食事 ~頂きます~

二人に座るように促すと、ニコルがまずは木製の椅子にちょこんと座った。それに続いてマハルも姉を見習うように座る。俺もどかりと椅子に座り、


「頼む」


俺が店員に手を上げて声をかけた。一人の店員がこちらに向かってくる。

年齢は三十代で俺がここに初めて食べに来た時からの知り合いである。身長は俺より少し低いくらいで昔は冒険者だったらしい。黒々と日焼けした肌が印象的な男だ。

名前はニッカという。


「おー、ウィル。今日は女の子を二人も連れてどうしたんだ? モテるな」


ニヤニヤしながらニッカは話しかけてきた。


「そんなんじゃない。彼女達は冒険者になったばかりだよ。昨日、迷宮ステルビオ内で初めて会って、今日もたまたま露天を開いていたら会ってね。これも何かの縁だと思ってな」


昨日に今日とこの馬鹿でかい始まりの街で、再び出会うのは滅多にないことだ。


「そうだったのか。確かにこの街で連日出会うのは中々ないことだな。おおっといけねぇ。お腹空かしてきてるのに長話はいけねぇや。さぁ、何にする? おまけしとくぜ。お嬢さん方も遠慮せずに注文してくんな。今日はウィルのおごりだしな」


ニッカはそう言い、二人に微笑んだ。相変わらず人当たりのいい奴だと思う。


「えー、ウィルのおごりでいいの?」


ニコルが口を真ん丸に開けて、聞いてきた。


「いいぜ。好きなだけ注文してくれ。露店で二人以外にも商品が売れたし、問題ないよ」


元々おごるつもりだったので別に問題はない。

ニッカが言わずとも自分から切り出すつもりだった。


「ありがとう。マハルやったね」


ニコルがマハルに話しかける。マハルは申し訳なさそうな表情で俺を見ている。俺はこくりとうなずき、マハルに軽く微笑む。するとマハルの表情がぱぁと輝いた。ニコルとは対照的にマハルはあまり自分の感情を口に出すのが苦手のようだ。

少ししてから二人の注文が決まったようだ。


「私はこの辛々麺カンカラパスコーンの激辛で、飲み物は桃蜜ファーヴィーでお願いします」


ニコルがニッカに対して注文する。辛い麺に対して甘い飲み物である。


「わ、私は野菜絢爛麺ザーヤーラキンラパスコーン幸福茶ゼンズィーでお願いします」


続いてマハルが注文した。健康的な野菜麺だ。


「了解だ。大盛りにしとくぜ。それでウィルはいつものでいいか?」


ニッカが聞いてくる。少し考えた後、俺は


「あぁ、それでいい。俺のももちろん大盛りにしてくれるよな? というか大物か」


ニッカに確認する。


「まぁ、気持ち大きめでいきますよ。では料理が出来上がるまで少々お待ちを」


ニッカはそう言い、料理を調理する厨房のほうに戻っていった。


「ねぇ、ウィル」


ニコルが話しかけてくる。暗くなっても彼女の紅色の髪や瞳は輝きを失なっていない。


「どうした?」


俺は聞き返す。


「中々、前衛で盾役をしてくれる人っていないね。昨日あの後、組合ギルドに募集をかけてみたんだけど、まだ何も反応がないんだよね……」


ニコルがため息を付きながら言った。


「まぁ、盾役は重宝されるから中々な。一緒に冒険出来る仲間と出会うと、そこから抜けることはまず余程の理由がない限りない。一人あぶれてる盾役なんて問題があると認識して注意したほうがいい」


俺はすまして答えた。するとニコルとマハルが俺をきょとんとした表情で見ている。


「ウィルさんは、ウィルさんはどうして抜けたんですか?」


マハルが聞いてきた。自分ではそういったものの俺もそのあぶれた盾役の一人なのだ。


「俺は……」


瞳を閉じ、俺は思い出す。俺の中の消せない記憶。そして決して消してはならない記憶。

今もこの瞳を閉じるとこの瞼の裏側にこびりついている。


「……ィル、ウィル」


ニッカの声で俺は閉じていた瞳を開けた。ニコルとマハルが心配そうな顔で俺を見つめている。


「何、寝てるんだよ。酒も飲んでいないし、酔っ払ってもないのに」


覗きこむように俺の顔を見ているニッカがいる。


「あぁ、すまん。徹夜明けで少し眠気が来てな。ついつい気を抜いたら眠気に負けてしまった」


それらしいことを言ってこの場を濁す。


「全くせっかく料理を持ってきたのに」


座っている卓子に注文した料理があがっている。


「おぉ、もう出来たのか。仕事が早いじゃないか」


俺はそう言い、注文した料理を一望した。俺が注文したいつもの。それは顎魚ケルンの頭だ。名前の通り非常に顎が発達した魚でその顎の力は何でも噛み砕く。故にその顎に付いている肉がよく油も乗っていて美味いのだ。俺はこれをよくここで食べている。あとはこの顎魚によく合う酒があれば何もいらない。


「全く麺屋なのにウィルは麺を注文しないんだからなぁ」


ニッカが少し困った顔をしている。


「きちんとお代は払っているんだ。文句いうなよ」


俺はニッカをたしなめる。ニッカはそれに対してへいへいといいながら奥の方に戻っていった。


「二人共、遠慮しないで食べてくれ。冷めたり、のびたりすると美味しくなくなるぞ」


ニコルとマハルに食べるように指摘する。二人は顔を見合わせ、自分の注文した麺を食べ始めた。

ニコルが頼んだ辛々麺カンカラパスコーンはこの店で一押しの麺だ。とびっきりの辛さにたくさんのあぶり出しのビーグの肉が入っている。辛さは香辛料や木の実の辛さである。

匂いはほのかに刺激臭が香っている。

この匂いが食欲をかきたてる。見た目はとにかく真っ赤である。地獄の業火というか、口に含むと火傷しそうな印象をうける。とても甘い桃蜜ファーヴィーを頼んだのは良策である。

逆にマハルが頼んだ野菜絢爛麺ザーヤーラキンラパスコーンは女性に人気が非常にある麺料理だ。

あっさりとした魚介系の出汁に野菜の旨味汁が混ざり合い、非常に味わい深く、あっさりしている。幸福茶も喉元を抵抗なく、あっさりと流れ落ちるもので香りもほんのりとしているくらいだ。

ニコルが激アツの辛々麺カンカラパスコーンをふーふーと息を吹きかけ、汗を額にぽつりと浮かべているのに対して、マハルは涼し気な表情で味わい深く汁と麺を食している。二人共会話をするのを忘れるくらい料理に首ったけだ。こうしてただ食べてるのを見ていると普通の女の子なのだが、ニコルは槍を振るうとそこら辺の男に負けないくらいの強さだし、マハルも氷や水魔法ならそこそこの実力を秘めている。俺も顎魚の頭を一口、二口と運ぶ。やはり美味い。

この舌の上で絶妙に絡みつく味は何なのであろう。

魚が酒の肴なだけに酒もどんどん進む。

少しずつ身体を酒の酔いが蝕んできた。ほどほどにしなければと毎回思うが、飲み過ぎて、気がついたときは主に時刻的に朝になっている場合が多いからだ。


「どうだ? 美味いか?」


二人があまりに無言で食べてばかりいるので、こちらから話しかけてみる。俺に話しかけられて二人はようやく自分たちが会話もせずに黙々と食べていることに気が付いたようだ。


「何か食べることに集中してしまいました。とても美味しくて」


マハルが微笑みながら言った。


「うんうん、辛いけど美味くて熱いよ。凄く食欲を誘う味」


ニコルはそう言いながら、再び麺を口に運んだ。麺を赤い汁が滴り落ち、卓子に飛び散った。


「そっかそっか、二人がそんな満足に食べてくれるならここに連れてきた甲斐があったってもんだ」


そう言いながら飲む酒も格別の味だ。いつも一人で食べに来るのだが、今日はニコルとマハルがいることから、飯がより美味く感じている気がする。やはりご飯は誰かと食べる方が美味しく感じる。こんな気分は久々だ。誰かと食事を取るなんて、この街に来てマーサさんに厄介になった時以来かな。


「ねぇ、ウィルこれ何?」


ニコルが酒瓶を持って興味がありそうに見ている。


「酒だよ。子供が飲んじゃあダメだぞ」


ニコルに酒瓶を卓子に置くように言う。しかし、ニコルは


「へぇ、少しくらいいいでしょ?」


すると酒瓶の先に口を付けてニコルはぐいぐいと飲んでしまった。止める隙すらなかった。

それに容器を見ると……半分近くも飲んでるじゃないか。ニコルはというと、まだ残っている辛々麺カンカラパスコーンを食べている。何ともないのか。


「ウィルさん、ウィルさん」


マハルが俺に話しかけてくる。


「どうした?」

「お姉ちゃん、いきなり寝ると思います」


マハルがニコルの方を心配そうに見ながら言った。


「了解。気をつけて見ておくか」


マハルのおかげで酔いが少しずつ回ってきていたのが完全に冷め始めてきた。今日はもう飲むのはやめておくか。心の中でそう決め、マハルの方を見ると、そこには無理やり、ニコルに酒を飲まされているマハルの姿があった。酒瓶を口にあてがわれている。

おいおい、マジかよ。

急いでニコルの手から酒瓶を取り上げるが、中身がまた極端に減っている。減った分はもちろんニコルが無理やり飲まされた分だ。

俺はニッカを呼んだ。いつでも帰れるようにお代を払う。


「毎度。まだ酔ってもないのに帰るんですかい?」


ニッカがいつもと違う俺に対して聞いてくる。


「あぁ、この二人が間違えて酒を飲んでしまったからな。誰かが付いてないと危ないし、駄目だろ」


俺はすでに卓子に突っ伏して寝ているニコルと虚ろ気な表情で頬を朱色に染め、ぼっーとしているマハルを見た。酒が回るのが早過ぎる。耐性が全くないな。


「マハル、マハル」


俺はまだ意識があるマハルに話しかける。しかし、残念ながら反応はない。

どうしよう……どこに住んでいるかも分からんし。このまま放っておくことも出来ない。

となるとマーサさんに説明するしかないかぁ……

ぐっすりと寝ているニコルを背中に背負い、マハルを胸の前に抱える。

二人もだと流石に……あと体勢がうまく調整出来なくて、均整が取れず、うまく歩けない。

よたよたと歩きながら帰路に着いた。いつもはすいすいと通り過ぎる街の中の風景や建造物も今日はまるで別次元の世界かのように佇んでいる。ようやく自分の借家のある見慣れた場所まで帰ってきた時には、くたくたになっていた。一歩一歩進むのが辛い。


「ただいまっと」


二人を降ろして、自宅の入口の戸を開いた。

そして、すぐに二人を自室の寝床に運ぶ。

二人を仰向けに寝かし、毛布を掛けた。ニコルもマハルも一向に起きる気配がない。深い眠りに付いている。この寝顔からは、あの華麗な槍捌きや強力な魔法が使えるとは中々想像がつきにくい。

俺は水瓶から木製の容器で一杯の水をすくい上げた。そしてごくごくと飲み干す。たくさん容器に入っていた水があっという間に無くなる。


「つっかれた~」


思わず、声に出ていた。今にも瞳を閉じれば、眠ってしまいそうだ。

今日、露店に持っていった山羊ヤモの毛皮の毛布を手に取り、俺はゆっくりと自分の借家の入口の戸を開け、外に出た。まだ少し外気温は肌寒い。借家の入口の少し段になっているところに座り込む。そして背中から身体全体を覆うように山羊ヤモの毛皮の毛布を羽織った。

暖かい。

これで朝までここで過ごせるな。

足を身体が抱え込むようにして縮まり、身体の大部分に毛布をくるませる。


「くあああぁあ」


瞳から涙が出て、あくびが出た。そろそろ限界だ。

ここで自分が寝てれば誰か来たら俺を起こすだろうし、不法侵入者が来ても、俺をここからどかさないと中には入ることは出来ない。

中で寝ている二人に対しての配慮だ。

さて、俺はそろそろ寝ないとまず……

全て言葉を心中で唱える前に、俺の意識は途絶えた。


な、何だ!?

身体に微妙な揺れを感じ、俺は眠気眼をこすりながら目を開けた。その瞬間、俺に大量の水が掛けられた。掛けたのはマーサさんのようだ。水に濡れ、まだ本調子じゃない俺を見ている。。


「おはよう、ようやく目が醒めたかい、ウィル」


マーサさんが朝の挨拶をしてくる。いつも思うが本当に底抜けに気持ちのいい挨拶をする人だなと思う。


「おはようございます」


水浸しになりながら俺は答える。少し頭が痛い。俺は借家の前の草むらに転がるように寝ていた。俺はどうしてこんなところで……

次第に記憶が鮮明になり、思い出していく。

俺の脳裏にニコルとマハルの存在が過ぎっていく。借家の方を見る。ここからだと外装しか見えない。まだ寝ているというのか。それとも起きているのか。

俺はとりあえず、立ち上がり、びしょびしょになった服を脱ぎながら、借家の中に入っていった。寝床の上を見る。昨日二人共そこに寝かせたはずだ。

いない。

起きてもう帰ったのであろうか。特に言付けも置き手紙もない。帰ったのであればそれでいいのだが。

濡れた服を着替えてから、借家から出ると、

そこにはマーサさんと話す二人がいた。

まだ帰っていなかったらしい。とりあえず安心かな。


「あっ、おはよう。ウィル」


ニコルがまた呼び捨てで俺に対して、挨拶してくる。


「おはよう。まだ帰っていなかったんだな」


俺はニコルに挨拶を返した。昨日のことなぞ

どうやら覚えていないようだ。


「うん、朝起きたら、あの家の寝具の上で寝ていた……昨日のことが思い出せなくて」


ニコルが頭をかきながら言った。


「お姉ちゃん、ウィルさんがここまで運んでくれたんだよ」


すかさず、マハルが答えた。


「あれ? マハルは分かっていたのか?」


胸に抱えていたから起きていることに気が付かなかったようだ。


「はい。気持ち悪いながらも何とか。ここまで連れられてきて、寝床に降ろされた時にはその気持ちのいい誘惑に負けて、朝までぐっすりでしたけど」


マハルが照れながら言った。


「まぁ、二人の宿泊施設がわからなかったから。やむを得ず、ここに連れてくる以外選択肢はなかった」


俺は答える。というかそれしか頭に浮かばなかった。


「まぁ、何にせよ。二人の帰る場所を聞かなかった俺が悪い。すまなかったな」


俺は二人に謝った。


「なんでウィルが謝るの? 私達が勝手に酔っ払ったせいなのに」


ニコルが俺に向かって言った。


「まぁ、それも悪いが。あそこに食事に誘ったのは俺だからな」

「お姉ちゃん共々迷惑かけてごめんなさい」


マハルがさらに謝ってきた。


「いいって。今度こういう事態にならなきゃいいことだからよ」


俺は二人に諭すように言った。


「まぁ、話はこの二人から聞いたから、今回は仕方ないけど。こういう事態になったら今度から私に一報してちょうだい。客人を泊めるくらいの部屋はあるんだから」


マーサさんが事情を理解してくれた上で今度からどうするか説明してくれた。


「マーサさん、すまない。めんぼくないっす。俺も前日徹夜だったんで睡魔に負けてしまった」


俺は頭を下げて、謝った。


「別にウィル。アンタを疑ってるわけじゃないさ。だから次回から守ればそれでいいし。さっきの水かけで勘弁してあげる」


にこりと笑ってマーサさんは言った。


「……うっす」


俺はうなずく。


「だから貴女達もお酒飲んで意識を失ったり、変な人に付いていったら駄目よ。ここも意外と変な輩が多いから」


マーサさんが二人に優しく言葉をかける。まるで親子の会話を連想させる。


「はい、分かりました」

「はいっ」


ニコルとマハルが元気よく、返事を返す。


「マーサさん、でもウィルには付いていってもいいでしょ?」


ニコルがマーサさんに質問する。


「まぁ……ウィルならいいかな。害もないし、そんな意気地も無さそうだし」


こっちをちらりとマーサさんが見て答えた。


「ふぅん、そうなんだ」


ニコルは納得しているような、納得していない表情をしている。

全くこの人は何を言っているんだ。ったく。

人をからかうのはいい加減にしてくれ。

俺はそんなことを心中で思いつつ、空を見上げた。空には雲一つない青空があった。

よっしゃあ。

気合は入ったが時間は昼間だ。

いい日だけど、もうお昼だから今日の冒険者家業はお休みだ。残念だけど。

そう、俺の腹の虫が音を上げたのであった。




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