第20話

 視界が戻った時には、ブラックソルが目の前に来ていた。青い力場に包まれているホイスカーコーティングのワイアーソウが、走る。

 ビリーはかわしそこねた。

 宇宙刀のワイアーソウが、リボルビングサブマシンガンの銃身を切断する。ビリーは手元に残った銃把を捨てた。

 ビリーは、宇宙刀を抜く。

 グリップのスイッチをいれると、ワイアーソウが赤い力場につつまれる。

 ビリーはブラックソルの二撃目を、宇宙刀を抜いて受けた。

 ワイアーソウを包む力場同士がぶつかりあい、閃光がとび散る。ブラックソルは、下がって間合いを取った。

 ビリーは、愛を交わした恋人に見せるように、微笑みながら、宇宙刀を構える。

「残念だね、ブラックソル。唯一のチャンスを逃したようだ」

「やめとけ、キャプテン・ドラゴン。剣では、おれに勝てないぜ」

 二人は剣を構えたまま、凍りついた。互いに、切り込む事ができない。こうした場面では、先に動いたほうが不利と判っている為だ。

 その二人を背後で、見つめていたメイが、微かに悲鳴を上げる。プラットホームに置かれていた棺が動き、中の死体が起きあがった為だ。

 メイに酷似した、美貌の少女が姿を現す。彼女は、妖精のような裸身を惜しげも無く晒しながら、夢見るように立ち上がって言った。

「ああ、見たことがある場所だわ、夢見ているの、私は?いいえ、目覚めてる。かつて無いくらいに、明晰に目覚めているのよ」

 死から甦った少女は、歌うように語る。世界はその美しい少女を受入れ、歪み始めた。

 ガイ・ブラックソルは剣の構えをとき、振り向く。それでも、ビリーは斬りつける事はできなかった。動けなかったのだ。

 リンダ・ローランは目覚めた。それは、全てをのみ込んでの目覚めである。ビリーは、自分の思考がリンダの思念に取り込まれていくのを、感じた。

「全ては私の中にある。私が産み出したのは何? 存在にもう、意味は無いわ。だって、やっぱり全ては夢、私の夢なのよ」

 ブラックソルは、リンダに向かって歩み出す。全てが急速に、崩壊しつつあった。死んで甦ったリンダは、生きる時空特異点となったのだ。彼女の思念が、物理的法則に縛られた宇宙を崩壊させ、夢幻空間を出現させつつある。

「私は宇宙を作ったの。そして、生命も、男も、女も、私が作った。そう、愛もわたしが作ったのよ。私は愛してる。すべてを愛してる。愛してる。愛してる。愛してるのよ!」

 剣を捨てたブラックソルは、リンダを抱きしめる。まるで、縋り付くように、抱きしめた。

「始まるんだ。おれたちの世界が」

「愛よ、愛よ、愛よ。世界を私が覆う。超越もなく、存在の彼岸もない世界。永劫の輝きに満ちた、限りなき連続性の世界。生命は水の中に水が存在するように、生き続けるわ。特権的な特異点としての死はなく、ただ存在では無い生のみがある世界。愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる、私は全てを愛で包むの!」

 ビリーは、突然体が動くようになったのを、感じた。プラットホームは既に素粒子へ還元されていっている。霞のようになりつつあるその空間を、ビリーは意志の力によって、歩いていった。

 宇宙は、素粒子の嵐へ戻ろうとしている。おそらくは、愛の力によって。

 ビリーは、全裸のリンダを抱きしめるブラックソルの前に立った。その背中は、哀しいまでに、無防備である。

 ビリーは、剣を振り上げた。

「やめて!」

 メイが絶叫した瞬間には、胴を両断された二つの死体が、転がっていた。歪んでいた世界が、元通りの正常さを取り戻す。ビリーは、剣を収めメイに向き直る。

「なぜ、止めた」

メイは、膝をついて泣いている。なぜかは判らないが、涙が止まらない。

「判らない」

「やつは、殺してくれといっていた。聞こえなかったか?」

「いいえ」

 ビリーは少し、不機嫌な顔をしていた。

「まあいい、おれは、リン・ローランに雇われてあんたを助けにきた」

 ビリーは、メイを立たせる。メイは、首を振った。

「まだ、終わっていない。あなただけでも、逃げたほうがいいわ」

 ビリーは問いかけるように、眉をあげる。メイは、頭上を指さした。

「あの巨人は、私を求めている。私をここから、出したくないようね。判るの私には」

 漆黒の巨人は、黄金の瞳で見下ろしている。その瞳には紛れもない、意志が込められていた。開かれた口は、何かを求めるように、蠢いている。

 ビリーは、メイを後ろにやると、一歩踏み出す。

「あんたじゃ無いよ、メイ・ローラン。こいつは、おれに用がある」

「なぜ?」

「さあな、DDCを使って傷つけたから、怒っているんだろうさ」

 ビリーは、巨人に向かって歩き始める。午後の公園を、散歩するような無造作な歩みだ。

 漆黒の巨人は、咆吼しながら口を広げた。その口内には、無数の触手が秘められている。深紅の蛇が無数に絡み合ったような触手が、巨人の口から吐き出された。

 紅い触手はそれ自体が独立した生き物のように、巨人の口からビリーに向かって蠢きながら延びてゆく。ビリーは、音楽に耳を傾ける詩人のように涼しげな表情で、立ちつくしていた。

 無数の蛇のようなその触手は、ビリーの体へとまとわりつく。細長い器官は、愛おしむようにビリーに接触し、その体を覆っていった。

 瞬く間に、ビリーの体は紅い放流に飲み込まれる。メイは、ただ立ちすくみ、紅い蠢く管の固まりとなったビリーを見つめていた。

 突然、巨人が咆吼する。メイは、その咆吼にさっきまでの叫びと違うものを、感じた。それはどちらかといえば、恐怖。どこか悲鳴を感じさせる叫びだった。

 メイは、気配を感じ、後ろを振り向く。そこには、黄金の龍がいた。メイは、言いようのない感情にとらわれ、呻き声をあげる。

 その黄金に輝く龍は、古代の人間の悪夢から生まれ出たように、破壊と凶悪さを一身に纏っていた。龍の双頭は神々しいまでに気高く掲げられ、輝く翼は世界を死で覆うように広げられている。

 龍は、深紅に輝く瞳で巨人を見つめていた。再び、巨人が咆吼する。今度は、明らかにそうと判る程、恐怖が混じっていた。

 触手が勢いよく、巨人の口の中へと戻ってゆく。ビリーの姿が、再び現れた。ビリーは触手に飲み込まれる前のまま、美術館で名画を鑑賞するようなポーズで佇んでいる。

 漆黒の巨人は、口を閉じた。その瞳にはもう邪悪さを、感じない。メイは、巨人が再び眠りについた事を知った。

 ビリーは、嘲るような笑みを見せ振り向く。メイは、呆れ声で言った。

「あんた、何者なの?」

「キャプテン・ドラゴンと人は言う」

 そう言い終えると、ビリーは軽々とメイを抱え上げる。龍が首を下げ、ビリーはメイを抱いたまま、その口の中へ飛び込んだ。

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