第4話

 かつて、地球人がすべての銀河系内の恒星系に住む人間に対し、人間の文明の発祥の地としての地球の重要性を主張し、地球中心の体制を造り上げようとした。その運動は、星間戦争として銀河じゅうに広まっていった。

 そして今、その戦争が終わり十年が過ぎている。戦争が終わり、平和になったということは、別の言い方をすれば戦争が非合法化したということだ。

 戦争は匿名のテロルとして、依然継続している。むしろ、戦争が国家のレベルを離れ、テロル化したことを平和と呼んだというべきであろう。

 テロルの組織は大ざっぱにいって、合法、半合法、非合法の三つに分類できる。カウンターテロルの組織も、同様だ。これらの組織は、相互に依存しあっている。いいかえれば、法が曖昧になってしまう部分でテロル活動が行われている。単純にいえば、今の戦争は公認犯罪者によって行われているということだ。

 こうした現代的戦争の執行者達は、別に地下に潜伏しているわけではない。宇宙港へいけば、いくらでも会うことができる。彼ら、あるいは彼女らは、十年前の戦争経験者であることが多い。彼ら、あるいは彼女らにとって、十年前と今の違いは雇い主が軍事機関から種々雑多な組織へと変わったくらいのことである。むろん、仕事の供給量はかなり減ってはいるが。

 宇宙港のバーは、大体においてこうした人々の溜まり場となっている。仕事の依頼もけっこうこうした場所で、お手軽に行われてしまうケースが多い。一千万単位の人間を殺戮する仕事を、ウィスキー片手でヌードショウを見ながら請け負う人たちもいる。

 ようするに、宇宙港のバーは法の外にあるいかがわしい場所である。ここ、惑星ヒエロスムス上にある、連絡艇離着陸用宇宙港のバー「サチュルス」も、典型的ないかがわしい治安放棄地区の中にあった。

 ここでは殺人が起こっても、警察が介入することは殆ど無い。ここでの殺人はたいていテロルという名の戦争行為であり、刑事上の犯罪とはいい難い為だ。

 ここで人々は思い思いに寛いでいるが、その腰には必ず高出力の軍用ビームガンが提げられているし、利き腕は大抵自由に遊ばせている。

 店の中は薄暮の世界のように薄暗く、不定型の生き物のように麻薬の煙が漂っていた。裸体に派手なペインティングを施した売笑婦たちが、原始社会のシャーマンを思わす目付きで、物憂げに歩き回っている。

 そこは、激しい金属質の音楽に満ち溢れているが、なぜか海の底のように昏くしん、としていた。そこにいる人々は、原色の絵の具を溶かしたような酒を飲みながらディオニュッソスのように笑ってはいるが、その瞳は冥界から帰ってきた者のように、昏く沈んでいる。

 この、妙に心地よく、陰鬱な騒々しさに包まれたバーの中で、その一角だけは木漏れ日が射し込んでいるように暖かく静かだった。そこに居るのは一人の少女である。このいかがわしいバーの片隅で、まるで自分の家のテラスで寛いでいるようにホットミルクを飲んでいた。

 誰も少女には近づこうとせず、少女の回りには目に見えぬ結界が張られているかのようだ。しかし、皆、どこか視界の片隅にその少女を捕らえていた。その少女の表情は無邪気であり警戒心のかけらもないようだが、なぜか声をかける事を躊躇わせるものがある。その場にいる者たちほとんどは、女であろうと子供であろうと躊躇わず、殺して犯してきたというのに。

それはおそらく、少女の茫洋した瞳のせいであろう。彼女の妖精を思わす美貌は、何か得体のしれぬ神か悪魔に支配されているかのように焦点が定まっておらず、その瞳はここにはない彼方の景色を、見つめていた。その少女は、ここにいながら、どこか別の場所に魂を置き忘れてきているようだ。

「あんた」

 一人の若い、といっても顔に残った傷跡が男の経歴を物語っているが、店の客が少女に近づき声をかけた。

「メイ・ローランに似てるな」

 少女はどこか遠くを見ているような目で、にっこりと笑った。

「よく、そういわれるわ」

 男は、少女の横に腰掛ける。麻薬の香りのする煙草を燻らせ、長期間飲み続けると神経に障害のでる麻薬の混じった酒を、手にしていた。

「誰かを待っているのか?」

 どこか淫靡なものを忍ばせた声で、男は問いかける。少女は、無邪気な笑みを見せて答えた。

「ええ、もうすぐここに来るのよ」

「誰が」

「キャプテン・ドラゴン」

 バーの中の空気が一瞬、凍りついた。数秒後には、再びざわめきが戻る。

「やつは、死んだと聞いたが」

 男は蒼ざめた顔で、言った。

「まさか。私、彼にこれから仕事を依頼するのに」

 無邪気に微笑み続ける少女を残し、男は幽霊を見たような表情をして立ち去った。キャプテン・ドラゴンとは知らないもののいない、伝説の、しかし、間違いなく実在した男である。

 十年前の戦争を終結させたのは、実際にはそのコミックヒーローじみたふざけた通り名を持つ男の為と信じられていた。全銀河を敵に回してなお、無敵を誇った地球帝国の艦隊を、七度に渡ってたった一隻の船を操って敗走させ、かの古の魔導師達に支配された銀河西部に赴き地球帝国との密約を破棄させた、悪い冗談としかいいようのない経歴の持ち主である。

 それだけの英雄にもかかわらず、戦後姿を消したばかりか超A級犯罪者として指名手配をうけており、その身柄を生死に関わらず銀河パトロールに引き渡した者には、一千万クレジットという国家予算並の賞金が支払われることとなっていた。ただ、いかなる罪を犯したのかは、誰も知らなかったが。

 バーに居合わせた人々は、自分たちが伝説の人物が十年ぶりに人前にでる現場に立ち会うこととなった事に気づき、畏れつつも、期待に震えた。その男を殺して手に入る、一千万クレジットは実に魅力的である。

 その時、一人の男がバーの中へ入ってきたのに、殆どの者は気がつかなかった。その男は、シルバーグレーの薄汚れたマントを身に纏っており、髪は輝く金髪である。

 男は、冬の晴れた青空のような蒼い瞳であたりを見回すと、少女に目をとめ、無造作にその前に座った。まるで恋愛映画に登場する男優のような、甘いマスクの優男である。

 バーの中に一瞬、緊張が走った。少女が、静かに尋ねる。

「あなたがキャプテン・ドラゴンね」

 男は、夢みるような笑みを見せ、物憂げなすこし掠れた甘い声で言った。

「そういう通り名もあるようだ。おれは、ビリー・サドラー。あんたが、リン・ローラン?」

「ええ」

 バーの中は王が崩御した宮廷の中のように、静寂につつまれた。ビリーと名乗った男は、映画俳優が恋人にみせるような笑みを口元にはりつけたまま、バーテンに声をかける。

「彼女と同じものを」

 その少女、リン・ローランは少し驚いた顔をする。

「これはホットミルクよ」

 ビリーは白い歯を見せ、涼しげに笑った。

「まあ、いい。そんなことは。おれは迷惑してるんだよ、ミス・ローラン」

 ビリーは恋人に囁くように、静かに言った。バーの中に、再びざわめきが戻る。それは、どこか浮ついた、熱にうかされたようなざわめきであった。

「リンでいいわ」

「オーケイ、リン。おれは、現役を引退して十年になる。今は静かな生活を送っている」

「あなたの居場所をマスコミに公開してもいいわ。銀河パトロールでもいい。私はその静かな生活を台無しにできる」

 ビリーは、真っ直ぐで柔らかそうな金色の前髪をそっとかきあげ、澄んだ湖のように青い瞳でリンを見つめる。そして、まるで、恋人のわがままに困らされているかのように苦く甘い笑みを見せ、言った。

「ここであんたを殺してもいいぜ、ミス・リン」

「その結果、どうなるか判らない程馬鹿なわけ?残念ね」

 ビリーは冬の木漏れ日を感じさせる、暖かい微笑みを口元にはりつけたまま言った。

「十年前の戦争では、何百万人殺したか判らない。もう一度それをやってもいい。しかし、おれも若くはない。そんなことも、億劫だ」

 リンはそっと頷く。

「私の仕事をうけてくれれば、あなたの情報は、もう一度ネットの奥深くに隠しておくわ」

 ビリーはそっと首を傾げる。まるで日差しを浴び、音楽を聞いている詩人のように、穏やかに笑っていた。

「わかった。この仕事うけよう」

 そういい終えたビリーは、ふっとあたりを見回す。二人の回りには、人垣ができている。半径十メートルほどの、人の輪に囲まれていた。

 その輪の中に、三人の屈強の男達が入って来る。男達は対弾・対刃兼用のバトルスーツを身につけており、装甲車のボディ程度なら楽々と撃ち抜ける、大口径のビームガンを手にしていた。

 ビリーは立ち上がった。物憂げに尋ねる。

「おれに用か?」

 真ん中に立っている、身体のでかい髭面で巻毛の男が言った。

「くじでおれ達があたってね、とりあえずあんたを殺す権利を得た」

 男の持つビームガンの銃口が、熱でゆらめく。

「バイバイ、キャプテンドラゴン」

 三丁のビームガンが、同時に光を放つ。ビリーの目の前の空間に、極彩色の壁が出現した。力場により圧縮され放出されたビームの粒子が、ビリーの回りにあるバリアで、分解し拡散した為だ。ビリーの身の回りに巡らされたバリアの出力は、個人携帯用の限界を越えたパワーを持っている。並の装甲車を灰にしてしまうようなパワーのビームを、楽々と分解していた。

 カレイドスコープのような光の乱舞が、散っていく。男たちは、ビームガンを腰に戻し、替わりの武器を出そうとする。

 ビリーは物憂げな甘い笑みを浮かべたまま、腰の銃を抜き、射った。ソリッドブレッドタイプ(個体弾頭)の銃特有の、火薬の爆発音が響く。排出された空のメタルカートリッジに床に落ち、乾いた音を立てる。

 男たちは、膝をついた。銃弾は、バトルスーツを貫通したわけではない。しかし、ビリーの射った銃は、15ミリ口径の12連リボルビングサブマシンガンである。貫通しなくても命中すれば、銃弾のパワーで骨が折れる。

 ビリーは優しい笑みを浮かべたまま、給弾チューブをリボルビングサブマシンガンに接続した。銃についている、12発装弾可能な螺旋式輪胴型弾倉に空きができると、給弾チューブより自動的に給弾される仕組みである。

「まいったよ」

 射たれた男が、蒼ざめた顔で言った。

「そんな馬鹿でかい口径のソリッドブレッドハンドガンを速射するなんざ、人間わざじゃねぇ。やっぱりあんたに手をだしたのは…」

 もう一度、銃声が響く。男たちは眉間を打ち抜かれ、死んだ。後頭部に拳大の穴が空き、血と脳漿が床へ飛び散る。

「いい腕だ」

 顔面の半分を、強化セラミックの装甲で覆われた2メートル以上の身長を持つ男が人垣から現れ、言った。

「おまけにどこで手に入れたのかはしらねぇが、パワードスーツ用の対ビームバリアを装備してやがる。しかしな、」

 その大男は、戦闘サイボーグらしい。バトルスーツの下は、セラミックと金属のボディがあるようだ。

 サイボーグの男は、1メートル以上はあるビームライフルをビリーにむける。

「対戦車ビームライフルだ。あんたのバリアでも、ふせげないぜ。ついでにいっとくが、おれの身体にソリッドブレッドを撃ち込んでも、無意味だからな」

 巨大なビームライフルの放出する熱で、陽炎ができている。サイボーグの男の姿が、ビリーの視界の中で歪む。ビリーは甘い笑みをうかべたまま、言った。

「どうしたいんだ?」

「降伏しなよ、キャプテンドラゴン。ここを抜けでても、あんたはもう、無事に自分の船へはたどりつけないよ。それなりの手配を、おれの仲間がしている。まぁ、あんたも相応の準備をしてここへきたんだろうが」

「いいや」

 ビリーは、楽しげといってもいい口調でいった。

「おれの武器はこいつだけさ。他にはなにも用意してない」

 サイボーグの男は、笑って言った。

「好きにいってな。とにかくおれはあんたを生きたまま、パトロールへ引き渡したい。そのほうが、なにかと都合がいいんでな。どうだい、死ぬか、降参するか、どっちだ?」

「降参するよ」

 ビリーは、あっさりといった。

「オーケイ、まずその銃をこっちになげろ」

 ビリーは、無造作に銃を投げる。サイボークの男は、足元にきた銃を見て叫んだ。

「てめぇ、これはダミー!」

 男が引き金を引く前に、ダミーの銃が炸裂した。大した爆発ではないが、男は膝をつく。

「貴様…これ…は」

「AEE弾(アンチ・エレクトリシィティ・イクイップメント弾)だよ。あんたの身体を維持しているサイバーシステムは、機能を停止しているはずだ。AEEを至近距離で喰らうと、電子装備はおしゃかになるからな」

 ビリーは涼しげに微笑んで言った。その手には魔法のように、本物の銃が戻っている。リンが、感心して言った。

「なんて、器用なの」

「特技なんだ」

「サーカスにいっても、手品師で食べていけるわ」

「ありがとう」

 ビリーは、弾倉をスイングアウトさせて銃身からはずすと、銃弾を一発抜く。かわりに腰のサックから、徹甲弾を取り出し補弾した。

 ビリーは優しく微笑むと、動きの止まったサイボーグの男へ、徹甲弾を撃ち込む。特殊金属で被甲され、火薬量を増量された銃弾は、サイボーグの男の身体を貫いた。サイボーグの男は完全に機能を停止され、死んだ。

 ビリーは手にした銃を、天井へ向かって連射する。轟音が響き、空カートリッジが煌めきながら、床に撒き散らされた。

「次は誰が死ぬんだ?」

 人垣から出てくるものは、いなかった。ビリーは、リンに声をかける。

「いこうか」

「待ってよ」

「なんだ」

「ホットミルクを飲んでないわよ」

 ビリーはうんざりした顔をすると、一息でホットミルクを飲み干す。

「これでいいか」

 リンはにっこりと微笑む。ビリーはリンを盾にする形で、出口に向かう。出しなに、バーテンにコインを投げると、ビリーは甘い声で言った。

「次からは、ミルクに砂糖をいれたりするなよ」

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