大きな決意
「ん……」
寝返りを打つと、瞼の裏にまで柔らかな光を感じた。
ゆっくりと目を開けると、いつもと変わらない光景が広がる。
でも、一つだけ違うのは。
「一つじゃなくて……二つかな?」
壁に新しく飾られた絵と、その傍らの長椅子で眠るリヒト。
一日だけの城出から、既に一週間経っていた。
温厚な父があんなにも怒ったのは、後にも先にもあれが初めてかもしれない。
ぎゅっと抱きしめてくれた腕を思い出し、また決意が揺らぎそうになる。
しかし今日、エヴァン王子がトラウィス城にやって来るのだ。
この日の為にと、新しく用意されたドレスにミュウミュウは着替える。
そして、あの日壊れてしまったはずの扇を手にした。
「クリスったら器用ね」
広げて閉じて、切なくなる。
それでも、この気持ちは忘れてはいけない大切なものだと思えた。
「姫様」
背後の扉がノックされ、クリスチャーナが来訪者の到着を告げる。
「今、行くわ」
部屋を出るミュウミュウの表情は明るかった。
凛々しい顔立ちで、黒髪の青年は微笑む。
「初めまして。ミュウミュウ=アーデン=トラウィスにございます」
ドレスの両脇を軽く摘まみ上げ、恭しく一礼をする。
「初めまして……ではないんです」
驚いて顔を上げると、突如エヴァン王子は何かを顔にかける。
「こうすればわかりますか?」
「その怪しすぎる眼鏡は……あ! ああっ!」
思わずミュウミュウは叫んでしまった。
「絵描きさん?」
一週間前アルカジアで出会った青年と、目の前にいるエヴァン王子が重なった。
「驚かせてしまい、申し訳ありません」
トラウィス城の小さなバルコニーに並んで立つと、エヴァン王子は謝罪した。
「トラウィス国は王室と民達との結束が固い。そう耳にし、ゆくゆくはアルカジアを継ぐ身として勉強したいと、何度か隠密に来させていただいた事があるのです」
お金持ち大国が我がトラウィスを見習いに?
さらなる驚きで、ミュウミュウは言葉を失っていた。
「一目惚れでした」
エヴァン王子からの告白に、ミュウミュウの心臓は高速で駆け出す。
「太陽の下、民達と共に農作業に勤しむあなたに」
もうこの時には、ミュウミュウは顔から火が出そうな勢いになる。
「ミュウミュウ姫のように私も自国の民達と触れ合いたいと思いました。実際には変装し、身分を隠していましたが市場で絵を描かせてもらっていたのです」
「それでは私に声をかけて下さったのも?」
「驚きました。まさかアルカジアに来ていただけていたなんて。しかし周りには供の姿はなく、お一人と見受けました。心配になり、つい……」
だからクリスが、あんなにも早く追い付けたのだとミュウミュウは得心した。
「エヴァン様がアルカジアの民達に慕われている事、私なりに理解しました」
市場で聞いた様々な話をミュウミュウは思い出す。
「私自身が熱く語った事は忘れて下さい」
エヴァン王子は照れくさそうに告げた。
「あなたからすれば予想もしない申し込みに戸惑いしかなかったと思います」
真剣な眼差しに、きちんと受け止めねばとミュウミュウは覚悟する。
「しかし、アルカジアとトラウィス両国の為に。そして、何より一方的な私の思いに報いる為に。どうか、ミュウミュウ姫。首を縦に振ってはいただけません?」
ミュウミュウの中で、じわじわと喜びが芽を出し、蕾をふくらませる。
この御方は私の本当の姿を見て、縁談を申し込んでくれたんだ。
政略結婚でも何でもないんだ。
「ミュウとお呼び下さい。親しい方は私をそう呼んで下さいますから」
そしてミュウミュウは花が咲いたように微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます