何気ない一日 ~組合《ギルド》にて~

迷宮ステルビオ。この世界にある謎の階層式の誰が作ったか分からない巨大な建造物だ。

俺たち、人は、取り憑かれたようにこの場所に潜り、生活に使用する日用品を入手したり、中にいる魔物と闘い、素材を入手したり、最下層にいる迷宮の主を討伐し、名声や富を手にしている。

ここ始まりの街はそんな冒険者達の始まりでもあり、終わりの場所でもある。自分が冒険者としてどの程度の実力かが分かってしまう。実力が足らなければここで足止めを食ってしまう。最下層にいる主といわれる魔物に勝てなければ次の迷宮に進むことさえ許されない。

厳しい世界だと思う。

こんな腑抜けた自分が、今もこんな世界に身を置いているなんて、自分自身信じられない。不思議と盾としての騎士はもう出来ないと思ったが、冒険者を辞めるという考えは浮かんでこなかった。何でだろうか。思い当たる節を考えてみたが、特にこれといってそれらしい理由が出てこない。仲間と一緒に冒険し、高難易度の迷宮を踏破する。それだけで満足だった。何かが、俺をこの迷宮から離さずにいる。そう思わずにはいられない。そんな恐ろしい魅力を迷宮は持っているのかもしれない。


「迷宮か」


俺は、寝床に横になりながらつぶやいた。横目で俺は借家の一番奥にある物置部屋を見た。

そこには俺の大切なものが閉まってある。思い出の品と言えば聞こえはいいがそんな大層なものではない。

こじんまりとした部屋の奥に隠すように置いているのは、かつて俺が使用していた装備品だ。捨てることが出来ず、現在ここで保管、いや見えないように隠している。再びこの剣と盾達を陽の目に見せることがあるのであろうか。考えてはみるが、おそらくないだろう。

借家の入り口付近に立て替えてある鉄製の剣と盾を見る。ぼろぼろで切れ味もよくないが最低限の働きはしてくれる。今はこの鉄の剣と盾で俺は十分だ。圧倒的な火力に万物を何も抵抗なく斬り裂く剣や烈火なる攻撃、属性を帯びた魔法から身体を守る強靭な盾は今の俺には過ぎたるもので必要がない。何より、再び昔の装備を使いこなせる自信が、今の俺にはもうない。


「ふぅ……」


悔しさというより、諦めの気持ちが強い。これでいいとさえ思っている。

一番守るべき人を守れず、逆に守られてしまった俺に人を守る資格なんてない。

止めだ、せっかくこうも天気もよくて仕事もさぼれてるわけだし、休みを満喫しなければ。

俺は出かける準備をする。せっかく半日が空いたのだ、出かけないと損ってもんだ。軽い布製の上下を着用し、鉄の剣を腰に帯刀する。ご信用である。向かう先は決まっている。俺が外出する先は限られている。飲食店か露店通りか、武器屋、防具屋、装飾品屋、それに組合ギルドだ。行くべき場所は今も昔も基本的には変わっていない。

始まりの街の風景は落ち着きもあり、新たな冒険者達の息吹を運ぶ風が街中に吹いている。

心地よく、肌に触れるととても馴染みやすい雰囲気だ。

その新たな息吹の中にニコルとマハルもいる。

中々苦労するとは思うが、あの二人ならやりぬけるはずだ。二人は俺とマーサさんに礼を言い、帰っていった。ウィルが、女を連れ込んだと一時、借家を借りている冒険者内で時の人となったが、マーサさんがうまく説明してくれたおかげで事なきを得た。

街の中央に俺は向かう。行き先がほとんどがそこに揃っているからだ。

今日も賑やかだ。活気付いているのが一目見て分かる。新米冒険者に品を買ってもらおうと皆が皆、必死に自分の品物をよく見せ、言葉巧みに説明している。新米の冒険者はそれを難しい表情で見ている者もいれば、購入するか悩んでいる者もいる。冒険者にとって迷宮が戦場であるように、商いを携わる者達にとっては今ここが戦場のまっただ中なのだ。商いで生計を立てている者達にとっては売れるか売れないかだけの世界なので必死になる気持ちは分からないでもない。実際、俺も露店をたまに開くから。

俺は、商いのいらっしゃいという声を聞きながら、どんどん中枢に進むとそこには、冒険者にとって切っても切れない関係の組合があった。冒険者が何か困ったことがあったら、とりあえずここに来れば大抵のことは解決してくれる。

木造で築数十年は経過しているが、毎年毎年の改築や修繕のおかげで痛みらしい痛みが皆無だ。大きさもこの始まりの街の中では大きな建造物の一種だ。俺は大きな扉を開けた。中にゆっくりと入っていくと、掲示板の周囲にたくさんの貼紙募集が張られている。すでに期限がきれたものが貼られているのはもはやご愛嬌だ。

何々。俺は掲示板を流し目で見た。

急募! 魔法使い募集。

一緒に、主倒しませんか! もう目前までいける実力は秘めてます。火力の出せる近接職の方募集します。

前衛で盾役の出来る職業の方いませんか? 一緒に冒険しませんか。こちらは槍職と魔法職です。

んっ?

どこかで見たような募集だと思い、見てみるとどうやらニコルとマハルの募集のようだ。

俺は、その募集用紙を目立つように場所をこっそり貼り替えた。

これくらいしてもばちは当たらないだろう。

何事も無く、貼り替え終わり、俺は組合の受付に向かう。

にこやかに受付の美しい黒髪の女性が俺に微笑みかけ、要件を聞きたそうな表情をしているが、俺が用事があるのは受付でも、個人的にこの美しいお嬢さんではなく、受付付近にある討伐書だ。

この討伐書には現在、数が過多になっている魔物が掲載されている。これ以上数が増えると、我々人間に危害が加えられたり、その魔物が生息している食物連鎖がおかしくなったりと、自然に被害が出る等の様々な理由から組合、直々に討伐依頼が出るのだ。

その討伐対象となる魔物は、迷宮内部の魔物であったり、我々が住んでいるこの世界に普通に生息しているものもある。貰える報酬も通常の依頼任務に比べて破格になっている。故に貧乏人で収入が限られている俺のような冒険者にはかなり重宝されている。ぺらぺらと書をめくり、自分が住んでいるこの始まりの街周辺の魔物で、討伐対象になっている魔物を探す。

いたいた。

へぇ、まだ過多の状態のままなのか。結構やっている人が多かったんだが。

俺はここ最近常に掲載されているある虫の魔物を見ている。結構な人数で討伐したはずだが、まだ状態としては過多のままである。

数えきれない数の小さな卵から生まれてくるから仕方がないといえばそうなるかもしれないが、この状況がずっと続くのであれば、組合の本部が動きだすかもしれない。

まぁ、そうならないために俺が頑張るか。

始まりの街周辺の魔物を全て記載し、倒したらその魔物の素材を持ってきて終了となる。

近くにある組合が出している広報誌を手に取り、読み始める。

ぱらぱらとめくると号外として、書かれている記事があった。

そこにはどす黒い空に消えていく、竜の後ろ姿が掲載されていた。最近噂になっている竜らしい。

へー。

俺はかつて竜と闘ったことを思い出した。圧倒的な打撃力と口から吐き出す息。並の剣すら通さない強靭な鱗、暴風を巻き起こす翼、鋭い牙に爪。圧倒的な治癒能力。と並べただけでも賞賛の言葉が足らないくらいだ。仲間と作戦がうまくいかなければ倒すのは困難を極めたなと今更ながら思う。

そんな恐ろしい竜が飛び回っているらしい。

元々ねぐらを決めたら、あまり動かないのが竜という生物の生態だったがこの竜はそれとは異なっている。

もし、この始まりの街まで来たらと思うと背筋を冷たいものが通った。猛き冒険者よ、早急なる討伐を頼む。と人事のように唱え、俺は広報誌を閉じた。かつての自分だったら名乗りを上げていたかもしれない。


「へぇ、これは腰抜け騎士様のウィルじゃあないか」


甲高い声が俺の耳に聞こえてくる。俺がその声の元に視線を移すと、ぶくぶくと横に太った男が椅子に座っていた。


「レミーオ……」


俺はその男の名前を呼ぶ。レミーオは組合内部にある休憩所に座っている。年齢は二十七歳。身長は俺より一回り小さい百七十プロンくらい。顔にはそばかすが散らかっている。

隣の席には、派手な化粧と今にも下着が見えそうな服装をしている女性二人が、身体を蛇のようにくねらせ、レミーオに絡みつくように身体に手を回している。レミーオ・ロメンタ。この始まりの街の豪商ロメンタ家の長男だ。周囲には、取り巻きのガタイのいい男たちが数人いる。


「どうした? そんなところに突っ立って。こっちに来て座ったらどうだ。なんなら一晩貸してやってもいいぞ」


レミーオはそう言い、俺に女を譲ろうとする。


「断る。俺には必要ない」


俺は不愉快になり、この場を後にしようとする。


「腰抜けが……また逃げ出すのか。腰抜けのウィル」


レミーオが俺に向かって言った。俺は足を止めた。何故かこの男とはこういった関係が読いている。

初めてこの始まりの街を訪れた時、この男と出会い、俺はボロ雑巾のようにこの男の取り巻き達に殴り飛ばされた。

そこからだ。俺の何が気に喰わないのか、絡んできてはちょっかいを出してくる。頭には来るが、こんな男と話すだけ、時間の無駄なので避けれるときは避けるが、どうしても顔を合わせなければならないときは無視することと決め込んでいる。


「腰抜けでもでもなんとでも呼べばいい。お前から言われたところで別に何も感じない」


俺は睨み返そうとしたが、止める。視線を伏せ、この男の前から立ち去ろうとする。この口のうまく、不愉快な男と話していても、いいことは何一つないことは経験上分かっていた。


「ふんっ、借家のマサルド・メキラはお前をかなり買っているようだが……どこがいいんだろうなぁ。それとも、あの女の見る目がないのか。昔はそこそこいい女だったんだがなぁ。今じゃただの借家貸しか。ざまぁない」


ぎゃはははと周囲の連れ添っている女と共に笑いながらレミーオは下品な声を上げた。


「おいっ、レミーオ」


俺はそんな光景を見て、低い声でレミーオに声をかける。


「何だ? ようやくしゃべる気になったか」


レミーオが俺の方をにやにやしながら見て言った。

ふぅ……

俺は軽くため息を付き、息を吸った。


「俺の事をなんとでも言うのは構わない。実際そんな大層な人間でも立派な人生を歩んできたわけではないからな。だがなぁ……レミーオ。俺の周りにいる人を悪くいうことは絶対に許さんぞ。マーサさんや借家のみんな。みんなそれぞれ、俺にとって大切な友人であり、仲間だ」


座っているレミーオを見下ろしながら感情のこもった声で俺は言った。取り巻きの男たちが俺とレミーオの間に入ろうとする。

しかし、それをレミーオは手を上げて制止した。表情は未だに笑っている。毒蜥蜴スーダのような嫌らしい表情だ。


「へぇ……そんな表情できるんだな。腰抜けの割にはいい眼力もってるじゃないか。見なおしたよ」


隣にいる女二人は俺に少し驚きと戸惑いの念を浮かべているが、レミーオは特に何も感じていないのであろうか。いつもの感じと何も変わらない。流石はある程度までの迷宮を踏破しているだけある。

肝は中々座っているということか。


「お前に見直してもらっても別に嬉しくもない。だからこれ以上俺にちょっかいを出すのは止めてくれ。お互いのためにならないだろう。俺はお前の言うとおり腰抜けでいい」


そう言い、俺は踵を返し、レミーオの前から立ち去ろうとする。


「ふん、それは俺が決めることでお前が決めることではない。腰抜けのウィルよ」


レミーオが返答する。俺は立ち止まり、言い返そうとするが、そこでまた言えばまた言い返されるなと思い、敢えて振り向かなかった。


「やれやれ……これだから腰抜けは、逃げるのだけは得意だからなぁ」


遠くで挑発じみた声が聞こえたが俺は振り向くことなく組合を後にした。相変わらずの男だ。冒険者でもある。職業は俺と同じ騎士だ。

あの男が仲間を守っている姿はにわかには想像できないが……迷宮内でもあんな感じで闊歩しているようだ。すでに中盤までの迷宮まで踏破しているのだが拠点をこの始まりの街から動かしていない。奴のあの見た目では判断できないということだ。


「それに例の竜を知っているだろう」


レミーオが珍しく話題を変えた。いつも俺に対して罵詈雑言だけだったはずが、珍しいこともあるものだ。


「あれを倒すのは俺だ。被害もかなり深刻になっているしな。

それに倒すと一躍有名人だ。我がロメンタ家は勇士を集っているし、武具と防具も揃い始めてきた。そこでかつての噂の通りのお前なら雇ってもいいと思ったんだが。その腰抜けぶりでは時間の無駄だったようだな」


はははとレミーオの周囲が賑やかになった。

俺のことを笑っているのであろう。

しかし、俺は別にそのことについては否定はしない。実際雇われたとしても今の俺では足手まといだ。

レミーオ、お前が倒してくれるならそれで構わないよ。竜の脅威で怯えている人達を救ってやってくれ。だが油断するな。いくら人材や装備が充実しても相手は竜だ。こっちの予想を大いに上回る行動をすることもある。実際、移動しているという話だし。俺はちらりと後ろを振り返り、レミーオを見た。大きな口を開けて、笑っている。こちらには気がついていない。

昔の俺のままでレミーオと出会っていたら、今のようになっていなかっただろうな。仲良くまでとはいかないだろうが、罵詈雑言を言われるような関係ではないことは確かだと思う。

でも仲良くはちょっと無理かな。

レミーオと会ったおかげで何だが気分が乗らなくなったため、俺は帰宅し、早めに休むことにした。

借家に帰り、日は明るいが、早めの夕食の準備をして、簡単に済ませた。

明日は今日調べてきた討伐書に掲載されていた魔物を討伐する。

早めに行動しなければ、同じ討伐書を見た同胞たちに先を超され、過多となっている討伐数を満たすかもしれない。

あとはそのついでに生えているないし、落ちている素材。採掘できるものと現地で判断して入手してくればいいだけだ。


「ふむぅ」


何だか、ため息ばかり出る一日だと今更感じてしまった。

ここ二、三日は確かに怒涛のように過ぎ去ってしまった。そう感じても無理も無い。ニコルとマハルと出会ってからそんな感じだ。

自分が、新米だった頃もこんな感じだったであろうか。

真新しい光り輝く剣と盾、希望を胸にこの街にやってきた。

その当時は組合はあんなに大きくはなく、半分くらいの大きさだった。田舎からセンナと出てきた俺は、この街でかけがえのない仲間に出会った。

エルゼンにミモザにシーカ。

解散するまでこの仲間は誰一人抜けることはなかった。

今頃、みんなは何をしているのであろうか。

会えると言えば会えるが、俺は会う資格はない。彼らもきっと会ってくれないだろう。

センナ。

今は亡き、恋人の名をつぶやく。彼女が生きていればまだみんな一緒に冒険しているだろうか。

それとも……。

どうなっているか分からない、俺は少なくとも一人ではないはずだ。





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