再会 ~赤と青~

始まりの街の最下層にようやくたどり着いた。他の層に比べて、雰囲気が、何だがやはり違う。

この階で最後だけあり、流れる風の感じが違う。

着いたか。

よーし、俺は身体に気合を入れた。

久々の最下層、油断はしたくはないので細心の注意を払い、少しずつ進むことにする。

最下層の五層は何のへんてつもない、ただの広い洞窟だ。

俺は狼種ガストラを探す。

マーサさんから頼まれた素材を集めないと行けない。

正直、手間と時間はかかるが仕方がない。マーサさんの頼みだ。

しかと目的の魔物の元に赴くしかない。


「いた!」


俺は思わず、声を出していた。

あの犬に似た形状と鳴き声は狼種ガストラだ。

鳴き声の音を頼りに俺は周囲を散策すると、どうやらこの付近に複数頭いるみたいだ。

よし。なら始めるか!

まずは一番近くにいる奴からだ。

背面から襲いかかり、人太刀浴びせると、狼種ガストラはキャンという悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。すぐに皮を剥ぐ作業にとりかかる。

倒した直後に剥がないと、死後硬直のせいなのか。

中々、皮が剥がれてこないことがあるからだ。だから基本は倒した直後の素材採取が、常である。危険ではあるが、その後の手間が省けていい。

何とか、無事皮剥がしの作業が終わった。

マーサさんが欲している数は一つではなく、

複数枚なのだ。

がんがん倒していかないとまずいな。

狼種ガストラの皮はいろいろなものに利用される。

皮用品から兜や鎧等様々な用途に使用されるため、人気はあるそうだ。


「せい!!」


発見と同時に俺は、一気に渾身の一撃を加える。もちろん息の目を止めるためだ。

次々と間髪入れずに狼種ガストラを倒していく。

抵抗しようとするが、俺には関係なかった。血しぶきが地面を染め、鎧に返り血が飛び散るが、それでもよかった。

相手の息の根を俺は止める。

ぎゃんという声と共に、狼種ガストラの生命活動が終りを迎える。

よしっ。

これで大体十体くらいか。

皮もばりばりと剥げているし、マーサさんもこれなら満足してくれるかな。

俺は戦利品袋の中を覗くと、綺麗に剥がされた皮が多数並んでいる。

この枚数なら問題無いだろう。

日頃から世話になっているマーサさんには感謝しないとな。

あとはこの階層で何かあったっけ?

俺は考えてみる。


「!?」


その時だった。

地面が僅かにゆれた。俺は何とかフラつきながらも、その揺れに耐えた。

立っていられないほどのものでもなかったが、迷宮内でいた冒険者は誰でも感じたことだろう。

迷宮内が揺れるなんて聞いたことがないぞ。

地震で外部から動かされることはあったが、今のように内部で、がらがらと動くことは、俺は経験したことはなかった。

まただ!?

この揺れは一体何だというんだ?

迷宮事態が揺れている。

一体何が起こっている。

しばらくすると揺れは収まり、いつもの迷宮に戻った。きょろきょろと周囲を見回すが、特に変化はない。

魔物達も地面が、動いている間は黙って身を潜めていたが、落ち着きを取り戻してから、次第に姿を現してきた。

むっ。

中々俺の心が落ち着きを取り戻さない。

かつて、迷宮内で命のやり取りをしていた頃と同じだ。

自分の命が非常に軽いのだ。

一瞬の隙で朽ち果ててしまう命。

そんな冒険者達を俺は見て、そうならないように心がけてきた。

その時の緊張感と似ている。

何か大きな問題がこれから降りかかってくるのではないか。

そんな気がしてならない。

俺は、いつの間にか自分の顔がとても険しいものになっていたので、すぐに元通りになるように務めた。

気のせいだと頭に浮かべながら、俺はその場に座り込んだ。例え、どちらにしても、俺にはどうすることも出来ないから。昔の俺なら、まだしも、今のこの腑抜けた俺には、人を守るどころか、逆に危険な目に合わしてしまうだろう。

昔と比べてどうする。

今の自分とかつての自分は、別人のようだ。

自分でも、分かってしまう。

ふう。

軽く溜息をついた。

比較してどうすると自分で言っているのにこの様だ。

俺は戻りたいのか、あの頃に。どうやら意識的にそう思っているようだ。

戻ったとしても、もう自分の一番守りたい人はいない。

それなのに戻ったとして意味があるのか。

いつまでもこんな生活を続けていいのか?

目標でも作り、それを目指すのがいいのか?

何を選択するのが正しいのか、それとも選択肢の中以外でも答えがあるのかもしれない。

最終的には、自分が選んだ選択肢が正しいということになる。

正直、今の自分に的確で冷静な判断が出来るとは微塵も思っていない。だから俺は、毎日これといって、何もないのに適当に理由を付けて何かをするのだ。

難しいことは考えずに、変化のない日常を、ただ消化する。

今はそれでいいと判断して。

普段、自分が過ごしている世界に、異質の別の出来事が入ってくると、それは日常ではなく、非日常となる。

最近、よくそう感じる。ちょうどニコルとマハルに出会った日から。

俺は瞳を閉じ、地べたに仰向けになった。

この二人は何となくだか、俺の日常に少しばかりの小さな道標となるための、何かを運んで来たのかもしれない。

俺の日常が少しずつ、あの日から狂い始めてきている。

それを許容している自分もいれば、その日常が壊れるのを恐れている自分もいる。

正直、どうすればいいか、自分自身も戸惑っていると感じていた。




あれは!?

俺が、最下層のここ五階から、戻ろうとしていた時に見かけた。

それは夢幻でもなく、魔物に追われたニコルとマハルであった。二人を追っている魔物はというと……。

それは、俺がさっきまで、必死こいて狩っていた狼種ガストラだった。

ということは、やはり門番の彼と話したのは、間違いではなかったようだ。

ニコルとマハルがここ迷宮に入ったのは、間違いではないようだ。

だが、レミーオと一緒に入ったはずだが、奴の姿が見えないのは一体!?

俺は近くの草むらの影に隠れながら、

二人が狼種ガストラに追われているのを見ていたが、流石に、これ以上は可哀想だと感じ、草むらから飛び出し、二人と狼種ガストラの間に滑り込んだ。

突然の俺の登場に、二人はびっくりしていた。

二頭の狼種ガストラが突然現れた俺を、ガルルと声を上げながら、鋭い視線で睨みつけている。

俺はしかし、そんな狼種ガストラの視線なぞ、気にはしていなかった。


「元気だったか?」


俺は、ニコルとマハルに聞いた。数日しか会っていないだけなのに、何故かそんな感じがしたからだ。


「はい、ウィルさんも元気そうですね」


マハルが、にこりと微笑んで言った。


「マハルもな。どうした? 魔法は使わないのか」


俺は、かつてばんばんと魔法を利用していた頃のマハルを思い出した。


「魔法は少し控えてるんです。ここぞという時はどかんと使用しますが」


マハルが答えた。


「分かった。ならそれまで魔力の温存だな。ニコルは何故戦わない。自慢の槍さばきはどうした?」


俺は今度はニコルに聞いた。

彼女は槍を使用している、そしてその槍捌きも中々のものだっはずだ。


「ごめん、ウィル。なんだか追われたら、逃げることに集中してしまって、逃げることだけで頭が真っ白だったわ」


全く、心配かけやがって。

俺は、というと未だに狼種ガストラとにらめっこをしていた。

二頭と視線を外さず、その場から動かない。

俺も狼種ガストラも置物のように動かないが、これでは勝負がつかない。

俺は動いた。

こちらから動くことで、相手に重圧を与える。

俺は狼種ガストラに対して、手加減などしない。

一応この戦利品もマーサさん行きになるかもしれない。

俺の剣が狼種ガストラに直撃し、何事も無く、狼種ガストラを真っ二つに切り裂いた。

続けざまに残りの一体にも、手加減内なしで斬りかかる。

俺は、すぐさま二体の死体から皮を瞬時に剥ぎとった。

あまりの俺の皮の剥ぎ取りの速さに、ニコルとマハルは驚いている。


「どうしたんですか? それ」


マハルが、俺が高速で剥いだ皮を指差していった。


「あぁ、これか」


俺は、皮をびらびらと揺らしながら、


「今日、この皮を集める任務があってな。それでたくさん集めてるんだ」


俺は本当のことをたんたんと話す。


「そうなんだ。でもその魔物の皮、綺麗だよね。一体、何に使用されるんだっけ?」

 

ニコルが聞いてきた。


「主に防寒具だな。他にも用途はさまざまだ」


俺はそう説明し、周囲をみると、周囲には魔物の姿が見えなくなっていた。

あまりに静か過ぎる。

妙だな。

俺は一抹の不安を覚えた。


「今日って確か、他の人とここに入らなかったか?」


俺は試しに二人に聞いてみた。

門番の彼から聞いた話では二人はレミーオとここに入ったはずだ。

なのにレミーオの姿がここには見えない。


「その人は私達を置いて、主部屋に向かいました。私達がいても足手まといになるとの言い分でした」


マハルが答えた。

なんだと!!

迷宮の中に仲間を置いて行くなんて。

馬鹿なことを。

仮にそこで取り残されて、野たれ死んだらどうするんだ。

俺は激しい憤りを感じたが、やがて怒りを通り越して呆れ果てた。

全くあの男の行動と言動には、いつも驚かされるばかりだ。

やれやれ。

仮に誰かがここに来なければ、この二人は自力で階層を昇って、脱出しか手段はなくなる。

それは、冒険者を始めたばかりのこの二人にはまだ少し荷が重い話だ。


「大丈夫か? 怪我とかはないか?」


俺は、一応のために二人に怪我はないか聞いてみる。


「大丈夫です、私は」


マハルが答えた。


「私も問題無いわ」


ニコルも何も問題無さそうだ。

とりあえずはよかった。


「さて、ところでなんでよりにもよってレミーオなんだ?」


俺は唯一の疑問を二人にぶつけた。

以前、盾役について話したとき、レミーオはやめておけと俺は忠告をしていた。

しかし、今日は彼女達はレミーオと一緒にここまで来た事実がある。

その理由が知りたい。


「募集していて、レミーオさんが始めての盾役だったから……」


ニコルが力なさ気に答えた。

そのニコルの表情は非常に複雑な思いが現れていた


「そうだね。姉さん。レミーオさんが募集の紙を見て、初めて来てくれた人だったね」


マハルも複雑な顔つきで話し始めた。


「いくら募集しても誰も来ないし、来たとしてもひやかしだし。そうした中、レミーオさんが募集の紙を見て、応募してくれました」


初めての盾役がレミーオか。

うーん、難易度高いなぁ。

実力はあるんだが、いかんせん、性格がなぁ。

俺はレミーオの事をしっているからそう判断できるが、彼女達は違う。

うまくレミーオの口車に乗せられてしまうと、こうなってしまう。


「でも一緒に戦っていればいるほど、なんというか、彼の盾は人を守る盾ではなく、自分だけ守る盾であることに気がついて」


ニコルはその光景を思い出しながら、答える。

いい表現だと思う。自分だけを守る盾か。レミーオらしいじゃないか。


「自分勝手で自分の思い通りに行かないと、すぐに怒るし」


マハルも続けていった。


「初めはニコニコしていて、優しい人かなと思ったんだけど、それは私達の勘違いでした。おそらく、今回私達の募集にのったのも何かあってのことでしょう、あの感じだと」


ニコルが仕方がないなと言っ表情で言った。


「分かったならいい。あの男とはあまり関わらないほうがいい。俺も実際絡まれて困っているからな」

「ウィルさんもですか?」

「あぁ」


おれはこくりとマハルの疑問にうなずいた。


「俺の場合は、この始まりの街に着いた当日に、あいつに絡まれてから、それから未だにずっとだ。なんの怨みがあるか分からないが。ははっ」


俺は力なく笑った。

それだけあのレミーオという男の粘着はすごいのだ。


「ウィルも大変だね。私達もこれからは関わらないように生きていこう、マハル」

「そうだね、姉さん。何だかとても関わるとろくな目に合わなそうだもの」


ニコルの言葉にマハルが納得する。


「よし、ならもうレミーオとは関わらないこと。あとこの後、何かしら言ってくると思うんだ。その時に特に争いもなく、うまくやり過ごさないとな」


俺は、二人に促すように言った。

まぁ、そううまくはいかないのがレミーオなんだが。


「やつは主部屋だったな?」


俺は二人にレミーオの所在を聞く。とりあえず、なにかしら一言言っておいたほうがいいだろうと判断したからだ。

この後万が一、レミーオが二人を探す淡い可能性も考えてだ。

だが入った場所が主部屋か。

うーむ、何とも普通に話すには話しにくいところだな。

仕方がないか。


「よし、二人共いくぞ。とりあえず主部屋の前まで行こう。話はそれからだ」

「分かった。主が見れるのね」

「分かりました」


ニコルとマハルが俺に賛同し、俺たちはレミーオがいるであろう主部屋に向かった。

主部屋は、主部屋といっても別に箱型の部屋ではない。

その主が住処にしている範囲を全て主部屋という。

つまり主部屋の大きさにもかなりの差があるのだ。

俺は、この独特の雰囲気を久しぶりに感じた。

あぁ、近くに主がいるんだなぁという匂いと空気感だ。

ニコルとマハルは、おそらく何も感じていないか。

何か空気が重くなったなということに気がついていればいいほうだ。


「入ってもいいが、必ず俺のいうことを聞くこと、いいね」


俺の言葉に二人は、うなずいてくれた。

そして注意として、俺は君達が襲われたとしても、助けれるか保障はできないと伝えた。

俺はもう誰も守ることが出来ないし、自分を守ることで精一杯だと思う。

それでも彼女たちは主部屋に入りたいときかなかった。

どんな感じか知りたかったのであろう。

初めはみんな、好奇心が勝る。

後に行けば行くほどその好奇心が薄れていく。恐怖心が勝っていくのだ。

誰でも、心の中に恐怖心は存在する。

それを克服している者は極少数だし、そういう者は早死にする。

恐怖心が一種の歯止めになり、生命を繋ぎ止めているのだ。


「二人共、結構中に入ってきたよ。いつ主を見てもおかしくないから、落ち着いてくれよ。確か、今は大きな蛇が主をしているはずだ」


主の情報を二人に伝える。二人は蛇と聞いて、嫌な顔をしている。

にしてもレミーオ達は主とやり合っているのか?

やりあっていればもっと騒がしいはずなんだがな。

一体どこにいるんだ?

周囲を見回しては見るがそれらしい音や風の動きというものは感じられない。戦闘自体

まだ起きていないようにさえ、感じる。

もう少し奥に進んでみるか。もう半分はきているはずなんだがな。

首をかしげながら、洞窟を奥に障害物を使用しながら、身体を隠しながら、進む。

いざ、なにもないところで主に見つかるともう手遅れだからだ。


「!?」


あれは。

洞窟を奥に進んだところで、地面に大きな血痕があった。

この量だと、人間ではない。

まず、主の血痕と見て間違いないだろう。

だが、死体がない。

一体どこに?

この血の量だと、まず間違いなく致死量だと思われるが。

しかし、主の死体は見つからない。

レミーオ達が全部素材として運んだということも考えたが、それにも限界がある。

一体何なんだ。

このおかしな惨劇の場は。

俺は注意を周囲に配りながら、くわしく探すが何も見つからない。

これはレミーオどころの騒ぎではないかもしれない。

俺の脳裏には、嫌な予感しかしなかった。























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る