第2話

 惑星ネメシスの地上都市、エクウス。その郊外には、多目的野外スタジアムがあった。

 大空の天頂は、微かに闇に覆われつつある。その野外スタジアムの後ろでは、沈んだ太陽が西の空を紅く燃え上がらせていた。

 黄金色の残照に輝く黄昏時の空の下で、野外スタジアムのステージに設置された無数のディスプレイが、蒼く光っている。スタジアムに訪れた2万の観衆はコンサートの開始を待っていた。

 戦争が終わり、ようやく復興した銀河の星々で人々に愛されているアイドル歌手、メイ・ローランのコンサートが、この場所で行われることとなっている。残照が西の果てへ落ち天空が紺碧の闇に覆われた後、コンサートが始まった。

 ステージ上のディスプレイに、無数の鳥たちが湖から飛び立つ様が写し出される。そして巨大な街が廃虚と化して崩れ落ちていくような、壮大なフィードバックノイズの轟音が響き渡った。

 2万の観衆が星の瞬く空の下で、波が渡ってゆくようにどよめく。ステージの上空にスポットライトがあたり、メイ・ローランが姿を現す。それと同時に荒れ狂う轟音の中に、透明な光をおもわす煌めくような音がはいり込む。

 それは、無数の水晶の塔が、陽光のなかでゆっくりと崩壊していくのを、音にしたようであった。その音の洪水の中に、静かにメイ・ローランが降りてくる。

彼女は、全身にケーブルを接続し、ホログラム映像投影型のディスプレイを頭につけ、手には携帯型のキーボードを持っていた。

 エルフのようにスリムな身体に、神秘的な美貌を持つ少女は、サイバーネットワークに取り込まれた機材の一ユニットのようにも見える。彼女は、渦巻く音の洪水を創り出している装置と文字通り一体化しており、神経組織はケーブルにより電子装置へとつながっていた。

 メイ・ローランは様々な音楽、非音楽的なサウンドをサンプリングし、一つの音楽に合成するといった全く新しい手法を採用したミュージシャンとして知られている。それは、サイバーネットワークに存在する無数のデータ群を、瞬時に解析し結合させていく天才的な能力があって、はじめて演奏可能となる音楽であった。メイ・ローランはまさにサイバーネットワークの無限に近いデータを自在に操る、天才的デジタルダイバーだ。

 金属の獣の咆哮のようなドラムの音がリズムを刻みだし、死せる惑星に捧げられる挽歌を思わす荘厳なフィードバックノイズが重なっていく。

 それは、古代地球の宗教音楽を思わす神秘性を持ち、最新のボディソニックダンスミュージックの激しい疾走感を備えた音である。それは限りなく生の、剥だしの音そのものに近く、又、これ以上ないというくらいに計算され尽くした音楽であった。

 そして、メイ・ローランが歌いだす。少女の囁きのように穏やかに、大昔の地球のシャンソン歌手のように軽やかに、原始宗教の祭司のように荘厳に。

 ステージ上のスクリーンは、音とシンクロして様々な映像を映し出す。それは幾何学的なパターンが変化していく様であったし、太古のシネマの断片であったりした。それはメイの音楽と同様、混沌とからみあっていくようで、確かに意図が感じられる。

 これは、ある種の麻薬のトリップに似ていた。2万の観衆は皆、自分自身だけの意味をメイの音楽の中に、見いだしている。それは、生そのものと同じくらい深い所での理解であった。

 2万の人々は一つの生き物のように、呻き、叫んだ。音と光の渦が彼らの上を天使が駆けぬけるように、走り抜けてゆく。メイ・ローランは2万の人間に固別の夢を与えつつ、波がひとつの方向へ崩れていくように統合させていた。

 空に真白く煌めく銀河の下で妖精を思わす可憐な少女は、サイバーネットから産みだしたデジタルの轟音に合わせ、やさしい愛の歌を囁くように歌う。人々は少女と共に、無邪気な愛の夢を見た。宇宙の奈落のような、生の深淵を垣間みながら。

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