激闘! 最下層 ~レミーオ発見~
次の日、さっそくこの話題が、街の中を支配していた。
街の中をどこに言っても、この手の話ばかりだ。
やはり、戻ってきていないみたいだ。遭難か。俺はレミーオのことを思い出す。
嫌な奴だが、この始まりの街の迷宮の最下層で、奴が苦戦することは非常に考えにくい。
一応、奴も中堅程度の実力を秘めている。なので、無事であると思いたい。
まぁ、最低限生きてさえいれば。
「行方不明か……」
俺の隣でマーサさんが言った。
今日は珍しく、朝から俺の自宅にわざわざきている。
「ウィル。あんたは必ず、ここにまっすぐに帰ってくるんだよ」
マーサさんは優しく言った。
「はい。レミーオとは面識がありました。残念です。あっ、まだ亡くなってはいませんけど」
レミーオとは、あまりいい思い出はないが、それでもいないとなると、いい味はしない。
「何が起きるか分からないのが、
マーサさんの視線はどこか遠くを見ていた。
今まで、その二つの眼でどのようなたくさんのものを見てきたのであろうか。
「マーサさん、まだレミーオが死んだわけではないですよ。自分は自分の筋を当たって、探してみます」
何もしないのは嫌だったので、俺はすぐに答えた。
「分かった。私も最大限の手伝いはするよ。まぁ、あのロメンタ家の長男なんだから、それなりの捜索隊は出てるとは思うけどね」
レミーオの家は、この街でも有数の豪商だからな。
「お願いします。俺は
そう言い、いつもの盾と剣。甲冑を装着し、兜は身体と腕の間に挟む。
「では行って来ます。また遅くならないうちに帰ります」
マーサさんに心配をかけないように、一声掛けて借家を出た。
俺の後方からは、いってらっしゃいの大きな声が聞こえた。
人混みの多い、通りを何とかくぐり抜け、組合に到着すると、そこはいつも以上にごった返していた。
騒々しい。理由はすぐに分かった。
一番の多い人混みの中に入り、皆の視線の先を見た。
例の掲示板である。
そこには、捜索願いの対象として、レミーオが貼られていた。
見るべきはその金額だった。
ごくりと喉元を唾が落ちる。
破格過ぎる金額だが、レミーオの素性を知ると、納得してしまう。。
まぁ、あのくらい金儲けがうまくいくと、この金額も些細なものなんだろうが。
皆が、その金額を見て、半信半疑な中、誰かが、レミーオの素性について話し始める。
するとその場にいるみんなから、歓喜の声が流れた。金額についてである。
やれやれ。
俺は、その人混みを横目で見ながら、後ろを通り越した。
報酬に釣られて、探索を行うとは、何とも悲しい話ではあるが、背に腹は変えられない。
人、一人を見つけただけで、一攫千金なのだから。報酬に目がくらむのは、仕方のないことなのかもしれない。
「あっ、ウィル!?」
聞き慣れた声を聞いて、俺は声の方を向いた。そこには、ニコルとマハルの対象的な二人がいた。
声を上げたのはニコルのようだ。
呼び捨てかよ。
「おぉ、二人共!」
手を上げて、俺は答える。
ニコルもマハルも今のこの状況を、流石に理解しているようだ。表情や声質から俺は判断する。
「ウィル」
「ウィルさん……」
二人が神妙な顔つきで、俺に訴えかけるように話しかけてきた。
「おいおい、どうした。そんなしけた顔して。せっかくのべっぴんが台無しだぞ」
軽口を交えて、俺は二人に答える。
「レミーオさんが……」
ニコルが視線を伏せながら言った。
レミーオは呼び捨てじゃないのか。
「あぁ、だからこの騒ぎなんだ」
落ち着いた口調で返答する。
ここで変に焦ったり、慌てても逆に二人を、慌てさせるだけだからだ。
「どこにいかれたんでしょう……?」
マハルが聞いてきたが、俺も明確な場所が分かるわけじゃないので、
「さぁな、俺もくわしくは分からん。だが、おそらく奴はまだあの中だ。答えは
二人の顔を見て、答える。
「あの中に閉じ込められてるんだ。昨日、会ったばかりで、いい気はしなかったけど、こういうのは、流石に堪える」
力なく、ため息をついて、ニコルは答えた。
「うん、昨日までは隣でいて、話していたのにね」
マハルもニコル同様、力なくつぶやく。
「俺は、ニコルとマハルじゃなくてよかったと思ってる。俺たちは少なくとも、あの時、レミーオの近くにいたんだ。俺達も閉じ込められる可能性が、もしかしたらあったかもしれない。だけど運がよかったのか、分からないが、そうはならなかった。本当によかったよ、二人に何もなくて」
本心から、二人が無事だったことがよかったと思う。
二人も俺の言葉を聞いて、安心したのか、少し表情の張り詰めたものが緩んだ。
「それにこれが、迷宮に潜るということだ。皆がこういった事態を想定して、または覚悟して潜っている。だから二人が思っている以上に怖い場所だぞ」
二人を安心させようとしていたのだが、逆に説教じみた感じになってしまった。
「でも、冒険者はそれでもそういったことを覚悟して、迷宮に潜る。そうでしょ? ウィル」
覚悟か。
俺は、ニコルの口から出た言葉に複雑な想いを抱きながら、
「あぁ、そうだ。それにレミーオは、冒険者としても、それなりの場数を踏んでいるはずだ。だから例え迷宮内でも、生き残る術を心得ているはず。だから、そう簡単にくたばるような奴じゃないはずだ」
かつての俺ほどではないにしろ、レミーオもそれなりの迷宮をくぐり抜けてきたはずだ。
だから今回も大丈夫だとは思うが。
だが、あの主部屋のことが気になる。
仮にあれをレミーオがやったのであれば、どうして姿を現さない。姿を消す理由がないはずだ。
また、レミーオではなく、他の誰かがやった場合であれば……。
冒険者が倒した場合、今頃はお祭り展開になっているはず。こんな緊急を要する事態にはなっていないはず。
他の魔物が主を倒した場合。
これは、可能性が限りなく少ないが、そうなる場合もないわけではない。
そうなると主が交代するのか。そのままで一定時間が経過すると、新たな主が現れるか、分からない。
あの血の涙のような血痕だと、人間の行いではないと俺は考える。
新たな魔物か。
どんどん、様々な考えがでてくるが、結局はあくまでも、俺の予想の範疇にすぎない。
「……ルさん。ウィルさん?」
俺にマハルが話しかけている。
少し心配そうな表情だ。
「おぉ、すまん。ぼっーとしてた」
考え事をしてしまうと、ついついそのことだけを考えてしまう。
「何か捜索隊が、迷宮に向かったみたいですよ。さっきまでいた人混みが、ぞろぞろと組合から出て行きました」
マハルが俺に説明した。
あぁ、掲示板から捜索隊に立候補した奴らか。
確かに組合の中の人数がさっきより、少なくなった気がする。
「さて二人はどうする?」
俺は二人に聞いた。
レミーオを探すには、次の探索部隊の人数がある程度揃わないと、出発出来ない。
「私達は次の探索部隊でいきます。やっぱり、このまま知らないっていうのは出来ないから。ウィルさんはどうしますか?」
今度は逆に、マハルが聞いてくる。
「俺は個人的に探してみるよ。五階への行き方もわかるしね」
俺はそう言い、二人に別れを告げて、組合を出た。
向かうべきは、もちろん迷宮。
レミーオが無事に見つかればいいのだが。
すでにレミーオが姿を消してから一日が経過していた。
おそらく大丈夫かとは思うが。
「よう、今日も元気そうだな」
いつもの門番の衛兵が、俺に話しかけてきた。
「そうかい? あんたは顔色も悪いし、中々辛そうだな。やはり例の捜索者のせいか?」
俺はズバリ聞いてみた。
「まぁ、そんなところだ。おかげさまで眠いぜ」
あくびをしながら、返答はするが、凄まじく眠そうだ。
「今日はゆっくり休めるといいな」
俺はそう門番の衛兵に伝えた。
その可能性は限りなく、低いとは思うが。
「あぁ、あんたも無理するなよ」
衛兵からありがたい言葉をいただき、俺は迷宮の中に入る。
名前と住んでいるところを書いた。
そしてすぐに中に入り、最下層を目指す。レミーオがいなくなった場所をさがすのが、一番早いような気がする。
最下層の五階まで、潜る間に、たくさんの冒険者を見た。
おそらく各階毎をある程度の人数で虱潰しに見て、つぶしているのだ。時間はかかるが見逃しにくいため、見つける可能性が高い。
さて、なら俺は、五階を集中的に探すとするか。
早速だが、やはりきな臭い主部屋を探索する。
注意深く、周囲を探る、その視線はまるで、肉食獣の獣のようだ。
足場がしっかりしているか、確認する。一歩ずつ、ふみしめながら歩く。
まだ冒険者の波は訪れていない。
ふうむ。
何も変哲のない。
風景もただの薄暗い洞窟だ。
ここに一体何が?
いつもならここで、大蛇が待ち受けているのだが。
よし、少し進んでみるか。
俺はさらに奥へと進んだ。
ここは?
この間、来た大きな血痕が残っていた場所である。
またここまで来てしまった。
もやもやと不穏な空気が流れている。
何もいないのだが、この気持ちの悪い感じはなんなのであろうか?
見られている?
見張られている?
徐々に心臓の鼓動が高なっていく。
冒険者として培われてきた能力が、何か俺に訴えかけてきている。
この普通とは違うこの感覚はかつて何度も味わってきたものだ。
「!?」
突然、俺の足場が崩れた。
ぐらりと俺の体勢が崩れる。
これは一体何だ。
そうか!
俺はようやく理解した。
この姿が見えない何かに。
そしてこの洞窟内に入って見張られている感じは。
それは実際に見られていたものだ。
俺は足場を失い、一気に高い場所から落ちた。
高さ自体は大したことがなかったので、何とか着地に成功する。下地は砂だ。
「まさか、もう一階層分が下にあるとはな。いや、それとも作られたものか」
俺は様々なことを、考えながら歩を進める。
もしかしたら、この階層にレミーオがいるのかもしれない。
ここなら発見出来ないのもうなずける。
気配はますます大きくなってきている。
おれを突き刺す視線が、強くなり、まるで刃のようだ。
迷宮内に主が二体現れることはないとは思うが。
歩を進めると開けた場所に出た。岩場も少なく、いかにもここで闘うにはちょうどいいですよといった感じだ。
ほぅ。
俺の背中に冷たい汗が流れ、心音がどんどん激しくなっていくのが分かる。
やけに静まり返っている。
ここまで静かすぎるのは妙だ。
だからこそ怪しいのだ。
俺の本能が、そう告げていた。
すると洞窟の上の岩場から音が聞こえた。
何かが、はいぞるような規則的な音だが、明確に耳にその音は聞こえてくる。
「こいつは……!?」
視線のさきには、一体の巨大な
通常の
人間の半分くらいの大きさしかない通常の
一体何を食べればとこうなるというくらいでかい。
また通常の蠍は黒光りしているのが常だが、この巨大蠍は青光りしている。それはおそらく食べている鉱石の違いだ。
通常のは陸上にある一般的な虫などを捕食して食べる。
中にはたまに鉱石を食べて、外骨格が、その食べた鉱石のように変型していく個体も確認されている。
今、目の前にいるこの巨大蠍も青みを帯びた鉱石を食べたから、このような青光りをしているのであろうと予測する。
つまり、この巨大蠍の外骨格は非常に硬いということだ。
また、それは奴の持っている巨大な二つの鋏と尻尾に付いている毒針もそうだ。
この二つもかなりの硬度を持っているだろう。
説明は、最低限ここまでにして俺は、この巨大蠍とどう対峙するか、考える。
そもそもの話、単騎で闘う相手ではない。
まともに攻撃が通じる箇所が、基本的に腹下である。それ以外は硬い外骨格で覆われているからだ。
だから腹下に何とか潜り込まなくてならない。
そうでもしなければ、勝機は皆無である。
「スシャアアアアアアアアン!!」
洞窟内部を咆哮音がこだまする。
鼓膜をつんざくような咆哮に、俺はその場にへたり込んだ。
「うるせぇ……」
俺は片耳を押さえながら、つぶやく。
精一杯のつよがりだ。
「スシャアアアアアアアアアン!」
地面を引っ掻くように歩く。
そして、すぐに自分の間合いに到着した。
鋏を使用した攻撃。
唸りをあげて、叩きつけか、叩っきるか。
判断のつかない攻撃を横っ飛びで避ける。俺のいた場所が、あっという間に陥没し、大きな穴が出来る。
「なんて力だ、おい!」
その光景を見て、俺は逃げたいという心が現れた。
こんなでかい奴とやりあって勝てる訳がない。
俺は奴の攻撃を、さらに飛び退いて避ける。軽く、地響きがなり、地面に鋏が突き刺さっている。
くっ、どうすれば。
攻め手が中々浮かばない。
だとしたら、俺がやはり間合いに入り込んで、腹下をぶった切るしかない。
一週間分の勇気が必要だな。
だが、誰かを危険な目に合わせるくらいなら、俺一人でやったほうがいい。
実際、助けを呼ぶという方法もあったが、それは却下した。
生半可な助けが来ても、危険であるし、俺は守れない。
俺は剣と盾を構えた。
気合い入れて……行くぞ!!
「風の精霊よ、こんな腑抜けてしまった私ですが、どうか力を!」
風の精霊に念じ、俺は高速の速度を一時得る。以前の俺ならば風の精霊の力をばんばん借りて、攻撃していたが、今の俺ではこの速度上昇の加護と真空波を出す加護しか使用できない。
またその技も、片方のどちらかしか一日では、使用できない。
自分の間合いに入らなければ何も出来ないと悟った俺は、速度上昇の技で一気に間合いを詰めることを選択した。腹下まで接近してしまえば、致命傷を与えられるからだ。
風の精霊の加護のおかげで速度が上がった俺は、
見事に二つの鋏の攻撃を掻い潜りながら、
接近する。
「あれか!」
俺の目には、外骨格に覆われていない、腹下が見えた。
外骨格とは異なり、色は白色をしている。
「うおおおおお!」
目標を見つけた俺は、そこに一心不乱で突っ込んだ。
途中、巨大蠍の攻撃が数回あったが、見事に突破し、腹下の見える位置にたどり着いた。
尻尾がある箇所の真下の部分。巨大蠍にとっては死角になる。
そして俺は有無をいわさず、剣を突き立てようとした。
この速度で突き立てないと、巨大蠍が振りむいたり、動いたりすると、腹下は見えなくなってしまう。
現状、速度で翻弄しているからこそ出来る隙なのだ。
しかし、その魔法の時間も遂に終わりを告げてしまった。
俺が腹下に剣を突き刺す最中に速度が戻ってしまったのだ。
「くそっ」
巨大蠍が気が付き、身体を動かしたため、腹下に切っ先が少ししか刺さらなかった。
くそっ、なんでこんなときに切れてしまったんだ。
俺の一撃に巨大蠍は怒り狂っている。
腹下からは血液が出ている。
弱点は間違っていないようだ。
だがあと一歩届かなかったようだ。
無念。
「ざまぁないな!」
その時だった。
暗闇の中から一輪の刃が舞い込み、巨大蠍の腹下に突き刺さった。
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