俺の居場所 ~戻るべき場所~
迷宮をようやく出るころには、夕方になっていた。
何体の魔物を討伐したであろうか。こうも討伐対象がいるとはと、自分自身でも驚いている。
いつもより多いなとは思っていたが、これほど多いとは自分でも思わなかった。
身体の節々が少し痛い。今日一日働いたなぁと思う。
向かう先は
「こんばんは~」
受付の女性が昨日と同じく、寸分の狂いなき笑顔で対応してくる。
全く昨日とはぶれない笑顔と対応に恐れいった。彼女にも疲れというものもあるだろうに。
俺は今日の戦利品を渡した。
討伐対象の魔物かどうかが、よく分かるように並べて説明する。
受付の娘はこくりこくりとうなずき、確かに受領した判を押した。
妙に手際が良い。本当に全て確認しているのであろうか。
「妙に確認が早いけどいいのかい?」
俺は疑うわけじゃないが聞く。
こっちの間違いで後々文句を言われるのは問題ないが、自分の誤り以外で文句を言われるのは嫌だからだ。俺の指摘に受付の娘は、はっとなって頭を下げた。
「ごめんなさい。私、何か不手際がございましたか?」
「いや、不手際はないよ。むしろ完璧だ。でもいつも以上に確認が早いから、そこが少し気になってね」
俺は気になった点を彼女に伝えた。
彼女はあっという表情をして
「えっといつも討伐書の任務をなさいますよね。それで何回か拝見しているうちに毎回、丁寧に討伐対象かどうかの確認の品と説明をなさるので、今回も間違いはないのかなぁて自分で勝手に思い込んでしまって……」
と顔を伏せながら答えた。
「お心遣いは本当にありがとう。でもそれは公平性にかけるから駄目だよ」
俺は諭すように言った。
「すみません」
彼女はしゅんとしている。
別に言わなくてよかったか。
俺も疲れてヘトヘトで気遣いができてないなぁ。
確認が早ければ早く帰れるし、好都合なのに。何を善人ぶってるだろうな。
そんな大して出来た人間でもないのにさ。
「でも、今日は助かったよ。俺も疲れてるし。本当に助かった。仕事が早くてさ」
俺はそう言い、ニコリと微笑んだ。彼女は俺の笑顔を見て、少し明るさを取り戻したようだ。
「今度、飯でもおごるよ。普段から厄介になってるし。俺はウィルだ」
俺は自己紹介をした。
「は、はい。ウィルさんですね。私はシャルロッテ・ルイスと言います。みんなからはシャルルと呼ばれてます」
ぺこりと頭を下げながら、シャルロッテ・ルイスことシャルルは答えた。
「シャルルか、よろしくな。仕事大変だけどがんばれよ。それじゃあ、またな」
俺は、きちんと討伐の報酬をいただいてから、シャルルに別れを告げた。
「はい、ウィルさんもまたのお越しをお待ちしています」
しょげていたシャルルも、最後はいつもの感じに戻っていた。
にしても今回は報酬が多いなぁ。その分の討伐時間と体力を消費しているので、差し引きはいつもと変わらない。
俺はとことことゆっくり歩きながら、借家に向かう。一歩一歩が重い。前に進むのを噛み締めながら、借家を目指す。誰かが待っているわけでもないが、俺の唯一の、この街の中での帰れる場所だ。
借家の光が見えてきた。流石に今日は他の冒険者のみんなも帰ってきているようだ。
そりゃそうだ、もう真っ暗だもんな。
空を仰ぎ、見上げる。空には無数の星がきらきらと輝いている。まるでその星々がこの街の新たな冒険者のようだ。輝きの強さもまたそれぞれの実力や個性に例えれるだろう。
なら俺は……。
このただっ広い空を探してみるが見当たらない。
どこにもいない。
「居場所がないか……」
俺は嘆息混じりにつぶやいていた。光らない星でも良い、今にも消え失せそうな光を放つ星でも良い。
俺の居場所はこの空には……。
「おかえり。随分と熱心に討伐してきたんだね。こんなに暗くなるまでさ」
背後からよく見知った声が聞こえた。俺はその声に振り向くと、そこにはマーサさんが地べたに腰を降ろして座っていた。
「…マ、マーサさん?」
俺は突然の声に驚いている。
まさかこんな暗がりに人がいるとは思わなかったからだ。
「何驚いているんだい。私だよ。ちょっと夜風に当たりにね」
そう言うとマーサさんはゆっくりと立ち上がった。
「まだ夜風に当たるには、肌寒いですよ。そんな薄着で。風邪引きますよ」
俺はかっと込み上がる感情を堪え、平常心を保つように、務めながら答えた。
「確かに、さむっ。急にあんたの顔を、見たら何だか安心して寒くなってきた。ほらっ、みんなのいる借家に戻るよ。急いだ、急いだ」
俺のケツをぽんっと軽く叩き、マーサさんは借家の方に行くように俺を促した。
「はい、今日は疲れました」
俺はうっすらと、涙が流れてくるのをこらえながら返答する。
マーサさんには気が付かれないように静かにこらえる。
「それなら、今日は軽くお腹にものを入れて、ゆっくり休んで明日に備える。そうしたらいい。明日も予定があるんでしょ?」
マーサさんが聞いてくる。
「もちろん、明日もやるべきことはあります」
俺は即答する。
「そう、なら明日の早朝、ここでまた挨拶を交わせるのを楽しみにしてるわ。それじゃ、おやすみ」
手を俺に振りながら、マーサさんは帰っていった。
「おやすみなさい」
俺は軽く頭を下げ、マーサさんがいなくなるのを確認するまで見ていた。
マーサさんが完全にいなくなってから借家に入り、俺は涙した。
マーサさんは、俺の帰りが遅かったからあそこでずっと待っていたに違いない。
履物が左右逆だったし、薄着だったのも急いで来たからに違いない。
いつものしっかりもののマーサさんでは考えられないことだ。
聞かれたかな。
居場所がないって言葉。
聞く聞かれない関係なく、あんなこと言わなくてもいいことだ。
俺の居場所は、センナを失った時にもう無くなっている。
そう言い聞かせていたのに、ここ最近ここの借家のみんなを思い出す。
辛いこと、楽しいこと、悲しいこと。事ある毎に話してしまう。
ここはいつしか俺の第二の居場所になっていた。それに対して、俺は何であんなことを……。
後悔しても遅い、するくらいなら、しないように考えて生きろか。
今日はマーサさんの言うとおり、軽く何かを食べて、休もう。
そして、明日からまた気を取り直して頑張ろう。
冒険者用の乾燥した携帯保存食を口に入れる。
美味しくない、まずいというよりも今は味がしない。
二口で止めてしまった。
気持ちや感情が身体内部の隙間という隙間を埋め、食糧が入る余地すらない。
布切れを水で濡らし、顔や手を拭き、汚れを落とす。
眠気が少しずつだが、押し寄せてきていた。
寝床に横になり、身体を楽にする。この今にも眠りこける感じが好きだ。睡魔に全て身を任せ、あっという間に意識を失う。この一切の抗いも通用しない。
今日もまた……。
やはり抵抗など出来ずに、いつの間にか眠ってしまった。
おかげで明日は、いい朝を迎えることが出来そうだ。
次の日の朝、俺は家畜用の
早く寝ただけあり、早く起きれた。
身体を伸ばす。コキコキとどこの部位の骨か分からないが鳴った。昨日は、ちと色々とおかしかった。
情緒不安定だな。俺もまだまだ自分の感情を処理できていない。起床後のやるべきことをやり、まずい飯を食らう。味が分かるだけ、昨日よりまともな証拠だと感じる。
今日は、残りの討伐書の魔物を片付けてしまおう。
ある程度洗ったが、魔物の血糊が染みとなり、こびりついている。
予想以上に染み付いたか。返り血を浴び過ぎだな。昨日の戦闘での反省点を挙げて、今日はそうならないように自分で意識し、注意する。腑抜けになる前の俺だったらどう戦っていただろうか。そもそも倒すことなど考えていただろうか。優秀な攻撃陣がうちにはいたため、俺は守ることに集中していたかもな。
今日もほどほどにがんばりますか。
兜と鎧、剣、盾を準備する。
借家の戸を開けると、もうマーサさんがいた。なにやら今日は、種を植えているようだ。
マーサさんの背面から、食いもんかなと覗き見しようとするが。
「おはよう、ウィル。ちなみに食べ物の種じゃないから」
「えっ!?」
突然のマーサさんの言葉に、俺は心臓が止まりそうになった。背面からの接近に気がつくのはまだしも、俺が考えていたことさえも言い当てるとは……。
「おはようございます、マーサさん。なんで分かったんですか?」
俺は疑問に思ったので聞いてみた。
「何でって……そりゃあ、あんたのこと結構見てきたからねぇ。何となくここであんたなら、こう言うんじゃないかって考えただけさ」
種を全て植え終わり、マーサさんはじょうろで水をかけ始めた。
「よく俺のことを見ているってことか。流石、マーサさんだ」
俺は納得する。俺が、ここに来た時からずっと見ているんだもんな。敵わないな、本当に。
俺にとってマーサさんは未知の存在だ。
ここまで一緒に過ごしてきたが、俺は彼女のことを知っているようで、全く知らない。不思議な人だ。年齢も俺より少し上だってくらいなのに、底がしれない。
人間がよくできてるなぁと思う。
「今日は何する気だい?」
マーサさんが聞いてくる。
「今日は昨日に継続して、討伐書終わらせようと思ってます」
即答し、マーサさんの反応を待つ。
「そう、なら気をつけて。まぁ、ウィルなら大丈夫だと思うけど。ついでに
マーサさんが何気なしに聞いてきた。ちょっと言い方がずるいとは思ったけど。
「
俺の記憶が正しければ、いたはずだ。
「良いのかい? あんたには今日やるべきことがあるんだろう?」
マーサさんが聞いてくる。
「大丈夫ですよ。それに久々に最下層の空気感ってのを味わいたくて」
俺はマーサさんににこりと笑った。
「それならそれが一番助かるけどさ。無茶は禁物だよ。危なくなったら逃げること。逃げる選択をするのも勇気がいるもんさ」
マーサさんが言いたいことがすぐに分かった。
「了解です。無茶はしませんよ。無茶出来る年齢でもないもんで……つっう」
俺の額にマーサさんの手刀が炸裂した。
「それは自分より、年上のいるところでは言わないこと。分かった?」
マーサさんがにこにこと笑いながら言った。でも口元と声が笑ってない。
ごめん、マーサさん。
俺、まだまだ人生経験が甘くて。
「すみません……」
俺はそう言い、とぼとぼと借家を後にするのであった。
「今日も厄介になるぜ」
入口の門番の彼に話しかける。
「あんたか。すまない。いまちょっと胸糞が悪くて」
確かにいつもの笑顔が今の彼にはなかった。
一体何があったのであろうか。
「何かあったのか?」
彼が話してくれるかどうかは別として、話を聞くだけ聞いてみることにする。
「ちょっと冒険者で嫌な奴がいてな。その男と話したら、話が合わなくて少し口論になってしまって」
なるほど。まぁ、これほど冒険者がいるならそういうやつもいるとは思うが、衛兵に文句を言う奴は限られてくる。
「もしかして横にぶくぶくと太って、にたにたと笑いながら、周囲に女を囲ってなかったか?」
嫌な予感がして、俺の知っている知り合いの風貌と特徴を試しに言ってみた。
「よく知ってるな。アンタの知り合いかなんかかい?」
男が、意外そうな顔つきで聞いてきた。
「いや知り合いではない。基本的には関わりたくない人間だ」
俺は、はっきりと拒絶の意を表明する。
「あんたがそこまで言うとは、よっぽど関わりたくないんだな」
門番の男が、同情したような声で、俺に声を掛けた。
「まぁな、あんたも分かるだろ? さっきのあんたの苛立ちが物語ってるぜ」
誰でもレミーオと絡むとこうなる。おそらく彼が言っているのはレミーオ・ロメンタのことだろう。十人中十人が嫌ってもいい位の男だ。
「ふぅ。確かに好かれる人間性ではないわなぁ。なんなんだあの物言いは……」
彼の苛々が冷めるには、まだ少しかかりそうだ。
「あの男のことだ、みだらな女も連れ添っていただろ?」
組合でのことを思い出しながら聞いた。
「おう、いたいた。あの男に抱きついてたぜ、気持ち悪い」
男が答える。
金で雇っているかどうか分からないが、レミーオの周囲には必ず女がいる。
それもどこへ行くにも片時も離れない。
「あとその女の他にも少し離れたところに赤髪の少女と青髪の少女もいたな。この二人は、戸惑っている感じだった」
ここの門を通ったときの光景を思い出しながら、門番の彼は答えた。
少し気になった点がある。
赤髪と青髪の少女と言ったところだ。
他人の空似ならいいのだが、俺の知っている二人であるなら、大いに問題がある。
「むしろそっちの赤髪と青髪の少女の方が知り合いかもしれない」
俺は深い溜息をつく。
よりにもよって、レミーオ・ロメンタかよ。たくさん他にもいるだろうに。
「本当か、なら災難だな。あの男と一緒に冒険していいことなんて何一つもないような気がする、むしろ損した気分だな」
門番の男が、顎に手を当て考えながら言った。
レミーオのこの言われようも仕方がない。ここまで言われると、可哀想にさえ思えてくる。
「だが、ああ見えて、盾役をやらせると中々やるみたいだぞ」
俺は、レミーオを庇うわけではないが、事実を話す。
「ふーん、ただのふとっちょではなく、そこそこ動けるふとっちょなのか。どうでもいいがね。さて、あんたもそろそろ行かないと。ここに俺と雑談しに来たわけではないだろう?」
門番の男が聞いてくる。
「まぁな、討伐書を今日で終わらせる。あとは最下層で素材集めかな」
マーサさんに言われたことを思い出す。
「最下層か? 珍しいな。いつも三層くらいで仕事済ませてるよな?」
「よく見てるなぁ。少し怖い気もするが」
俺はふざけて震えるような仕草をした。
「迷宮に入った人は、必ず記録されるからな」
「まぁな、それで実際助かった命もあるしな」
俺はうんうんとうなずいた。
さてと……。
「そろそろ行くわ。長話ありがとうよ」
そう言い、要塞の入口の扉を開けてもらった。
「いえいえ、こちらこそありがとう」
男に別れを告げ、迷宮に入るための必要事項を記入していく。
うしっ、書いた。
記入事項を衛兵に確認してもらい、いざ迷宮へ。
重い扉が大きな音と共に開かれる。
「それじゃ。行ってくるぜ」
扉付近の衛兵達に声を掛けて、俺は階段を降りていく。
最下層の五層に用事があるので、俺は一気に一層からぐんぐん進む。
大体の魔物の生息地域や次の階層に進む入口の場所は記憶しているので、俺は迷宮に流れる一迅の風のように下層に進んでいく。
ここの最下層に行くのは本当に何年ぶりだ。
初めてここを踏破したときと、それからこの街に流れ着いた直後辺りに一回来たくらいでそれ以降はご無沙汰だ。
「懐かしいといえば懐かしいか」
そう口に出しながら、魔物の脇を通り抜けていく。
好戦的な魔物がここには少ないからこういう芸当が出来るというものだ。
さて、いよいよか。
高鳴る鼓動を感じつつ、俺は最下層の五層に降りる階段をようやく踏みしめた。
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