キャプテン・ドラゴン
憑木影
第1話
眼下には、目眩を起こしそうなほど、蒼い天空が広がっている。惑星ネメシスの空であった。その思わず哀しさがこみ上げてきそうな蒼い輝きの中に、湖へ投げ入れられた黒曜石のごとき黒い染みを、彼は認める。
「こんな時間に、入港は聞いてないぞ」
当直の宇宙港オペレータは、そのセンタースクリーン上に浮かんだ黒い染みを未申請の宇宙船と認識した。手元のキーボードを操作し、目の前のディスプレイに宇宙船の画像を拡大してみる。それと同時にセンタースクリーン上にウィンドウが現れ、宇宙船の姿を拡大した。
「これは…」
オペレータの目にはそれは酷く禍々しい、凶兆を知らせる黒い虫に見えた。いかなる光も反射しない、レーダの電磁波にも反応しない漆黒の表面装甲を持つその船は、明白に軍事用のものである。
「呼びかけて見ろ」
オペレータは、相棒に声をかける。相棒は肩を竦めた。
「やってるが、回線を開こうともしない」
「パトロールに連絡だな」
地球帝国が、全銀河を敵に回して行った戦争が終わって、もう十年たっている。通常の惑星には宇宙軍自体が存在しない。せいぜいが、犯罪をとりしまる為のパトロール船が存在するのみであった。
ただ、軍用宇宙船を犯罪組織のレベルで持つのは、不可能である。当然なんらかの国家が、介在していると考えられた。つまり、パトロールの範疇を越えているということだ。
「地球人どもが、また戦争を始めやがったのか?」
「まさかな…」
今の銀河は軍事組織もほぼ解体され、平和そのものである。戦争中は学生であったオペレータたちにとって、軍艦を見ること自体、産まれて始めてのことであった。
突然、スピーカーがノイズを発し始める。水の壁が崩れる時に発するようなノイズの洪水が、宇宙港のコントロールルームを満たした。
「電子兵器かよ」
「やられたな」
宇宙港は孤立した。他の衛星軌道上の施設や、地上に対しても連絡することができなくなっている。
漆黒の宇宙戦艦はゆっくりと、姿勢をかえつつあった。涙滴型の戦艦は、その尖った部分を惑星ネメシスの空へと向けてゆく。
「まさかあいつ」
オペレータは、呆然として呟く。
「地上へ降下するつもりか?」
「多分な」
相棒が、データを検索した結果を、センタースクリーンへ表示する。
ウィンドウが開き、データが表示された。
「大気圏突入型ベヒーモスクラスの宇宙戦艦だ。地上へ降下し、戦略拠点を制圧するための戦艦だよ。かつて地球帝国が正式採用していた」
「じゃあ、やっぱり地球帝国のやつらが」
「まさかな。どこにも地球帝国の所属を現す、不死鳥の紋章がつけられていない。第一ああいった突入型戦艦が単独で行動するなんぞ、聞いたことがない。戦時中は移動要塞とよばれた、やはり突入型戦艦のギガンティスクラスの護衛艦として、使われていたらしいが」
「なんにせよ、手の打ちようがないな」
その漆黒のベヒーモスクラスは、蒼い天空に向かって打ち込まれる暗黒の剣のように、地上へゆっくりと降下を始めた。やがて、その表面装甲は紅く燃えあがり、空を駆ける真紅の凶星となり大地へ向かうこととなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます