第3話

 コンサートが最高の盛り上がりを見せた時、夜空にその凶星が出現した。禍神の紅い瞳のように、暗い天空に出現した紅い星は尾を引きながらスタジアム上空を東へ向かい、流れてゆく。その時には、コンサートに熱中している人々は誰も気がつかなかった。

しかし、メイは見た。頭上を走る、紅い光を。そして魔法の剣が空を断つように、地上へ突き立てられた宇宙戦艦の下方ロケット噴射を。

偽りの太陽、死滅の太陽が昇ったように東の空が明るくなり、観衆はようやく気がついた。自分たちの後ろに、巨大な戦艦が降下しつつあるのを。

それは魔神の漆黒の剣のように、暗黒の夜空よりさらに昏く天空に浮かび上がった。真夜中の太陽のようなロケット噴射を輝かせ、黒い凶星はゆっくり降りて来る。

 闇色の流れるような涙滴型の船は斥力フィールドにより空中に浮かび、アンカーを地上へ打ち込み船体を固定した。輝く下方噴射は消え去り、その船は暗黒の塔のごとく、夜空に聳えている。

 人々に、ざわめきが走った。漆黒の船は、甲虫が羽を開くように、静かに放熱板と兼用の装甲板を開いてゆく。それは暗黒の死の花が、黒い花びらを開く様を思わせた。

 上方の、丸い部分を支点として装甲を開いた船は、夜に咲いた鋼鉄の花のようである。装甲の下から、スペースキャノンが姿を現す。

 ようやく機動警察の武装ヘリが、到着した。しかし、宇宙戦艦の前に、ミサイルすら装備していないガンシップは、あまりに非力である。2機のヘリは船の上空で、待機した。

 戦艦のハッチが開く。そこから射出されたのは、やはり漆黒の装甲を持つミリタリーモジュール(陸戦用の機動兵器)であった。卵型のミリタリーモジュールは尖った部分を下にしてロケット噴射を行い、空中を移動する。上部には、50ミリ高機動速射砲を装備している。

 4体のミリタリーモジュールが射出され、スタジアム上空へ来た。そこでミリタリーモジュール達は、折り畳まれていた4本の足をだして、ゆっくり降下する。着陸地となった客席にいた人々が、逃げまどう。

 4体のミリタリーモジュールは、ステージを囲む形で着地する。速射砲は、メイのほうに向けられていた。メイは無言で漆黒の戦闘機械を見つめている。メイは自分のマイクがまだ生きているのを確認すると、ミリタリーモジュールに向かって叫んだ。

「あなた達は、何者なの。どんな権利があって、私のコンサートを妨害するの」

 その叫びに答えるように、戦艦のスペースキャノンが火を吹く。

 光の矢がメイの頭上を飛び去る。一瞬、辺りが真昼のように明るくなり、轟音が響き渡った。威嚇である。建物に直撃したわけではない。しかし、メイの膝が震えた。

 その直後に、ミリタリーモジュールの速射砲が旋回し、火を吹く。2機のヘリは炎につつまれ、落ちていった。爆発音が響く。会場から悲鳴があがる。メイは絶叫した。

「もうやめて!」

 闇色の鋼鉄の塔から、もう一体の飛行機械が射出された。それは、先に降下したミリタリーモジュールに比べると、ひどく小さなマシンである。

 スタジアム上空に来て、その姿は明瞭になった。それは大型のエアバイクである。その黒く塗装された鋼鉄の獣には、夜の闇に染められたような漆黒の髪と瞳を持つ少年が跨っていた。

 その軍用のエアバイクは、メイに向かって降下してくる。その意図に気づいた警備員たちが、メイをかばう形で、隊列を組む。しかし、彼らの武装はハンドガン程度でしかない。しかも、そのハンドガンはソリッドブレットのタイプで、ビームガンは誰も持っていなかった。ミリタリーモジュールを目の前にしては、武器とすら呼べないような、貧弱な装備である。

エアバイクが風を起こし、ステージ上に降りた。少年は、地上に降りる。死の大天使の羽のごとく黒いコンバットスーツに身をつつみ、携帯型のビームガンを腰だめにしている。

 その顔は野に潜むコヨーテのように、精悍で鋭かった。その痩せた肉体は研ぎすまされたナイフのように、鋭利な緊張感を漂わせている。

 黒い鬣のように漆黒の髪を風に靡かせ、少年は狼のように笑った。その殺戮への欲望を体現するかのように、ビームガンの銃口が熱で揺らめく。

 ソリッドブレットタイプのハンドガンを抜いて構えている警備員に対して、少年はやさしげと言ってもいい口調で、語りかける。

「あんた達の命は別に欲しくない。メイ・ローランを渡せ。しかし、邪魔をするなら…」

「さがって下さい」

メイは少し掠れた声で、しかし、毅然として回りの警備員に対して言った。

「あなたの言うことに従うわ。だから、これ以上、人を殺さないで」

少年は獲物を前にした獣のように、歯を見せて微笑む。

警備員たちは、後ろにさがる。メイは荒野に咲く雛菊のように、ひとり少年の前に残った。

少年は歩みでる。開いた右手でメイの腰を抱くと、軽々と肩へ担ぎ上げた。花束を抱えるような、手軽さである。そのまま、エアバイクへ乗ろうとした。

 その時、ハンドガンの銃声が響く。警備員の一人が発砲した為だ。少年は喉の奥で笑った。まるで、飢えた獣のように。メイは、少年の肩の上で叫ぶ。

「やめて!」

 少年は、無造作に暗黒の空へ向かい、ビームガンを発射した。夜の闇を貫いた光の矢を合図として、ミリタリーモジュールの一体が機関砲を撃つ。ステージ上に絶叫と、炸裂音が響きわたった。

 メイの悲鳴を乗せたまま、エアバイクは宙に浮かぶ。そのまま、黒い鋼鉄の塔である、戦艦へ向かった。

「なぜ」

メイの問に、少年は馬鹿にした口調で答える。

「あんたに当たる危険があるのに、発砲した。死んでもしかたないやつらさ」

 メイはため息をつく。少年の肩の上で見上げれば、空を覆う星々が回っている。メイは少年に尋ねた。

「あなたは一体、何者なの」

「ガイ、ガイ・ブラックソルだ。憶えておけ」

 メイと少年を乗せたエアバイクは、静かに戦艦へ収納される。同時に、ミリタリーモジュールも速やかに、撤収していった。

 漆黒の戦艦は装甲を畳むと、宇宙へ向かい上昇してゆく。スタジアムの観衆たちは、空へ消えてゆくその闇色の船を、暗澹たる思いで見送った。

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