小さな反乱

 小国トラウィスは、今まさに空前の危機に晒されていた。

「ぜえっっったいに、いやぁ~~~~~っ!」

 節約の為、灯りを消している薄暗い王室の間に可愛らしいアルトの声が響く。

「姫、どうか御辛抱を」

 そうなだめすかしても鎮まらない。

「自分が何を言っているのかわかっているの? クリスチャーノ=ユミル?」

 普段は親しみを込めてクリスと呼んでくれるのに、思いっきり正式名で言う辺りに相当の怒りを感じる。

 手にしていた年季の入った扇を力任せに畳むと、まるで碧い宝石のごとき瞳に憤りをたぎらせ、真っ直ぐにその先を突き出した。

 だが勢い余り、辛うじて形を留めていた扇は様々な衝撃を加味して、ばらばらと落ちてゆく。

「勿論でございます、姫」

 その様に戦意喪失を悟ると間髪入れず、代々王室に仕えるユミル家の第15代目クリスチャーノは、その端正な顔を曇らせた。

「ったく……無駄にハンサムなんだから」

 破壊力に乏しい悪態を呟き、ミュウミュウ=アーデン=トラウィス姫はそっぽを向く。

「ミュウよ。あまりクリスを困らせるでない」

 穏やかな声だが、それはミュウミュウの怒りの業火に再び油を注ぐだけ。

 視界の片隅に「ああ、やっと収束しかけたのに」と、クリスチャーノの落胆する表情が映ったが、もう遅い。

「困らせる? 元はと言えば御父様のせいではないですかっ!」

 烈火の突っ込みに、マリアス=アーデン=トラウィス国王は首を竦めた。

「しかし今の王国の財政では、民に更なる負担を強いるだけ。どうか、どうか……」

 わかっている。御父様の気持ちも、クリスの言い分も。だからって……!

「……ありえない」

 行き場のない感情を、どうにか吐き出す。

 滲んだ視界が揺らいだが、涙を堪えた。

 泣いても意味がない。何も変わらない。それでも……!

「今時政略結婚なんて、時代遅れもはなはだしいわっ!」

 そう言い捨て駆け出したミュウミュウだが、着古したドレスの裾がまとわりつき、苛立ちを増させる。

『隣国に嫁げば新しいドレスも着れるし、綺麗な扇も作ってもらえるぞ』

 慎ましやかな昼食の席。

 にこやかに告げたマリアスの言葉が、この騒ぎの発端だった。

 年頃の娘を気遣って言ったのなら御門違いよ、御父様。

 私は新しいドレスなんていらないし、あの扇だって壊れちゃったけど、お気に入りだったんだからっ! それに……それにね。

「姫様っ!」

 クリスチャーノの声が追いかけて来ても、ミュウミュウは立ち止まらなかった。

 後を追おうとしたクリスチャーノは、マリアスに制される。

「今は一人に」

 悲しい微笑みに、クリスチャーノは、その場でひざまずく。

 一番辛いのは国の為とはいえ、大切な一人娘を手離さなければならない父親なのかもしれない。

 そう思うとクリスチャーノは、やりきれなくなる。

「仰せのままに」

 そう言うのが精一杯だった。

 そして床に散らばる扇を拾い集めると、場を退いた。

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