城下町狂想曲
「アルカジアの民はトラウィスの姫様が来てくれるのを皆、心待ちにしているんだよ」
突如耳にしたアルカジア国民の生の声に、ミュウミュウは激しく動揺を覚えた。
「ど……どうして?」
「どうしてって……自分の国の姫様でしょう?」
気の良さそうな青年は豪快に笑う。
「えっ? ええ、まぁ……そりゃあ我等がミュウミュウ姫様は、器量良しで大変可愛らしく……」
「それに大層働き者だと聞いてるよ。俺の従兄がトラウィスにいてね。姫様と王様の住まう城には足を向けて眠れないと言ってたよ」
だからなのね。
先程トラウィスから来たのかと青年に聞かれた事をミュウミュウは思い出す。
「トラウィスの民は黄金色の髪をしているでしょ。だから、お嬢さんもそうなのかなと思って」
さりげなく補足説明、ありがとう! お兄さん!
確かにトラウィス国民には金髪が多い。
『髪は黄金でも金庫は空っぽ』
トラウィス国に伝わる童謡、第二弾だ。
「よし、出来た」
日はすっかり頭上から傾いている。
しかしエヴァン王子に関しては顔も知らないから、少なくとも顔だけは知っているに進歩した。
それにミュウミュウがじっとモデルに徹している間、通りすがりの様々な人々が、いかにエヴァン王子が素晴らしいかを聞きもしないのに語ってくれたのだ。
「私発信でトラウィス国にエヴァン王子の事を伝えてほしいという解釈でいいのかしら?」
あれこれ考えていると、絵描きの青年が何かをすっと目の前に差し出した。
「よかったら、これどうぞ」
ミュウミュウの目に映ったのは、エヴァン王子の肖像画。
顔を上げると、いつの間にか先程の額縁の中にはミュウミュウの肖像画が収められている。
「これ、定期的に変えるんです。で、描かせていただいた御礼の代わりに今まで飾らせてもらっていた絵を贈る。迷惑でなければ是非もらってやって下さい」
ミュウミュウの返事を待たず青年は絵をくるくると丸めると、細長い筒に入れ、上下を革紐で縛ってしまう。
「どうぞ」
思わず受け取ってしまったミュウミュウが呆然としている間、青年は店仕舞いもすっかりと終えていた。
「あの……でも、いただくわけには……それに出来れば私の絵は飾らないで……」
「見つけたっ!」
聞き覚えのある声。ミュウミュウは青年への交渉を断念する。
「嘘……クリス……」
絵の入った筒を抱きしめたまま、ミュウミュウは後ずさる。
猛然と人をかきわけ、怒り心頭なクリスチャーナがこちらに向かって来る。
「あ、ありがとうございましたっ! ちょっ……リヒト! 行くわよっ!」
青年への別れの挨拶もそこそこに、ミュウミュウは駆け出す。
「描かせていただき光栄でしたーっ!」
背後から青年の声が届く。
「光栄? 何故?」
弾む息でミュウミュウは不思議に思い、首を傾げる。
『う~ん。あの人、ミュウがトラウィス国の姫様だって気付いてたみたいだよ?』
「えっ? そうなの?」
のほほんと傍らを飛行するリヒトが、とんでもない爆弾を落とす。
『君は君が思っているよりも、ずうっと人を惹きつけちゃうんだよ』
何もわかっていないミュウミュウに、リヒトは器用に片目を瞑ってみせた。
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