第13話
うねるハウリングの響きに、掠れた声で投げやりに歌うボーカルが被さる。ギターはフィードバックノイズの轟音に飲み込まれ、ベースがゆるやかにメロディを刻んでゆく。
薄暗いそこは、ライブハウスでは無く、電子装備に埋め尽くされた宇宙戦艦のブリッジであった。そこにいるオペレーターは、三人の少女である。少女たちは、ブリッジを満たす音楽に身を委ねながら、それぞれのコンソールを操作していた。
ブリッジの中心には、球形のホログラムが蒼白い光を放っている。その周囲にコンソールブースが放射状に配置され、12あるブースの内、0時、4時、8時の場所に少女たちが収まっていた。
ホログラムの中心には、四角錐の形をした宇宙船の映像が、浮かんでいる。それは今彼女たちの操っている船、オベロンクラスとよばれるタイプの戦艦の映像であった。
オベロンクラスの船は殆ど武器を装備していない、人工知性の集合体のような船である。直接戦闘を行うのではなく、他の船を制御したり、作戦の立案、解析を支援する為の船であった。
ホログラムの中のオベロンクラスの映像を中心にして、その周りに、2枚の放熱板兼用の装甲板を装備した巨大な槍のような形態を持つ宇宙戦艦の映像が、レンズ状に展開されている。その縦長の蜻蛉を思わす形態の戦艦は、シルフィールドクラスと呼ばれる戦艦であった。
シルフィールドクラスは、オベロンクラスと反対に、武器以外殆どなにも装備されていない戦艦である。居住ブロックは極度に小さく、無人であっても外からの制御により動かす事のできる船であった。
このオベロンとシルフィールドは対になっており、オベロンクラスの船によって、シルフィールドクラスの船が操作される。今、30隻の無人のシルフィールドクラス戦艦が、3人の少女によって操られていた。
少女たちは、皆、黒い革のコンバットスーツを身につけている。袖とパンツの腿から下が切り取られ、手足を露出させていた。
銀色の髪の少女が、深紅に髪を染めた少女に言った。
「アグネス、そろそろ時間よ。音楽を止めて」
「判ったわ、ソフィア」
アグネスと呼ばれた、深紅の髪の少女がコンソールを操作すると、ブリッジを包んでいた音楽が打ち切られ、静寂が広がった。黄色い髪の少女が、ソフィアに向かって言う。
「ソフィア、目標がアクセスポイントからログアウトするのは、約360秒後よ」
「了解、クララ」
ソフィアがコンソールを操作すると、ホログラム上に輝点が浮かびあがる。アクセスポイントからのログアウト位置を、示すらしい。
「アグネス、クララ、各シルフィールドの照準を、最終チェックして」
ホログラム上の輝点に向かって、輝線が走る。シルフィールドたちの映像から発せられたオレンジ色に輝く線が、一カ所に集まった。
「こっちは、OK。いつでもいけるわ」
「こっちも問題なし。ビームは、ピンポイントに集約される」
ソフィアは、自分のブースのコンソールをチェックした。ディスプレイの発する光が、銀色の髪を輝かせる。ソフィアが頷くと、言った。
「ロックオン完了ね。システムの自動起動を、セットして。それとエナーシャルアンカーをセットして、全艦の位置を現状で固定」
「目標のログアウトまで、あと120秒」
クララの言葉と同時に、ホログラム上にタイマーが表示され、カウントダウンが始まる。
「セット完了。ログアウトと同時に、全シルフィールドのメインビームが作動するわ」
そう言った後に、アグネスは不思議そうに、尋ねた。
「それにしても、龍の表面はそれ自体が時空特異点としての性格を持っているから、電磁的ないし、熱力学的なエネルギーを与えても反射するだけなんでしょ。こんな攻撃意味あるの?」
ソフィアが、微笑みながら答えた。
「龍はその表面を、時空特異点としての皮膜に覆われていると考えたほうがいいわ。つまり、龍そのものは質量を持っているし、慣性もある。シルフィールド30隻分のメインビームシステムをピンポイントで直撃すれば、力学的に龍は加速される。
理論的に龍に与えられるポテンシャルは、100Gを超えるはず。龍が平気だったとしても、中にいるキャプテン・ドラゴンは轢き殺されたカエルみたいにペッチャンコだわ」
「目標のログアウトまで、あと60秒」
クララのカウントダウンと同時に、ホログラム上に表示されていた数字の色も紅く変わった。ここからはマシンボイスが無機的な声で、カウントダウンを10秒単位でしていく。
「メインビームシステム作動まで、あと50秒」
ソフィアは、ログアウトポイントの映像を自分のコンソール上に映し出す。ログアウトポイントは、空間の揺らぎが発生しており、画面上無数の虹の輪がかかっているように見えた。龍が現れるのは、もうすぐである。
ソフィアは、龍を見たかった。伝説の怪物の姿を、自分自身の目で見てみたかったのだ。
「メインビームシステム作動まで、あと30秒」
ログアウトポイントの光が、激しくなる。まさに何かが現れようとしていた。
「メインビームシステム作動まで、あと10秒」
ログアウトポイントに黄金の輝きが、出現した。無数に螺旋を描く虹の輪の向こうから、夜明けの黄金の輝きが、暴力的な力を宿して出現する。
「目標、ログアウトしました」
「全、メインビーム作動します」
ソフィアは間違いなく、一瞬、龍の姿を見た。金色に輝く、双頭の龍。世界の破滅を告げ知らせに来たような、凶悪な姿をしたその怪物は、ほんの束の間、ソフィアのコンソールへ姿を現した。
ソフィアには自分が見たものが、幻に思える。その姿は、破壊の意志を具現化したように凶暴であり、それでも尚、美しく思えるものがあった。
幻想の中にだけ、存在が許されるはずの怪物。それは、すぐにシルフィールドの放った白熱の光の矢へ、のみ込まれた。
ログアウトポイントは地獄のような、灼熱のエネルギーの渦に満たされる。そこに戦艦が存在していたとしても、一瞬にして消滅しただろう。ただ、神が破壊の為に使わしたような金色の龍は?
「目標が消えたわ」
クララが、当惑した声でいった。
「どういう事よ?」
クララは、コンソールを操作しながら答える。
「消えたのよ、物理的に。いえ、ちょっとまって、アクセスポイントが新たに出現しつつあるわ」
ソフィアは、眩暈を感じた。
「何をいってるの?」
「新しいアクセスポイントが、できつつあるのよ!推定できるのは、龍が一度アクセスポイントへログインしなおして、もう一度、別の場所からログアウトしようとしているという事だわ」
ソフィアは、その常軌を逸した事象を、言葉で理解できても、頭で理解しきれなかった。
アクセスポイントは太古に銀河先住民族が作り出したもので、その位置が変わったり、数が増えたりするような類のものでは無い。しかし、龍が本当に時空特異点であるのであれば、通常の物理法則に縛られるとは限らない。アクセスポイント自体がひとつの時空特異点なのだから、それが龍と干渉しあって小規模に伸長するのは理論的には、ありえることだ。
しかし。
もしそうなら、そんな存在を撃破するなんて、コミックの登場人物を殺すようなものなんじゃあないの、とも思う。
それでも、ソフィアはアグネスに向かって、指示を出す。
「新しいログアウトポイントにシルフィールドの照準を合わして、メインビームシステムを作動させて」
アグネスは、素早くコンソールを操作する。
「計算をやりなおして、照準を変えてロックオンするまで、240秒はかかるわ」
「目標がログアウトするまで、後180秒」
クララの言葉に、ソフィアの青い瞳が曇った。終わりだ。
「全速で退避。シルフィールドには、目標の自動追尾をセット。体当たりさせて時間をかせぐのよ」
オベロンクラスの戦艦は、加速を始めた。加速したとはいえ、巨大なその船が戦域を離脱するには、時間がかかる。間に合わないのは判っていた。
再び龍が、ソフィアのコンソール画面に出現する。伝説の中の怪物。金色に輝く翼を広げた双頭の龍は、この世の終わりを告げる為に現れたように思えた。
黄金の龍は、シルフィールドには目もくれず、真っ直ぐオベロンへと向かってくる。シルフィールドたちは、死に魅せられた妖精のように、龍に向かって身を翻す。
龍は回避運動を全くせず、正面からシルフィールドへぶつかった。閃光が走り、シルフィールドが双頭の龍に噛み砕かれたように、破壊される。
立て続けにおこる、熱と光の繰り広げる破壊の饗宴は、龍の速度を変える事は無く、その進路は真っ直ぐオベロンに向かっていた。双頭の龍は、シルフィールドたちの破壊によって発せられる光と熱を受け、さらに凶悪に金色の光を増す。
それは、地獄の火焔から甦る、狂った不死鳥のようだ。
「いかれてるわ」
クララはホログラム上に繰り広げられる破滅の宴を目にして、怯えた声でいった。
「回避できないはずがない、あの龍の運動能力なら」
ソフィアは、言葉を失っていた。おそらく、龍は自らの凶悪さを誇示しているのだろう。地上で見ている、ブラックソルに対して。
「目標が本艦に達するまで後、20秒」
アグネスが知らせたが、ソフィアにうつ手は残っていなかった。
「全員、脱出するわよ。本艦は放棄します」
ソフィアは、コンソールブースが閉鎖され、脱出用コクーンに向かってブースごと射出される直前に、もう一度龍の姿を見た。シルフィールドの爆発する光を受け、輝く黄金の翼を広げた龍の姿は、黙示録の中で語られる世界を滅ぼす獣である。
それは、崇高さの頽落であり、神話の戯画化であった。そして輝く黄金の龍は、馬鹿げているが美しい。輝く宇宙を、無意味に翼を羽ばたかせ、長く延びた優美な曲線を描く首を官能的にくねらせて飛ぶ姿は、感動的ですらある。
やがて龍は、コンソールから姿を消し、船体に衝撃が走った。龍は船内に、入り込んだらしい。ソフィアは脱出用コクーンに向かいながら、龍がオベロンの船内を喰い荒らす姿を想像した。
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