露店 ~小さな買い物~

昼を知らせる鐘が聞こえた。俺は布に包んだ品物を背中に背負い、自宅である借家を後にした。向かうべき場所は、この始まりの街の中央通りだ。

この街最大の通りでこの真っ昼間だと人通りも多い。

行くぞ。

ある程度の重みを感じながら俺は、中央通りに歩を進めた。品物があるので慎重に急ぎながら歩く、急がないといい場所が取られてしまうからだ。

この昼の時間を狙って露店を狙う人は多い。

中央通りが近づくにつれ、人通りが増えてくる。また、俺の借家のある東地区とは異なり、この中央地区にはたくさんの人が住んでいる。

冒険者もいれば、定職に就いている者、行商人、人間ではない者達、いわゆる獣人族の者達だ。

さてそろそろだ。

東通りから中央通りに繋がる十字路を、俺は右に曲がり、街の中枢に向かう。街の中枢に近づくと、街の人々に時刻を知らせる時計塔が見えてきた。建造物と建造物の隙間から細長い四角い筒状で、その上に鐘が収納された小型の塔が顔を出している。ここでこの街に住んでいる人達に時間を知らせている。鐘が一日で鳴る回数は三回。朝、昼、夜の決まった時間に鐘は鳴っている。さっきの鳴った鐘は本日の二回目の鐘だ。

すれ違う人も増えてきた。

急がないと。

俺はそう自分に言い聞かせ、早足でさらに進む。すると露店がぽつりぽつりと通りの端で開かれているのが見えてきた。ここは露店が開ける所定の場所ではないので衛兵に見つかったら取り締まられてしまう。

通りの人混みを出来るだけ避け、最短の距離で俺は道を進む。この時間は、人がゴミのようにいる。周囲を見渡すだけで息がかかるほどだ。

おっ、やってるな。

俺の目に同業者達がすでに陣取っているのが見えた。もう少し早く出てくればよかったなと思い、露店の開くことの可能な所定の場所に着いた。

おおきな広場で人の往来も多く、ここでしか基本的に露店を開く許可は下りていない。

俺は呼吸を整わせながら露店の準備をし始めた。布を開き、品物を取り出していく。鉱石に装飾品だ。装飾品は一般用と冒険者用の二種類がある。

俺は石畳の地面に布を綺麗に敷き、丁寧に品物を並べていく。

準備は完了。

あとは客人が来るのを待つだけだ。

俺の隣の露店はどうやら骨董品を扱っているようだ。さっきからこ難しい表情をしている客が見える。俺の決め事として一つだけ、自分と同じ種類の品物を販売している露店の近くでは商売をしないということだ。

全てを並べ終わり、俺は急いで開店した。

街は様々な匂いがする場所だ。

昼のご飯を作る美味しそうな匂いが俺の鼻を刺激し、俺の空腹を増長させる。俺の昼飯は持ってきたこの乾燥餅だけだ。触ってみても非常に固くて、そっけない味だが腹持ちは良い。主に迷宮内に持っていく食糧なのだが、そろそろ古くなりそうなので現在、処理している。

人通りが多くなってきた。やはりこの時間帯は狙い目だと俺は感じた。早速、冒険者らしい男が足を止めた。どうやら冒険者用の装飾品を見ているようだ。


「いらっしゃい」


俺はお決まりの歓迎の挨拶をした。冒険者の職業は接近職だということはすぐに分かった。男の見ている視線の先は攻撃力を高める装飾品ばかりだからだ。

魔物には魔気マジールというものがあり、それはその魔物の特性であり、魔物が死んでもなくならない。魔気が、含んだ素材で物を作成するともちろんその作成されたものにも、魔気は受け継がれる。この魔気の種類には、己の力を高めるもの、防御力を高めるもの、魔力を高めるもの、治癒能力を高まるもの等のたくさんの種類に分かれている。この魔気の種類は大抵はその素材となった魔物により定まっている。

その魔気を含んだ装備品を着用すると大きな石を少しの間だけ持てたり、少しの傷跡ならすぐに治ったりと目に見える効能がある。

男が最終的に選んだのは昨日俺が剥ぎとったばかりの素材から作った剛百足バネガの牙から出来た耳飾りだった。昨日帰ってから今日の午前中まで徹夜をして、作った甲斐があった。

剛百足は始まりの街の迷宮内では、強力な魔物であり、新人の冒険者を序盤から苦しめる存在だ。よって始まりの街の迷宮内では剛百足から作られる装備、装飾品は強い部類に入る。しかし次の迷宮に行くと、始まりの街の迷宮で活躍した装備、装飾品も序盤の階層でしか通用しない。なので次の迷宮に行く場合、基本的には装備品を更新して、よりいいものにしないといけない。


「これを」


男が少ない言葉数で剛百足の耳飾りを渡してきた。


「ええと、三万ノーツです」


俺は相手にきちんと言葉が伝わるようにゆっくりとはっきりした口調で伝えた。


「二万では駄目か? あいにく俺はノーツの手持ちが無くてな」


悪びれた様子もなく、男は言った。手持ちがないなら帰って持ってくればいい。俺はこの冒険者の態度に少し腹が立ったので


「残念ながら、二万でしたら他をあたってください。こっちはもっといいお客様を探しますから。では」


と、もうあんたなんか相手にしないといった様子で伝えた。


「そこをなんとか、もう少しだけでも安くならんか? 二万五千でどうだろう?」


男が始めの金額から五千ノーツ吊り上げた。

二万五千ノーツか、悪い金額ではないな。


「悪いがこちらは、三万から一切負ける気はない」


あくまでも強気の姿勢で、ここまで来たらあとは買わせるだけだ。男がいくらまで出してくれるか。その問題になっていく。


「うぅ……分かった二万七千五百でどうだ?」


男は呻くように言い、頭を抱えた。恐らくここでこの耳飾りを買ったら、この後自分はどう生活するか考えているはずだ。


「分かりました。三万のところ二万七千五百で」


俺はこれ以上は流石に無理かなと思い、二万七千五百ノーツという金額で締めた。


「……受け取ってくれ」


男は深いため息を吐いて、うなだれた。声に元気がない。


「毎度~」 


俺はすぐにその金を受け取り、数える。ちょうど、ぴたりの金額だ。


「商品になります」


俺は剛百足の耳飾りを渡した。男はそれを受け取り、人混みの中に彷徨うように消えていった。この金額をどこまで下げられずにすむのかが露店の醍醐味の一つである。俺は予め、値段を高めにしている。

俺は売物である鉱石と装飾品の値札を見た。鉱石は迷宮から採掘してきたもので値段は一般のお店と同じくらいの金額で売っている。しかし、迷宮の中で採掘した鉱石は一般的に採れるものより質がいいのだ。

装飾品は俺が作ったものだ。自分が採った鉱石を使い、それを耳飾りや首飾りにしている。

俺の母親がそういった類の仕事をしていたため、幼い頃から見てきたし、教えてもらった。それが今になって花が開き、このような売物として成立するものさえ、作れる様になった。

あまり売れてはいないけど。

さて。

俺は周囲を見回す。暇そうに店の番をしている者や寝ている者、熱心にお客に商品の説明をしている者もいる。

俺はその光景を羨ましそうに見つつ、軽くため息を付いた。白い息が宙に舞い、少ししてから消えた。

冷えるぜ。

日中だが、まだ少し冷える。石畳の道の上もひんやりと冷たい。石畳がまるで寒さを倍増しているかのようだ。俺は持参した山羊ヤモの毛皮の毛布を羽織る。暖かい。毛皮に肌が触れただけで温もりが伝わってくる。寒かった身体が暖められていく。

俺は持参した毛布を羽織って店の前で瞳を伏せて、座っていると、


「あれ? ウィルじゃない?」


俺は聞き覚えのある声を聞き、その声の主の方を見上げた。

鋭い槍に防御より動きやすさを求めた軽鎧。この蝋燭の炎よりも赤い髪と瞳をしている。その真っ直ぐな瞳で彼女は俺を見ていた。

ニコル。昨日、剛百足バネガから助けた少女の内の一人だ。

ということは俺がもう一人の青髪の少女を頭に浮かべた時だった。


「本当だ、ウィルさんだ」


少し後ろから深海のような青き髪をした少女がこっちに向かってきた。

マハル。

ニコルが全てを燃やし尽くすような瞳を持ち主ならマハルは全てを飲み込む大海のような青い瞳をしている。


「よう、ふたりとも。まさか昨日の今日でまた会うとはな」


俺は右手を軽く立てて、2人に挨拶をする。二人も俺に対して軽く頭を下げた。


「何をしているの?」


ニコルが不思議そうな表情で聞いてきた。


「露店を開いている。これも俺の生活費を確保するための大事な仕事なんだぜ」


俺は二人に説明する。


「そうなんだ。ウィルも大変だね」


人事のようにニコルは言った。冒険者なら生活費は誰でもと俺は思うが。


「どんなのが売られてるんですか?」


「鉱石と装飾品だな。じっくり見ていいぞ」


マハルは俺の売っている品物をじっくりと見始めた。

どうぞどうぞ。

好きなだけ見てちょうだい。

ニコルもいつしか俺の品物を真剣に見るようになっていた。片手に装飾品を上げて視線を近づけて見ている。マハルも同様だ。

二人がお互い近づいて話している。赤と青の対象的な髪の色が俺の目に写った。

今日は、昨日とは異なり、彼女たちの雰囲気が違った。ニコルは愛槍は持参はしてはいるが、鎧も昨日より薄いものである。

マハルも異なり、今日は上半身と下半身が一体化している、うすい服装をしている。


「ウィル」


突然、俺は名前を呼ばれた。俺が声の方を見ると、ニコルが俺の作った装飾品を手に取り、まじまじと見ている。


「どうした?」


俺はすぐに聞き返す。ニコルが手に持っているのは、水冷石の耳飾りである。青く光沢のある石は俺が、水冷石の大元を砕いた時に、出てきた欠片で、一般用に使用するには小さすぎるので、表面を削り、磨き上げ、手を加えて、今の耳飾りになっている。触るとひんやりとしているのは水冷石ならではで、見た目は薄い青色だ。


「これ、いくら?」


じっーとその耳飾りを見ていたニコルがぼそりと聞いた。突然のこととまさかニコルがそんなことを言うとは俺は思わなかったので一瞬戸惑った。すぐに気を取り直して


「ええと、二万ノーツだな」


俺は値札を見て答えた。


「……うーん」


装飾品の値段を聞き、ニコルは眉間に皺を寄せながら唸っている。


「お姉ちゃん?」


マハルもそんな姉の姿を見て、声を掛けた。


「よし、決めたっ」


ニコルが言い放つ。俺とマハルはじっとニコルが次の言葉を話すのを身構えて待っている。


「買うわ、この耳飾り。いいでしょ? ウィル」


けろっとした顔つきでニコルは俺に耳飾りを買う意思を伝えた。

なんだと。

俺は少し驚いたが、ニコルが2万ノーツを差し出したので俺は代金を受け取った。


「ありがとう」


うまく礼しか声を掛けれない俺にニコルは、


「ううん、こっちこそありがとう。この青い耳飾りを見ていたら、マハルみたいでね。これを付けると、まるで一緒にいるみたいで。ついつい、買ってしまった」


と照れくさそうに言った。


「姉さん」


マハルも表情から何だか嬉しそうだ。

なるほど。

俺は妹想いの姉を見て、微笑ましい気持ちになった。


「似合う?」


早速、耳飾りをニコルは付けた。両耳で耳飾りが淡く、日光に照らされて光る。


「ばっちりだ」


親指と人差指で丸を作り、俺はうなずいた。


「姉さんよく似合ってる」


マハルは、ニコルの隣で言った。


「二人共ありがとう」


ニコルは照れを隠しながら、笑って言った。

ふーむ。

俺は二人に何か感謝を伝えたくなった。

昨日の迷宮内部での出来事の延長戦上にいるようだ。

助けにいった自分が彼女達と協力し、少しの間だけだが、俺は一緒に冒険出来てよかったと思えてしまった。

言葉よりかは何か記憶に残る物がいい。少し考えこんで俺が出した答えが、結果として二人を喜ばす形になってくれるといいな。

俺は装飾品の中から一つの首飾りを取り出してきた。これは火打石で作った首飾りだ。作り方は水冷石と同様だ。俺はこの薄い赤色の首飾りをマハルにあげることにした。


「二人に俺からの贈り物だ」


俺はニコルにこの首飾りを手渡しする。ニコルは初め、その首飾りを見ているだけだったが、少ししてからようやく俺の意図が読めて首飾りをマハルの首にはめた。


「いいの? 姉さん」


いきなりの贈り物にマハルがきょとんとした表情でニコルに聞いた。


「うん。ウィルも初めからそのつもりらしいし、何よりこの石は……」

「まるで姉さんみたいね。煌々と輝いて」


ニコルに対してマハルは微笑んだ。


「ウィルさん、本当にいいんですか?」


マハルが遠慮がちに聞いてきた。胸元の真っ赤な首飾りがとてもよく似合っている。


「あぁ、きっとその首飾りと耳かざりもそっちのほうが良いって言ってくれるはずだ……」


話をそれっぽくして俺は答えた。二人はお互い、耳飾りと首飾りを見ながら、笑顔で喜んでいる。

俺はその二人の光景を見て、お代はもらえなかったが、それ以上のものをもらえた気がしたと。

そんなことを考えていた俺に、二人はやってきた。


「ありがとう、ウィル」

「ありがとうございます、ウィルさん」


ニコルとマハルが俺に対して感謝の意を込めて、礼を言ってきた。二人の表情はとても嬉しそうだ。


「いえいえ、こちらこそ商品の購入ありがとうございます」


俺も二人に感謝の言葉を述べ、微笑ましい気持ちになりながら、次の客に備えるのであった。


結局、売れたのは一人目の男とニコルの装飾品だけだった。水冷石は数が出回っているので売れたとしても利益はあまりない。

今日はこの隣りにいるニコルには感謝しないといけない。

周囲はうっすらと暗くなり、蝋燭の火をつけているところが視線に入ってくる。俺も予め、持参した蝋燭に火打石を利用して火をつけようとしたが、俺は火を付けるのを止めた。

今日はここでお開きにするか。

俺はそう言い、ゆっくりとニコルとマハルの耳飾りと首飾りを見る。青色と赤色と対象的に輝いている。


「二人共、今日はありがとう。、俺はこれから飯でも食いに行こうと思ってるんだが、二人もどうかな?」


俺は今日、自分の作品を買ってくれた二人を夕飯へと誘う。


「いいの?」


大きな瞳をぱちくりとしてニコルが聞いてくる。嬉しそうに俺の顔を見ている。


「もちろんだ、今日の恩人にはごちそうするよ」


快くごちそうすることを約束する。


「私もいいんですか?」


マハルが申し訳無そうに聞いてくる。実質、マハルは何も購入していないけどこの際、特例で許す。


「構わないよ」


俺はそう言い、店仕舞いを始める。そしてすぐに夕飯を食べるお店へと向かう。向かう途中途中の飲食店で自慢の腕を振るい、自分の魂の一品を作る調理過程をお客に見せ、お客を楽しませようとしている料理人がちらほらと見受けられる。


「ここだ」


俺が決めたのは、たまに飲みに来る麺屋パスコーンだ。


「座ってくれ」


まるで自分の借家みたいにどこに何があるか、分かるほどここには厄介になっている。

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