語る姫君
どこをどう走っていたのか、気付けば今はもう使われていない西の塔の中庭に、ミュウミュウは辿り着いていた。
「何よ……クリス……」
息を整え、振り返る。
いつもなら必ず自分を追いかけてくれる人の不在に胸がちくりとする。
この痛みの理由すら知らない。
それなのに顔も知らない隣国の王に嫁げだなんて。
「どうして……」
我慢していた涙が溢れる。
「私は……姫なんだろう?」
自室に戻る気にはなれない。
かといって、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「大体年の差15の政略結婚なんて、王道すぎてどうなの?」
隣国アルカジアは海に近く、その水脈を駆使した貿易商で財を築いた、いわゆるお金持ち国家だ。
対してここトラウィスは自然に囲まれ、小国ながら民の協力の元、農耕を軸に細々と成り立っている。
だが近年続いた日照りが原因で不作が続き、王室を筆頭に節制に努めたが、いよいよ立ちいかなくなりつつあった。
そんな時、突然アルカジア国王より縁談話が持ち込まれたのである。
「どこで見初められたのか、全く心当たりがないんですけど」
以前ほどミュウミュウは社交界に参加していない。
「そんな暇があるなら畑の草むしりをしていた方が、よっぽど有意義よね」
自由奔放に育ち過ぎたミュウミュウは若干……いや、かなり口が達者だった。
「こんな所で落ち込むくらいなら収穫の手伝いに行った方が……ああ、でも一応は人生の一大事なのか」
何だか他人事に思えて、笑えてしまう。
それ程に今回の話は予想外で、想定外で……でも。
「御父様は大喜びだったな」
それも複雑な感情に拍車をかけた一因だった。
「アルカジアに嫁いでも、トラウィスの王女として取り計らって下さるなんて言われたら……」
一人娘には婿を迎えますので、と断れる理由がなくなった。
援助もしてくれて、トラウィス国の王室事情も尊重してくれる。
「好条件だし、御父様も受け入れざるを得ないわよね」
でもミュウミュウは、まだ15歳になったばかりだった。
いつかは嫁ぐ、というよりも誰かを迎えるつもりではいたが、いざ目の前に突き付けられると戸惑うばかり。
溢した溜め息は風にさらわれ、もうすぐ訪れる夜へと流されていった。
「八方塞がりって、この事を言うのね」
こんな時に御母様がいてくれたら、どんなにか救われただろう。
でも、御母様はいない。ミュウミュウの顔に悲しみの影が落ちる。
ミュウミュウの母、メイベル=エーデン=トラウィスは、ミュウミュウが生まれて間もなく亡くなっていた。
「私のせいだ……」
心の奥に今も刺さる、小さな硝子の棘。
幼き日を思い出し、また涙が溢れてしまう。
『もう泣くでない』
マリアスは泣きじゃくるミュウミュウを膝の上に乗せた。
『でも御母様は私を無理して産んで下さったから、亡くなってしまったのでしょう?』
聡明な愛娘に誤解を招くような噂を吹き込んだ輩に困惑しつつ、やはり人の口に戸は立てられぬのだとマリアスは思った。
『そうではない。御母様は自分で決め、そして、お前をこの世に授けてくれた。だから自分を責めてはいけない。わかるね?』
真剣な眼差しに、子供ながらに逸らしては駄目だと感じた。
『自分で……決めた……?』
しゃくりあげながら問うと、マリアスは力強く頷く。
『愛しい姫君。お前は私の宝だ』
そして、しっかりと抱きしめてくれた。
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