激闘! 最下層2 ~レミーオの帰還~


 腹下に突き刺さったのは、一本の剣だった。

突き刺さった瞬間に雷撃が走る。

投擲した剣に、雷の妖精の加護を加えた攻撃だ。

巨大蠍アザームはその投擲の一撃で、痺れ、尚且つ、腹下に剣が突き刺さったということで致命傷を受けたことになる。

見事に剣は貫通したようで傷口からは、血液が絶え間なく、溢れ出てきている。


「何だよ、途中までは別人のようだったが、結局、最後はいつものウィルか」


この嫌らしい声の持ち主は。


「レミーオ、無事だったか」


俺は現在、捜索されている張本人とようやく出会えた。


「無事? 無事じゃないぜ。ちくしょう」


レミーオは声で返答はするが、一向に姿を現さない。


「おい、何で。姿を現さない」


声だけで返答するレミーオに俺は疑問を持ち、声の元に向かうと、そこには両足を怪我したレミーオがいた。


「その足は?」


俺は試しに聞いてみた。


「あぁ? うるせぇよ。着地に失敗しただけだ。あんまりじろじろ見るんじゃねぇよ」


バツの悪そうな顔で、レミーオは言った。

通りで自力で戻って来れなかったわけだ。


「お前、いつもの取り巻きはどうしたんだ?屈強な男達がいただろ。あいつらに助けて貰ったらよかっただろ?」


俺は、いつもレミーオの横にいた体格のいい男達を頭に浮かべた。


「あいつらは……あいつらは許さん。俺を見捨てて逃げやがったからな。帰ったらただじゃおかん」


あらら、仲間に裏切られたみたいね。


「そうだったのか、そりゃ災難だったな。とりあえず、ほらっ、肩を貸してやるから帰るぞ」


俺は仕方ないので、肩を貸すことにした。

両足が使い物になっていないんじゃ、歩けないからだ。

「だが、ここからどうやって上に登るつもりだ。ここは元々はない階層だ。登る階段なんてないぞ。愚かなお前でも分かるはずだがな」


いちいち、癇に障る言い方をする奴だなと俺はこのままここに置いていこうとさえ、思ってしまう。


「降りてきたんだ。必ず、戻れる道はあるはずだ。それを信じてやるしかないだろ。いちいち突っかかってくるなよ」


苛々する気持ちを抑えながら、俺はどうするか考える。

巨大蠍も倒したわけだし、身動きの取れないレミーオを、一旦ここに置いていき、俺が救出または捜索班に知らせる。それが一番早いような気がする。

だがレミーオはそれを快く、承諾するだろうか。大体のことは想像できるが。


「おい、腰抜けのウィル。まさか、俺を置いていくんじゃないだろうな。そんなことは許さんぞ」


レミーオに一旦助けを呼びに戻ると、伝えたところ、予想通りの答えが返ってきた。

長時間あんなところに放置されていたんだ。気持ちは分からんでもないが。

助ける恩人に掛ける言葉でもない。


「レミーオ、、ここでおとなしく待っていろ。すぐにもどるからな」


俺は戻る決意をする。


「俺にそういって、置いてけぼりにするのか。お前もみんなと同じだな。ちくしょう。今に見てろよ、腰抜けの分際で……」


おいおい、ぼろくそだな。

再び、助けるかどうか躊躇したが、仕方がない。それに一応は生命の恩人でもあるか。

さっきの巨大蠍を倒したのも、レミーオの協力があったからだ。


「すぐに戻る。少なくても俺は、お前さんの部下と違って、逃げたりはしない」


俺がそう言い放つと流石に、何か思ったところがあったのか。


「うるせぇ。腰抜けのウィルのくせに。さっさと助けを呼んでこい」


レミーオはそう言い放つと、何ももう言わなくなった。

全く、騒がしいやつだ。

さて、俺も急ぐとするか、自分が落ちてきたであろう箇所までたどり着いた。

風の精霊の力のおかげで天井付近でも、佇むことができる。

ここら辺だったか。

俺は自分が落ちてきたであろう場所を探ってみる。

若干だが岩肌の柔らかい箇所がある。

触ると、ぱらぱらと表面が崩れ去り、明らかにこの箇所が崩れたのが分かる。

ふむふむ、なるほど。

少しいじると簡単に上の階層に行けそうではないか。

ここか!

俺は剣で鋭い一撃を加えた。刃がうねりをあげて、狙った地点に直撃した。

岩肌が吹き飛んだ。俺は風の精霊の力を借りて、跳躍力を高めた。

そりゃ!!

俺は、加護の力を得て、上の階層に何とか辿り着くことが出来た。

捜索部隊はっと。

周囲を見回し、音のする方へ、耳を傾ける。

聞こえる。

ある程度のまとまった人間の足音だ。

あっちか。

まだ、上から降りてきたばかりの感じか。さっさと連れてこないと。

俺はその足音のするほうに急いだ。


「おーい」


俺は遠くに見える捜索隊に向かって、手を降った。

すると、見知った顔がそこにはあった。

門番の彼だ。


「おー、あんた。捜索隊に編成されたのか?」


俺は手を上げて彼に話しかけた。


「そうだ、ようやく門番から開放されたと思ったんだけどな」


もはや疲れきった表情である。


「おつかれさん、おつかれついでにいいこと教えてやろうか?」


俺は、例の下の階層に繋がる場所を教えた。。

苦労している彼に、少しでも手柄を与えたかった。


「おぉ、ありがとう。しかし、お前さんが見つけたんだろう。本当にいいのか?」


少し申し訳無さそうに、彼は言った。


「いいよ、それに少しくたびれてね」


俺はレミーオのことを思い出す。思い出しただけでどっと疲れが押し寄せてくる。


「彼は両足を骨折していて、歩けない。意識ははっきりしている。いやはっきりしすぎているくらいだ」


俺はレミーオの状況を説明していく。

にしても、よく飲まず食わずで一日だが、あそこまで元気でいられるんだ。

俺は少し疑問に思うし、少しくらい元気を分けてもらいたいとさえ思う。


「その感じだと、あのいつもの感じもご健在だったようだな」


門番の彼が聞いてくる。


「まぁな。なんだかせっかく助けても、損した気分になるんだよな」


俺は笑いながら答えた。


「…い、おい。お前ら、俺は病人なんだ。丁寧に扱えよ。おい、聞いてるのか」


レミーオの声がだんだんと近づいてくる。屈強な男二人が簡易式の寝床に、レミーオを乗せて、運んでいる。

すると、ちょうど俺の横を通る時に、レミーオと顔が合ってしまった。


「おっ、腰抜けのウィル。ここにいたのか。迎えに来ると言ってたのに来ないとは、飛んだホラ吹き野郎だ」


俺を睨みつけながら、レミーオは言った。


「救助は迎えに行ったし、こうしてお前も無事に救出されているんだ。文句言うなよ」


俺はレミーオとは同じ土俵に乗らず、落ち着いた口調で返答する。


「……フンッ。まぁ、いい。今回は、俺もお前もお互い様だ。敢えて何も言わないでおこう。さっさと運べ。そこの腰抜けの顔は今日は、もう見たくないんでな」


レミーオがそう言うと、屈強な男達は歩み始めた。


「相変わらずだな、やれやれ」


門番の彼も、ほとほと呆れ果てている。


「まぁ、あそこまで自分に正直なんだよ。ある意味、羨ましい。それにあんな感じだが、腕はそこそこ立つしな」


俺は今回、助けられたことを思い出しながら門番の彼に話す。


「結構、腕自体は買ってるんだな。昔のあんたとどっちが上だい?」


俺は彼のほうを見る。彼がいたずらっぽく微笑んでいる。


「そういうこと聞く? まぁ論ずるに及ばない話だよ」


俺は、敢えてそう答えた。

過去の自分の強さなんて、今の自分にはないものだ。ないものねだりなんて出来ないし。


「そうかい。あんたも中々の自信家だな」


がははと彼は豪快に笑った。

俺もそれに釣られて笑った。

無事、レミーオも両足骨折ということもあったが、きちんと戻ることが出来てよかったと思う。

今回は、両足骨折だけで何とか事なきを得たが、次はこうは行かない。

迷宮ステルビオに潜るということはそういうことだ。

あの一番下の独自の階層は組合ギルドが調査することになった。

自然と出来たものなのか、人工的に作られたものなのか。皆目見当がつかない。

レミーオは怪我をしていても、相変わらずだ。

組合で、この間の屈強な男二人を雇い、自分の側近にしている。

女を左右に侍らかしているのも以前と何一つ変わらない。

ぶれないねぇ。

俺はレミーオの以前と寸分変わらぬ姿を見て、感心する。

あんな目にあったというのに、まるでそんなことがなかったかのように振る舞っている。

ある意味、凄い男だ。


「おい、ウィル」


噂をしていれば、なんとやらだ。

見つかってしまった。

歩けなくなったせいか、さらに丸々と肥えたような気がする。

流石に無視はできないか。

そう思い、足を止めた。男二人と女二人の視線がこっちを向く。


「おいおい、素通りとは随分、偉くなったものだなぁ。この間、一緒に頑張った仲だというのに。つれないなぁ」


レミーオが嘆くように言った。わざとらしいという言葉はこの男のためにあるのだと、感じた。


「足の回復も順調そうだな。よかったじゃないか」


愛想笑いをして、あまり刺激をしないように返答する。


「ふん、この程度の傷など大したことはない。それより、お前、俺にかかっていた捜索報酬を受け取らなかったみたいじゃないか。何故だ?」


レミーオが不思議そうな顔で聞いてくる。


「別に、俺は報酬が欲しいわけではないからな」


俺は答える。しかし、それでもレミーオの顔から、その答えが納得のしているものではないことが伺える。


「では何が狙いだ? 金意外だと……」


レミーオはそう言うと、黙り込んでしまった。

考えているみたいだが、答えがどうやらすぐには出てこないようだ。


「狙いなんてないさ、別に。くだらない。何でそんなことしかお前は、考えられないんだよ」


俺はそう言うと、あまりに会話が成立しないので、その場を後にした。

そんな難しいことではないとは思うんだがなぁ。


組合の受付のシャルルに手を振り、俺は外に出た。するとちょうど、よく見知った顔が現れた。


「ウィル!」

「ウィルさん」


赤と青の揃い踏み。


「よっ!」


俺は二人に手を上げた。


「何かレミーオさん、見つかったみたいですね」


マハルが近寄ってきて言った。


「あぁ、いるぜ。いつもの席にどかりと今日も座ってる」


俺は首を振りながら、答えた。


「怪我も少なくてよかったね。見つけたのはウィルらしいじゃん。ねぇねぇ……」


ニコルがにやにやしながら、近づいてきた。


「報酬もらったんでしょ? 本当にあんなにもらったの? というより出してくれた?」


にんまりとした表情でニコルが聞く。


「俺はもらってないよ。別にいらないし。今稼いでる分で借家で十分に暮らせてるし、あんな大金はいらない」


俺は受け取らなかった意思をはっきりと伝える。


「えー、あんな大金を受け取らないなんて。ウィルってよっぽどの馬鹿かお人よしね」


ニコルが驚きながら言った。

悪かったな、馬鹿かお人よしで。

心の中で、言い返すがニコルの言いたいことも分かっていたので何も返答しなかった。


「まぁ、でもそれもウィルらしいと言えば、ウィルらしいか」


ニコルが勝手に自己完結して、納得している。俺らしいってなんだ?


「よく分からんが、自分で解決したなら、よしだ。さて二人は組合に何の用だ?」


俺は、二人の組合に来た理由を問う。


「毎日一回迷宮だよ、ウィル」


ニコルが歯切れよく答える。もはや呼び捨てなど、どうでもよかった。


「毎日一回迷宮? 何だそりゃ?」


俺は聞きなれない言葉を返す。

毎日一回迷宮。何となく意味は分かるのだが。


「今、世間で流行っている言葉です」


にこっと笑顔でマハルが答えた。


「そうなのか、あいにくそういうのには疎くてな。そうだったのか……」


俺が右手を顎に当てて、考える姿勢をしているのを見て、二人は思わず、吹き出した。


「嘘よ、嘘」


ニコルが笑いながら、答える。


「嘘?」


オウム返しで聞き返す。


「うん、ただ私たちが、決めている日々行うことみたいなもの」


ニコルがうなずく。

なるほど。

二人で決めたことか。


「つまり、一日一回は迷宮に潜ろうってことか?」


俺は、ようやく言葉の意味が分かり、すっきりする。


「そうです。別にその迷宮を、踏破するのではなく、冒険者として、毎日迷宮に潜り、迷宮をよく知っておこうと思って」


マハルが答えた。


「なるほどな。いいんじゃないか。でもレミーオみたいに、無理して遭難ってことは止めてくれよ」


俺は注意を二人に促す。

どんな熟練者でも、関係なく、飲み込んでしまう。そんな怖さを迷宮は持っている。


「はい、もちろん。毎日だからと言って、油断しないで、きちんと気を引き締めて潜らないといけないと思っています」


マハルのこの言葉は、レミーオに言い聞かせたくなるほど、立派なものだと思う。


「まぁ、それだと別に毎回毎回、盾役の前衛はいらないからな。ここでただうんうん唸ってるよりはましか。日々、準備して、仮にその盾役が揃ったら、挑戦てな感じか」

「そうそう、何もしてない時間がもったいないから」


ニコルがうなずく。

そうか。

この二人も日々、成長していっているというわけか。

考え方ももうすっかり冒険者じゃないか。

かつて。剛百足と一緒に戦ったときに比べて、随分変わったような気がした。


「そのうち、二人の冒険譚が聞けるかもしれないな。楽しみにしてるぜ」


俺はふっと笑いつつ、言った。


「冒険譚かぁ、いつになったら言えるようになるんだろう」


ニコルが想像しながら答えた。


「そんなすぐには無理よ、姉さん。数々の迷宮をこなしていかないと」


マハルが現実的な意見で答える。

うまい具合に均衡が取れている。この二人ならば、いい冒険者にきっとなれるだろう。


「それじゃ、二人とも。俺は借家に帰るよ。あとレミーオの近くは通るな。彼はもう二人を知っているから、必ず絡んでくるぞ」


俺が注意を促すと、二人は嫌そうな顔をした。あぁ、かわいそうに。

この二人にもよくは思われてないんだな。

俺は内心、レミーオに同情しながら、人ごみの中に混ざるように入っていく。

戻るべき場所に帰るために。


俺が帰り道に、夜の酒の肴を購入していると、

声を掛けられた。


「よぉ、兄さん」


俺はその声のほうを向く。

そこには門番の彼が立っていた。

にかっと笑っている笑顔が眩しい。また、今日は、彼にそろそろ聞いておきたいことがあった。


「よぉ、仕事終わりかい?」


彼に聞いた。


「そうだ。ようやく帰れそうだわ。兄さんも帰りかい?」

「そんなとこだ。またレミーオに色々言われたよ」


俺はさっきのことを思い出しながら、苦笑いで答える。


「やれやれ。相変わらず、あんまり絡みたくない御仁だな」


彼も同調してくれた。


「ところで今更だけど、名前を教えてくれないか? 今までなぁなぁで聞きそびれてきたからさ」


俺は少し申し訳ない気持ちで聞いた。


「あぁ、名前? はっはっはっはっ。何だ、そんなことか。知っているのかと思ってたぜ。俺はトーマスだ。トナッシュ・マスクルート。

合体してみんなトーマスと言っている。よろしくな」


トーマスはそういうと大きな掌を握手とばかり、出してきた。


「ウィルだ。よろしく頼む」


トーマスに呼応して、俺も手を差し出した。

がっしりと二人の手は握られた。

トーマスが力を込めているのが分かる。


「いててっ」

「全く名前くらい、すぐに聞けばいいものを」


そういうとトーマスは力を緩めた。

彼なりのさっきのことに対する挨拶なのであろう。


「近いうちにでも飲まないか?」


俺はトーマスに聞いた。


「いいねぇ、そのときはおごりで頼む。それじゃあな」


トーマスは笑い、手を上げて、店から出て行った。相変わらず気持ちのいい男だと思わずにはいられなかった。









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