初めての冒険 ~ニコルとマハルの想い~


 今回のこの冒険でまた、それぞれの成長を見ることが出来てよかった。

マンダリンはもちろん、ルゥに特にエヴァだ。

この間、さらわれたときは、特に何もなかったが、今回できちんと魔法というものを扱えるようになっていた。

しかも魔法は、それぞれの特性を活かしたものを使用していたことが素晴らしい。

ワシは、そんなことを考えながらも、こちらに対して、猛攻を仕掛けてくる腐乱死体。

両手による叩きつけと鋭い歯を使用した噛みつきを、主にワシに全力で向かってくる。

よかろう、相手になってやるかのぅ。

ワシは、斧を構える。

打撃の通じる敵なので、気を使用する必要もない。

ワシに対して覆い被させるような叩きつけの攻撃を繰り出してくる。

地面に食い込むほどの威力じゃが、当たらなければ意味が無い。

残念ながら、叩きつけの攻撃に当たってやれるほど、ワシは遅くない。


「フンッ!」


地面に食い込んでいる、まだ抜けていない両手を一刀両断する。

残念ながら、これで立ち上がることは困難だ。

ワシは、身動きがうまく取れない腐乱死体の首に向けて、刃を下ろした。

すとんとした感じで首が胴体から離れた。

そしてすぐにエヴァの元に戻る。

これで、次の腐乱死体が現れるまで待機する。


「どうじゃ、首尾は良好か? 隊長殿」


ワシはエヴァに聞いた。

最後尾から迫り来る敵は、ワシが捌いて、倒しているが前方から迫り来る敵は、マンダリンが対応していた。

正確には、全てマンダリンが撃破していったと後に本人から聞いている。


「良好よ、マンダリンさん、あんなに強かったのね」


エヴァが、少し驚きながら言った。


「まぁ、日頃の訓練の成果だよ。マンダリンはその訓練を毎日欠かさず、さらに厳しく行っている。だからあいつは強いのさ」


ワシは、毎朝の河原での修行の日々を思い出しながら答えた。


「へぇ~、朝早くから、何か面白いことしてるなとは思ってたんだけど、そんなことしてたのね」


エヴァが、納得と言った顔つきで返答してくる。


「なんじゃ、気が付いておったか。エヴァもそんな時間帯になにをしていたのじゃ?」


ワシは知っているが、敢えて聞く。


「いいじゃない、別に。秘密の特訓よ」

「だからこそ、さっきみたいな魔法も使えるようになったか」


ワシは、さっきの魔法を思い出す。


「あぁ、あれ以外にも色々と覚えたわよ。でもやはり、炎魔法が一番しっくり来る」


にこにこっとした表情のエヴァが答える。


「むっ!?」


そんなワシ達の会話を羨ましく思ったのか、腐乱死体が飛びかかるかのように、ワシらのほうに向かってきた。


「エヴァ! 見せてみぃ」


ワシは、この腐乱死体の処理をエヴァに任せた。

そして自分は、その後ろにいるさらなる腐乱死体に向けて視線を向けた。


「火気、地を生み、大地を覆え! 火炎柱グランゼフォート!」


エヴァが、呪文を唱え終わる。

腐乱死体の周囲の大地が陥没した。

そして腐乱死体の足元から勢いよく、太い火柱が凄まじい熱気とともに噴き出た。

そして、一切の躊躇なく、腐乱死体を飲み込んでいく。


「トーブ、どう?」


エヴァの勇姿を、ワシはしかっと双眼に焼き付けた。

ふっ、見事。

まさかのぅ。

いつも助けてばかりのエヴァが、魔物をこうも簡単に倒してしまうとはのぅ。


「エヴァよ、久々にいいものを見せてもらったわ」


ワシは、目の前にいる五体の腐乱死体を睨みつける。

数が多い。

かといって一体一体相手にしていると、面倒じゃ。

ワシは体全身に気を纏う。

うっすらと白いものが、身体の表面に流れ出てくる。

今のワシの身体は気に覆われている。

攻撃も防御もどちらも対応できる。

闘気衣ソーマ・セス

行くぞ!


「闘拳」


ワシは地面を踏みしめる二本の足に力を込めた。大地にヒビが僅かに入る。

そして一気に、地面を跳躍する。


「ふん!」


全身で敵の群れに向かって、拳を先頭にして通り抜けることを想像して技を繰り出す。

一瞬にして腐乱死体の群れの中を通りぬける。

腐乱死体は、ワシの気に触れた瞬間に肉塊へと瞬時に分解されていく。

この技に触れたら、最後じゃ。

よし、すぐに戻るか。

エヴァの新しい技も見れて、ワシはご満悦じゃった。

だが、しかしワシが、そんなことを考えている頃、先頭にいるマンダリンの歩みが止まっていることに気がついた。

ワシはマンダリンの横に行く。

エヴァとルゥに後方の守りを託して。


「どうしたのじゃ? マンダリン」


ワシは、マンダリンに声をかけた。

しかし、マンダリンはワシの問いかけに答えようとしない。


「マンダリンよ、どうしたというのじゃ? お前さんらしくないぞ」


ワシはもう一度、声をかける。


「トーブか。すまん、気がつくのに遅れて」


マンダリンが、ようやく返答をしてくれた。


「どうした? この先に何かいるのか」


ワシはマンダリンの視線の先に、視線を移すが暗闇で何も見えない。


「そうか、お前は鼻が俺たちほど効かないんだったな」


マンダリンの頬を、たらりと汗が落ちる。

冷や汗?

今のマンダリンに冷や汗を流させるほどの相手。

それは……!?

カツカツカツ。

馬が歩くような音が聞こえる。


「来るぞ! ニハト、トッド、ピクルム。俺の後ろに隠れていろよ」


マンダリンでさえ、この焦りようだ。

後ろの三人はと言うと、ニハトはがちがちと歯を鳴らしている。トッドはもう涙目だ。

いやもうブサイクな顔を涙で汚している。ピクルムは、片目を手で覆い、覆っていない目で暗闇を睨んでいる。

この変わりようは?

そうか、戦闘に特化したオーク族だ。こういった相手から伝わる情報も、いち早く伝わるんじゃな。

うらやましいことじゃ。

今のマンダリンを見れば、一概にうらやましいとは思えないかもしれないが、最強の武を目指す身としては、本当に羨ましい。

そんなこの場とは全く違うことを考えている

ワシも異変が感じた。

ほぉ、この仄暗い風の色は。

そうか、これがマンダリン達が感じている威圧感の正体か。

ワシは、この風の色の持ち主を、見るために暗闇の中をただ見つめる。

カツカツカツ。

この地面を歩く音も、大分大きくなってきた。

来るな、そろそろじゃ。

マンダリンも拳を力強く握りしめている。息が荒い、いつものマンダリンとは異なり、オーク族のマンダリンに戻っている。

怒りの感情に任せた攻撃を、繰り出すオーク族。それはただの暴力と変わらない。

なまじっか修行して、相手の力量が分かるようになったため、相手の気に当てられたか。

相手が姿を現した。

おどろおどろしい漆黒の気を纏いし鎧を装着し、黒色の馬に跨がり、右手には刀身鮮やかな剣を、左手には四角く強靭な盾を持っている。

そして何より、特徴的なのはあるべきものがそこにないのだ。


「首なし騎士デュラハンか」


ワシがその姿を全て目視し、つぶやく。

生命を狩りしもの、死を予言するものとして形容される。

確かに、今のマンダリンでは、少々荷が重い相手かもしれんのぅ。

ワシは横目で、マンダリンを見る。

完全に首なし騎士に飲まれている。

やれやれ。

首なし騎士は、ワシらを物色するように見る。

正確には、首から上がないので見ているかどうか分からないが。


「はぁはぁはぁはぁ……」


マンダリンの息遣いが荒い。過呼吸気味だ。

これはいかんぞ。

ワシが止めようとした時だった。相手の発する威圧感により、マンダリンが圧され、それに我慢できなくなり、マンダリンは首なし騎士に向かって、飛びかかろうとした。


「マンダリン!!」


ワシはマンダリンの名前を呼び、一括した。

マンダリンの動きがびくっとして止まり、ワシの方を向く。


「この程度のことでおたつくな。お前はもっと高みを望んでいるのではないのか?」


ワシは改めてマンダリンに聞く。

それは自分自身にも言っているかのように思えた。最近の自分も現状に満足し、甘えている感がある。


「……すまん。少しは目が冷めたぜ」


マンダリンは、ゆっくりとワシの横に戻ってくる。表情から、少しは落ち着いたようだに見えた。


「ふっ、少しは落ち着いたようじゃの。じゃが、お主の言うことももっともじゃ。あれは、結構やる相手じゃ。心霊や腐乱死体とは格が違う」


ワシは首なし騎士を一瞥しながら言った。

身体全身から湧き出るあのまがまがしい闘気がそれを物語っている。

持っている獲物も実用性や殺傷能力に優れたものだ。


「マンダリンよ、怖いか?」


ワシは隣にいる武の入口の戸を叩いた新人に聞いた。未だに微かにだが、身体が震えているのが分かる。

震えている、やはり怖いか?

マンダリンよ。


「あぁ……少しな。けど、今はあの首なし野郎に自分の力がどれだけ通じるか、試してみたい」


そう言い、マンダリンは冷や汗だらだらの横顔で、ワシにそう言い、ぎごちなく笑った。


「そうか、中々の強がりだが、その足の膝の震えはなんじゃ?」


ワシはかたかたと震えているマンダリンの足の膝を指さした。


「……あぁ、これか。この震えはそうだな、ただの武者震いだよ。気にするな」


マンダリンは少し考えて答えた。

まぁ、そういうことにしておくかのぅ。


「あい、わかった」

「それであの首なしには打撃は通じるのか?」


マンダリンが聞いてくる。

確かに打撃が、通じるか通じないかが大きな問題だ。

通じないとなると、マンダリンには手も足も出せないからだ。


「打撃は効いたような気がする。確かな」


ワシ自身もかつて首なし騎士と相まみえた数自体が少ないので、打撃が必ず効いたかと聞かれたら自信がない。

昔は、何が何でもソーマに頼りっきりなところがあったから、おそらく相まみえた時も、気を使用してでの打撃だったと思う。


「おい、そんな曖昧な答えは勘弁してくれ。それ次第で俺は、戦闘能力がほぼ皆無になってしまう」


マンダリンが、早口で言ってくる。

奴にとっては死活問題じゃな。

確かめるか。

ワシは、自分の足元から小石を拾い上げた。

固さを確認する。四角く、硬い普通の石だ。

ワシはそれを勢いを付けて、首なし騎士に向かって投げた。

カツンという石と鎧がぶつかる音がして、地面に再び石が落ちた。

そしてもう一投。

今度は首なし騎士が乗っている馬に対してだ。

石は一直線に飛んでいき、馬の胴体に直撃した。馬はその投擲で軽く痛みを覚えたのか、甲高く鳴き声を上げた。


「今ので首なし騎士は分からんが、馬の方は打撃が通じることが分かった。お主は最悪、首なし騎士でなく、馬の相手になってしまうがよいか?」


ワシは確認する。

マンダリンは、軽くため息をつきながら、


「打撃が通じないというのなら、仕方がない話だ。首なし野郎は今回はお前に譲ってやるよ」


マンダリンはそう言い、構えた。

後方では、どうやらエヴァとルゥが闘っているらしい。暗闇の中で所々でぱっと明かりが見えるのをワシは感じた。

腐乱死体程度であれば、今のエヴァやルゥの相手ではない。

今は、やはりこの行く手を遮るこやつかのぅ。

それにしても首なし騎士が何故ここにいる?

首なし騎士級が、こんな森の中にただ来るとは考えにくい話じゃ。

色々と様々な憶測を立ててみるが、いい答えは浮かんでこなかった。

さて、あっちはあっちで盛り上がっているようじゃし、こっちはこっちで戦おうではないか、心躍る戦いというものを。


「マンダリン、まずは奴を馬からはいずり下ろすことからじゃ。高いところから剣で攻撃されるだけ、こちらは不利じゃからのぅ」


ワシはマンダリンに指示を出した。


「分かった。でどうする? 何かいい方法でもあるのか?」


すぐに返答がくるのはいいことじゃ。


「方法としては二つ。首なし騎士本体の均衡を崩して、落馬させるか。もう一つは、馬を揺さぶり、むりやり首なし騎士を落馬させるか。この二つだけじゃと思う」


すぐに頭に浮かんだのがこの二つじゃった。


「わかった。どちらにするかはトーブ、お前に任せる」


マンダリンは、そういうと自分の腹巻の中から、何かを取り出してきた。

きらりと光りを帯びるそれは妖狼セステスの爪で作られた打撃爪だった。

マンダリンはそれを手早く、両手にはめていく。


「お主、そんなものを持っていたのか?」


ワシはさっさと出していればいいものをと思って言った。

「最後の最後まで出すつもりはなかったが仕方ない。あれだけの強敵ならば、出し惜しみする理由もないしな」

マンダリンは不敵に笑った。

大分、今の状況に落ち着いたようだ。

実力で例え劣っていても、冷静さを失わなければ、状況を判断できる。


「なら、せっかくの武具じゃ。活躍してもらおうかのぅ」


ワシはそう言い、斧の前方にいる首なし騎士に構えた。


「……不思議なものだな」


マンダリンがぼそりと言った。

「トーブ、お前といると、不思議と恐怖感が薄れていく。さっきまで自分を支配していた恐怖心が、今はもうほとんどないんだ」

マンダリンは自分に言い聞かせるように言った。


「そうか、それならば大いに結構。ワシも一緒に戦っている意味があるわ」


ワシは、マンダリンの言わんとしていることを理解する。


「マンダリン、お主から仕掛けろ! 何も気にせず、がんがん行くのじゃ!」


ワシは、マンダリンに躊躇することなく、進むことを促した。

「分かった。お前の言葉を信じよう」

マンダリンはそう言うと、首なし騎士の乗っている馬を見据えた。馬を驚かすことなら、やりようはたくさんある。

マンダリンが駆けだした。腕を上下に振り、相手に向かって。

首なし騎士の馬はそんなマンダリンを見て、いななく。こっちにようやく向かってきたぞと言っているようにワシには聞こえた。

ワシもそろそろ行かねばな。地面を蹴る瞬間に渾身の力を込めながら、マンダリンの後を追いかける。走るというより、跳躍しながら、飛び跳ねていくと言い表したほうが、正しいのかもしれない。

マンダリンに追いついた。いつでもこれで、奴の補助に入ることが出来る。

首なし騎士はというと、こちらをただ見ているだけだ。余裕だとでもいうのか。

マンダリンが踏み込んだ。打撃爪による突き刺しの攻撃。鋭く妖しく光る肉食獣の刃が、馬の首元に迫る。

そんなマンダリンの意図を呼んだのか、首なし騎士が動いた。盾でそのマンダリンの一撃を受け止めようとしている。

させぬ!

ワシもその首なし騎士の行動の意図が読めていたので、先に盾に向かって斧を振り下ろした。

金属と金属がぶつかり、火花が散った。

ワシの両手に振動が伝わってくる。

受けとめようときちんと意思が伝わってくる盾の防御だった。

じゃが、これでマンダリンの一撃を受け止めるものはない。


「ぷおおおおおおおおん!」


マンダリンが吠えた。

よっし、決まりじゃな。

ワシも直撃したと思った時じゃった。

ヒヒ―――――ン!


首なし騎士の馬が、いきなり甲高い声を上げたかと思うといきなりマンダリンに対して突っ込むような形で距離を詰めてきた。軽めの体当たりといった感じだ。


「うっ」


マンダリンは馬の体当たりを受け、うっという声を上げて、その場から後方に吹き飛ばされた。

自慢の打撃爪は喉元ではなく、馬の皮膚の上に軽い切り傷を付けただけだ。

ワシはすぐに飛びのいて、マンダリンの元に向かった。


「大丈夫か? マンダリン」


ワシの問いかけに、マンダリンは


「トーブ、もう一度だ、もう一度行くぞ!」


むくりと立ち上がり、マンダリンは拳を構える。








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