いいけど、人に物を渡すだけだぞ」
「うん、マーサさんから託された荷物でしょ?」
「そうだ。なら遅くなるといけないし、行くか。マハルはどうする?」
俺はマハルに聞く。
「私も行きます」
「よし、なら全員で伺うとするか」
マーサさんから、託された荷を改めて、持つ。
これで三回目なのだが、いつも渡すまで妙な緊張感がある。
泊まっている宿り木の扉を開け、俺達はこの里の代表が住んでいる自宅へと向かう。
世羅宅。ちなみにマーサさんとセリーナさんは親戚だ。
大自然に囲まれたこの里は、他の街とは異なる時間が流れているほど、穏やかで静かだ。
この里に迷宮があるなど、初めて来た人は言わなければ、分からないだろう。それほど、静かな刻を刻んでいる。
「ここだ。何も変わってないな」
この時期に一回来るのだが、今年も変わっていなくてほっとする。木造の茅葺き屋根の家屋。
一見古そうに見えて、壊れそうだが、きちんと修繕をしていると話には聞いている。
「始まりの街ではこんな家はないわ」
ニコルが、この世羅宅を見て言った。
確かにあっちは、煉瓦敷きが一般的だが、ここでは木造以外の建物は存在しないからだ。
「観察は終わったか? そろそろ中に入るぞ」
二人を中に入るように促す。
世羅宅の扉をゆっくりと開ける。
そして、俺は入口から少し入ったところで、すぅーと息を吸い込んでから
「始まりの街のウィルと申します。マサルド・メキラ氏より、託されたものを持ってきました」
と声を張って言った。俺の声は、前方にある暗がりの廊下の奥へと吸い込まれていった。どうやら奥へと続く長い長い廊下のようだ。
何回かここには来てはいるが、詳しい内部構造は未だに分からずじまいだ。
久々に、声を張り、変な感じだ。
しかし、声を上げたが、待てども待てども誰も出てこない。
「留守じゃない?」
ニコルが廊下の奥の方を、じっーと見ながら、つぶやく。
「反応ないですね。とても静かですし」
マハルも耳を澄まして、物音を聞こうとしているが、何も聞こえてきていないようだ。
「いや、いるよ。おっ、来たようだぞ」
前方の廊下の奥から、小柄の老婦人がこちらの方に向かってきた。
その足取りは非常にゆっくりだ。
「ノギばぁ様。お久しゅうございます。息災でしたか?」
目の前にいるくしゃくしゃのシワ顔の老婦人に俺は、大声で話しかける。
「おやおや、まぁ。この爽やかな風の運びはウィル。久し振りですねぇ」
声だけで、ノギばぁ様は俺だと分かってくれたようだ。
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