討伐 ~ウィルの日常~

いつの間にか眠りこけていた。

昔のことを思い出し、色々なことを考えていると逃げ出すように、俺は眠りにつく。

今回もどうやらそれのようだ。

レミーオが、俺を腰抜け呼ばわりするのも、あながち間違いではないと思う。

辛いことから逃げているのだから。

ふぅと軽く、ため息をついて、寝床からゆっくりと起き上がる。水瓶から一杯の水を木製の容器ですくい上げて、飲む。

嫌な不純物を身体の中から洗い流すように、俺は一気に水を飲みきった。

うっしゃあ!

気合を入れなおして、完全に覚醒を促す。

今日やるべきことをしないと。昨日休んだ一日分挽回しないといけない。蓄えはあるけど、何が起きるか、分からない。それが冒険者だ。顔を洗い、歯を磨き、朝食をいただく。朝食はいわゆる携帯保存食だ。乾燥していて、ぱさぱさしている。四角い形状で非常に粉っぽい。味は多少あるみたいだが、さして美味しいとは思わないが、一昨日贅沢した分、そんなことは言えない。冒険者用の携帯保存食なのだが、そろそろ食べておかないと、味が保障されないらしい。ちょうどこの機会で買い換えておこうと考え、現在在庫を処分をしている最中だ。腹を満たすだけの行為と言っても過言ではない。

その味を乗り越えて、俺はいつもの鎧を着用し、剣、盾を持ち、兜を被り、借家を出た。借家を出ると、マーサさんが、花や木に水を掛けている最中だった。


「おはようございます」


俺はマーサさんに挨拶をする。


「ん……おはよう。あんた、ウィルかい?」


怪訝そうな表情で挨拶を返してくる。

はっとなり、すぐに兜を脱いだ。

兜を装着していることをついつい忘れ、俺はどうやら挨拶をしていたようだ。

いつもは採掘や採集が主なので、兜はしないほうが多いのだが、今日は討伐が主なので被ってきていたのだ。


「すんません、おはようございます」


兜を取り、再度挨拶を行う。


「顔が分からなかったけど、声と雰囲気で何となく、あんただって分かったよ」


マーサさんはにこりと笑って答えた。


「今日は討伐任務なので、兜を被ってたんです。主が戦闘なので」


俺は、今日の大体の予定を話す。


「まぁ、あんたのことだから無理は無いと思うけど。気をつけるんだよ。ここ借家に戻ってきての任務終了だから」


そう言うと、マーサさんは俺の背中をポンっとはたいて、自宅へと戻って行った。


「了解です」


俺は背中に残る感触を感じながら、借家を後にした。

昨日記録した討伐対象を確認する。

まずは浅い階層からどんどん行くか。

いつもの通り、迷宮の入口を監視している要塞が見えてきた。入口には今日も彼が直立不動で立っている。

おっ、あくびしてるな。


「今日も精が出るな」


俺はわざと彼の死角から近づいて、門番の彼にいきなり話しかけた。


「おぉお!? びっくりしたぜ。驚かせるなよ!」


彼は素っ頓狂な声を上げている。よほどびっくりしたようだ。


「悪い悪い。あまりに豪快にあくびをしていたからついつい」


俺は笑いながら、彼に言った。


「見てたのか。すまん、ここで立っていると中々変化がなくてな……」


彼は少し恥ずかしそうに言った。彼の言い分も何となく分かる。任務とはいえ、同じ場所でずっと立ちっぱなし。退屈だよなぁ。


「おつかれさん。俺だったら立って居眠りしてるくらいだ。動きがないと辛いよなぁ」


俺は彼の言い分に共感する。


「あぁ、しかも今日のように穏やかな日だと……なおさら、眠気が来ちまう」


彼はそう言い、自分の顔の頬をばちばちと手で叩いた。本当に眠そうだ。


「何か変わったことはあるか?」


俺は神妙な顔つきで、聞いた。


「変わったことか。最近だと例の竜の騒ぎで持ちっきりだよ」

「それほど深刻な問題なのか?」


俺はすぐに聞き返した。掲載していた広報誌では、被害事態はまだどこも軽微だと書かれていたはずだ。


「あくまでも噂なんだが、その竜に、ある迷宮が破壊されたみたいだ」


彼はまるでその場にいたかのような口調で言った。

迷宮が破壊された。それって迷宮の中に入っていた冒険者は一体どうなるんだ。


「おい……それって迷宮内でいる冒険者は一体どうなるんだ? 戻ってこれるのか?」


出口が壊された場合、冒険者は迷宮からどうやって戻ってくるのであろうか?

俺は、そんな素朴な疑問が浮かんだので、聞いてみた。


「迷宮内に閉じ込められて……あとは野垂れ死ぬだけだ。出口がないんだ、外に出ることもかなわない」


彼は、神妙な顔つきで言った。冒険者が閉じ込められているのだ。

中には持ち込んだ最低限の食糧しかない。

魔物は、うじゃうじゃと周囲にいるだろう。

破壊されたのが、高難易度の迷宮であれば、閉じ込められた場合、生きた心地がしないだろう。


「今もなお、閉じ込められているんだな、その迷宮の中に冒険者が。その言い方だと」


俺は聞く。


「あぁ、捜索は難航しているみたいだ」


彼は首を横に振り、肩を落とした。


「そうか、まさか竜の攻撃対象に迷宮が入っているなんて」


俺は、再び広報誌や竜の生態について書物で調べなきゃならないなと感じた。

実際、昔相まみえたことのある竜と大いに生態が違うからだ。

そしてもし、ここを目標として飛来した場合、どう対処するか、頭の中に入れておかなければならない。

そもそも、今の俺に竜と満足に戦えることが可能であろうか、あの精神がすり減るような感じと、張り詰め、圧迫された戦闘空間で竜とにらみ合いながら、対峙できるであろうか。想像しただけで息が詰まる。。


「おい、大丈夫か?」


門番の彼が、俺の肩を揺すっている。

急に反応が無くなった俺を心配して、彼が揺すったものだった。


「あぁ、すまない。昔の事を思い出してしまった。もう大丈夫だ。すまなかった」


昔のことを思い出そうとすると、思考が停止してしまう。

嫌な記憶を思い出そうとすると、働く自己防衛機能のようなものだ。


「それならいいが。いきなり反応がなくなって、その場にぼっーとしているんだから、心配したぜ」


彼がやれやれといった感じで答えた。


「情けないことに、昔のことを思い出そうとすると、身体がブルってしまって固まってしまうんだ」


俺は自分を卑下するかのように、情けない気持ちで笑った。みっともない話だ。


「別に笑いなんてしないぜ。誰もが消したい何かを抱えて生きてるんだ。その何かが大きいか小さいかなんて関係ないし。俺にだって、あるしよ。でもそれを、抱えての現在いまの自分だろう」


彼の話す言葉の語尾が上がった。感情が込められている。


「お前……」


俺は門番の彼の顔をまじまじと見た。傷だらけだが、人間味のある顔だ。


「何か、俺の顔に付いてますかい?」


門番の彼が、俺がまじまじとあまりに見るせいで、自分の顔をぺたぺたと触った。


「いや、何もついてないぜ。だけど今日のあんたは、いつも以上に輝いて見えるぜ」


俺はそう言うと、要塞の入口の扉を開けた。


「いってらっしゃい! 帰リにまたここを通るときに待ってますぜ!」


手を軽く上げ、男の声援を受ける。

ありがとよ。

まさかの門番の彼に、叱咤激励されるとは思わなかった。

さて、今日のお仕事を始めましょうかねっ!

迷宮の入口まで向かう。

途中、受付のところで自分の名前と入った日付、自分が迷宮に入る時に着用していた大まかな服装を記入することになっている。入った日付と自分の名前が、非常に重要な情報である。仮に迷宮内で迷子になっても、救出が比較的に容易に行うことが出来る。そういった観点からここに名前、服装、日付を記入することは必須であり、記入しない限り、迷宮には入れない。

俺は必要事項を記入する。今まで何十回も書いてきたことだ。

実際この記入情報のおかげで迷宮から救出された人もいると聞いている。

俺はそうならないようにしないとな。

まぁ、待っている人はそうはいないが、少しは悲しむ人がいるかも。マーサさんや借家のみんなくらいか。

あんまりいないな。

俺は苦笑いする。

よしっ、書いたぞ。

殴り書きだが、今まで突っ込まれたこともないので、これでいいはずだ。

俺は記入したことを迷宮の入口の衛兵に見せた。衛兵は小難しい表情で、俺の記入した情報を確認する。

衛兵が顔を上げて、こくりとうなずいた。手を上げると仲間が来て、扉を開け始める。

中からは、暗がりの階段が姿を現した。

この瞬間が一番危険なときだ。開けた瞬間に魔物がいるかもしれない。その可能性はかなり低いが。


「すまないな」


変わった様子もないので、俺は衛兵たちに礼を述べ、中に入っていく。

俺が中に入ると少ししてから、入ってきた扉が閉められた。

空気感が少し変化した。体感温度が少し下がった気がした。いつもと変わらない。

この感じこそ、迷宮に入ったと言える。

討伐対象の魔物の大体の生息地域は把握しているので、まずは浅い階層からどんどんやることに決めた。

一層は暗がりの洞窟の層だが、冒険者が一番初めに通る層であり、もう暗がりでも何でもなくなった。

松明はそれなりの数が置かれているし、潜っている冒険者の人数も多いため、

比較的賑やかだ。一通りの少ない街中のような雰囲気である。

まずは硬芋虫ケムラか。俺はどでかい虫の幼虫の姿を思い出した。

入ったらすぐのところに大量にいたはずだ。

歩を進むといたいた。見ると、目にすぐに硬芋虫が入ってくる。

討伐数は最低十体か。

俺は討伐数を確認し、剣を抜刀した。刀身が抜く時に、鞘にぶつかり、音が鳴った。

兜を深々と被り、俺は硬芋虫ケムラに斬りかかった。

俺の身体が軽く地面を離れる。軽く跳躍して、

硬芋虫ケムラに飛びかかるように斬りかかる。

飛び込み斬り。

硬芋虫ケムラは斬られるまで、俺の存在に気が付いていなかった。

この一層で魔物から冒険者を襲うことが稀だ。

この間の剛百足バネガのような獰猛で好戦的な種であれば別だが、俺の経験上、基本的にはいないはずだ。

刃が硬芋虫ケムラに食い込んだ。

吸い込まれるかのように硬芋虫ケムラの身体の表面から内部に食い込んでいき、体液が飛び散った。

硬芋虫ケムラはぴくぴくと動いているが、身体を真っ二つにされ、ほぼ即死に近い形であろう。

俺は剣に付いた血を払った。緑色と言えばいいか、中々言葉にして表現するのが難しい色をしている。

次だ。俺は躊躇なく、硬芋虫ケムラを狩っていく。

途中同じ目的で硬芋虫ケムラを狩っている冒険者に遭遇する。

お互いの邪魔にならないように、暗黙の了解で譲る譲らないを決める。

俺は基本的に譲ることにしている。いよいよ最後の一体になった。

あいつで最後だ。

剣の柄を握りしめ、硬芋虫ケムラの背面部から、斬りつける。

ぐしゃりという感触を両手で味わうはずだった。

少なくとも俺は、そのつもりでいた。

しかし、俺の両手に返ってきたのは、剣が弾かれる金属音と、弾かれた剣の反動の衝撃だった。

何だと。

すぐに後方に飛び退き、剣を構え直す。硬芋虫ケムラがこちらに向き直した。

口からはこの洞窟でよく採掘される鉱石の破片がパラパラとこぼれ落ちている。

なるほど、鉱石ばっか食ってたわけか。

驚くほどのことではない。たまにこういう変わり者がいる。

人間だってみんなと異なることをしたい人だっているじゃないか。それと同じだ。

奴はみんなが、草を食べてたところを鉱石を食べてた。

ただそれだけのことだ。それでみんなより少し表面が硬いだけ。

硬芋虫ケムラが俺を敵と認識し、糸を口から吹き出した。意外とこの糸が厄介だ。

粘着性があり、さらに伸縮性もあるため、一度絡まると面倒くさいことになる。

糸が俺に迫る。俺はその吹き出された糸を、剣に巻きつけるように、絡みとる。

そして一気に距離を詰める。硬いのは背中の表面の一部なことを知っていたので、俺は盾で硬芋虫ケムラを横殴りし、腹下が見えるように転がす。硬芋虫ケムラがちょうどよく、腹下を上にした状態で止まった。短い無数の足を動かし、硬芋虫ケムラは起き上がろうとするが、俺は間髪を

入れずに、剣を突き立てた。どぷりと腹下に、剣が突き刺さり、硬芋虫ケムラが一瞬びくんと跳ね、初めは足と身体を激しく、動かしていたが次第に動かなくなった。体液が地面を濡らしていく。俺の鎧もここに入る前は、ぴかぴかと光が当たると反射していたが、今じゃ、硬芋虫ケムラの返り血でかなり汚れている。俺は組合に差し出す証拠として、触覚を二本切り落とした。これを提出することで何体討伐したか、確認する。基本的には体の一部を持ち帰るのが一般的だ。

触覚は一番わかり易い定番の一つである。

次だ。

一日で可能な限りやっておきたい。鎧や剣を何回も洗うのも嫌だしな。

俺は次に何を討伐するか、考える。討伐書の任務は基本的にこの繰り返しだ。

面白くもないが楽しくもない。作業だ。

自分のやりたいように行い、討伐した分だけ、報酬が渡される。

仲間と一緒に出来れば、一番効率がいいのだが、俺にはそんな仲間も今はいない。

何かの任務に従事ているときは気が楽だ。

自分にやるべきことがあるから。

何もないときが一番困るし、辛い。

だからこそ、俺は毎日別にやらなくてもいいことを、言葉巧みに理由を付けて行っている。

今日の俺が何事も無く、過ごせるために。

一日それを行い、終えると寝るだけなので、特に何も考えなくてすむ。

こうでもしていないと今の俺は、何をしていいか、分からない。

何かと理由をつけて何かを行い、一日一日を消費していく。

それが今の俺だ。

そんな雰囲気は借家の人達の前では見せないようにしているが。

それに任務中はそのことだけを考えていればいい。

だから今の俺は、討伐の魔物をどう倒すかしか、考えていない。

でも、ふと疑問に思ったことがある。

それは、この間のニコルとマハルと初めて会った時のことだ。

あの時、俺は採掘と採集だけのためにここ迷宮に入った。そして剛百足バネガに襲われていた二人を助けた。身体は震えていたが、何故そのようなことをしたか、未だに分からない。盾役で誰かを守ろうとすれば、身体がいうことをきかなくなり、満足に戦えないはずなのに。俺は二人を守ろうと何故か身体が動いた。この二年間そんなことは一切なかったのに。逃げるように、最低限の討伐任務をして、ほとんどが採掘、採集任務ばかりだった。それも一人で可能な任務ばかりだ。昔に戻っていっているのか。いや、だったら物置部屋にある昔、使用した武器と防具も気にせず、装備出来るはずだ。


「むっ!?」


余計な他のことを考えていたら、俺は現在、対峙している魔物の一撃を避けきれず、盾で受け止めてしまった。

蝙蝠猿バズズ。手足が発達していて、主に洞窟の上にぶら下がっている。

口からは一定音量の鳴き声を放っている。

一匹ならまだしも数が揃って合唱団を形成されたら、結構やっかいだ。

俺は、蝙蝠猿バズズを一体ずつ、確実に仕留めていく。

集合しない限り、烏合の衆だ。

剣を巧に扱い、蝙蝠猿バズズの息の根を止める。

これで二種だ。

周囲では、蝙蝠猿バズズを狩っている冒険者達がいる。

まだ新米の冒険者なのか、仲間と一緒に声を掛け合い、協力して蝙蝠猿バズズと戦っている。

仲間か。

勝利を分かちあい、苦労を共にし、悲しみを共有しあう。

いいねぇ、大切にな。

俺は新米冒険者に言うのと同時に、まるで自分自身にも言うようにつぶやくのであった。










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