最初の贈り物
「ここが……アルカジア」
収穫の時期を迎えた季節は涼しく過ごしやすくなるが、それでも夜通し旅を続ければ体は冷え込む。
『相変わらず広いなぁ』
そんなミュウミュウの傍らで季節感まるで無視の格好……白いシャツに黒の細身のパンツ、しかも薄手の装着!……をした少年は呟く。
そのはだけた胸元から覗く艶めいた首筋。
ほんの数時間前の事を思い出し、ミュウミュウは眉間を押さえた。
「私って欲求不満なの?」
男子免疫力皆無のいたいけな姫君は、別の悩みを抱えてしまう。
『ん? 何か言った?』
すいっと無防備に顔を近付けてくる。
悔しいが、その目力には逆らえそうにない。それはそれは美しい瞳。
「何でも……ない、わよ」
そっぽを向く事しか出来ない。
この胸の高鳴りというか、痛みは何だろう?
ミュウミュウ=アーデン=トラウィス、15歳。
ただいま人生初の何故の嵐に絶賛戸惑い中だった。
あの時、彼は言った。
『解放してくれたら、何でも望みを叶えてやる』と。
望みって何だろう? 私の望み。
『あ、でも』
シーツを妖艶に纏いながら、少年はくるりと回る。
踊っているみたいな軽やかな身のこなし。
頭ではこの状況……予想外の縁談話に再度決意が揺らぎ始めた事や突然現れた裸の少年について……を考えなければと思うのに、目は追ってしまう。
『望みを増やして、とかは駄目。それから俺を解放しないと望みは達成されない。わかる?』
決して馬鹿にした『わかる?』ではなく、純粋に理解を求める真っ直ぐな瞳。
だからミュウミュウは、頷く事しか出来ない。
それを認めると余程嬉しかったのか、にっこりと少年は笑う。
『よかった。やっぱり姫様は頭がいい』
姫様と呼ばれ、はたと聞きそびれていた事があるとミュウミュウは思い出す。
「私はミュウミュウ。あなたは誰? というか何?」
遅すぎるくらいの確認に、かなり動揺しているのだと気付く。
そして今更ながら、こちらに近付いてくる少年は危険ではないのかと警戒する。
だって……あの登場の仕方、どう見ても普通ではないじゃない?
『俺の本体はこれ』
すっと差し出された左手。その上で輝く。
「宝石?」
耳の奥で弾む石の音がする。あの箱から飛び出したのは、彼だったの?
目の前に立たれると、見上げる形になる。
銀色の髪、金の瞳。美しすぎて逸らせない。
『だからね。名前、なんてない』
一瞬、そうほんの一瞬だけ。その表情が寂しく曇ったように見えた。
『好きなようにお呼び下さい。ミュウミュウ姫』
そう放つと左手を胸に添えながら、少年は恭しく頭を垂れる。
それは滅多に行けなかった舞踏会で、踊りの申し込みをされた時と似ていた。
自分が特別な存在になれたと、大人に一歩近付けたと嬉しく思った時と同じだった。
「好きに……そうね」
素直なミュウミュウは申し出を受け止め、一生懸命に考える。
そんな少女を見つめる少年の眼差しは、限りなく優しかった。
「行くわよ、リヒト」
好きなように呼べと言われたので、ミュウミュウは不思議な石の化身をそう名付けた。
「いい名前だね。ありがとう」
彼はその名の意味すら問わず、嬉しそうに微笑んだ。
「昔、本で読んだの。遠い異国の言葉で光を意味するんですって。あなたにぴったりでしょ?」
だからミュウミュウは、言う必要もないのに伝えた。
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