踊る宝石

「リヒト」

 傍らにいる石の化身に問いかける。

「貴方を解放するにはどうしたらいいの?」

『それはね、ミュウ』

 そっと耳元で囁かれる。

「え? えっ……ええーーーーーっ!」

 ミュウミュウの顔が、瞬く間に真っ赤になった。

『あ、初めて会った時みたい』

 リヒトは思い出したように笑った。


『俺を愛してくれたら』

 まだ火照った頬。

 お気に入りの扇で風を送りながら、ミュウミュウは肖像画を見上げる。

「ごめんね。リヒト」

 昨日の事をミュウミュウは思い出す。

「私、今から恋をするの。ここから始めるの」

 トラウィス城にエヴァン王子が来てくれた時から、その心は決まっていた。

『わかってた』

 リヒトは目を伏せ、微笑む。

『15年ぶりに楽しかった。ありがとう、ミュウ』

「リヒト?」

『また眠るよ』

 その姿が徐々に薄くなっていく気がして、ミュウミュウは叫んだ。

「そんな……行かないでっ!」

 たった数日、一緒にいただけなのに情を抱く。

『人間って本当に……』

 いや、この素直で明るく、一生懸命で優しい姫様だからなのかもしれない。

 リヒトは穏やかに結論付けた。

『幸せに』

 またこの台詞を言う日が来るなんて、あの眠りに堕ちた時には思いもしなかった。

 人は時に己を犠牲にしてまで、何かを守る。

 それをどうして自分だけがと嘆き、余生を送る者もいるけど。

 幼い少女から大人の女性へと成長を遂げようとするミュウミュウを、リヒトは包みこむように見つめる。

 全てを受け入れて、新たな一歩を踏み出す。

『そんな選択肢もあるんだ。人間って……やっぱりすごい』


「リヒトッ!」

 伸ばされた手。

『一曲くらい、いいよね? ミュウ』

 リヒトは鮮やかに微笑む。

「うっ……そんな眩しい笑顔で見られたら、心揺らぐし」

 流れるように重ね合わせた手を、自然に引き寄せられた体を、ミュウミュウは甘んじて受け入れた。

『最後のお手合わせってやつ?』

 悲しませたくなくて、最後までおどけてみせる。

 消えていく輪郭に、去っていく存在に、また一つ少女は大人になるのだろう。

「御父様から聞いたわ」

 ダンスをしながらも、ミュウミュウは続ける。

「御母様がお嫁入りされた時、家宝の石をお持ちになっていたって。それが、あなたなのね?」

 消えていく輪郭に、去っていく存在に、また一つ少女は大人になるのだろう。

「解放しろとか言いながら、本当はずっと見守ってくれていたんでしょ?」

 ミュウミュウは俯く。

「答えなさいよ……リヒト」

 きらきらと輝きながら。

『ずっと側にいるよ』

 掌で光る宝石。

 綺麗に磨き上げておいた碧い箱に、ミュウミュウはそっとしまう。

 蓋が閉まり静寂が訪れた瞬間、リヒトの思考は過去に飛んでいた。


「でもね」

 そう言って、君は笑うんだ。泣いているのに笑うんだ。

「やっぱり私、行けない」

『……ったく』

 宝石は笑う。

『親子揃って同じ事、言うんだな』

 だから、人間って……俺から見れば不思議で理解しがたいけど。

「解放出来ない」

 知りたかった。その強さの源を。守るものがある事により、生じる力を。

『いいよ。また眠るだけだから』

 だって、俺は独りだったから。

「まだ私の側にいてくれるの?」

 驚いたように問われ、本当はそうしたかったのかなと考える。

『俺は君の家に代々伝わる物だから、今の主たる君の許しなくしては何処にも行かないよ』


 自由になりたいと望んでいたね。

 だけど君は色々なものを、その立場から捨てられない。

 そして、まだ気付いてないけど彼に惹かれだしている。

 一途で真面目な小国の次期王に。

 だから、俺との約束なんて気にしなくていい。

 これが初めてじゃないし。それに、そうして俺は学ぶんだ。

「それでもいいの?」

 こんな愛の形もあるのだと、また一つ知るんだ。

『幸せに……』

 そう告げると、意識は小さな固体に吸収される。

『……メイベル』


 君が俺の名を呼びながら、泣いている。

 感情すら曖昧な存在の俺は、いつしか憧れていた。

 愛し、愛される事。そうすれば、この身は何かしら変われるのではないか。

 根拠も確証もない。前例も真偽性もない。それでも、そうせずにはいられない。

『だから、また眠るよ』


 そして、いつか……歓喜で踊る日を夢見て。

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