第5話 電話

「番号、教えてくれるかい?」

 電話するためにスマートフォンを構えた久志に、達也は覚えておいた姫子の兄の電話番号を諳んじてやった。達也の自室に再び戻ってきた二人は話し合った結果、早速姫子の兄――帝へと電話を掛けることにしたのであった。

 久志は画面をタップし電話番号を入力すると、自分のスマートフォンを耳に当てた。

「もしもし、初めまして。僕は八代姫子さんのクラスメイトの遠野久志と言います。姫子さんのお兄さんの帝さんでしょうか?」

 ハキハキと吃ることもなく受け答えし、話を進めていく久志をただ達也は見つめていた。久志の応答する声は聞こえてきても、帝の声は当たり前ながら達也には全く聞こえてこなかった。

「姫子さんがそちらにいらっしゃらないでしょうか? 正直に答えて下さい。もし何か不都合があれば彼女の両親には黙っておきますし、ベラベラ知り合いに喋ったりもしませんから、本当のことを教えて下さい」

 久志が核心を突く質問をしたので、達也は耳をそばだてる。

「はい、姫子さんのお宅に訪問して姫子さんのお母さんからお話を伺いました。……いえ、僕一人でここまで動いたのではなく勘のいい信頼のおける親友に協力してもらいました。……はい、今も一緒にいますが……」

 久志の口調が怪訝そうになる。しかも達也のことを話している。何やら想定外のことを帝から色々と訊かれているようだった。

「達也、ご指名だよ。君に電話を代われってさ」

「はぁ!? どういうことだよ。八代は兄貴のところにいたのか?」

 突然のことに達也は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「いや、まだそれは教えてもらってないよ。姫子のお兄さんに電話を掛けるに至るまで全て僕の独断かって訊かれたから君に手伝ってもらったって言ったら君とも話したいって言われたんだ。だから出てもらえないかな?」

「わかったよ。貸せ」

 達也は片手を出し、久志から彼のスマートフォンを受け取った。久志自身、向こうの意図が読めないのか困り顔をしていたので、彼とぐちゃぐちゃ言い合ったところで埓が明かない。

 達也は覚悟を決めて姫子の兄である帝と繋がっているであろう久志のスマートフォンを耳に近づけた。

「えっと、もしもし。お電話代わりました、赤井です」

 どう切り出せばいいのかわからずとりあえず達也は名乗るものの、自信のなさから語調が疑問形に近くなってしまった。

「君が姫子の彼氏の友人か?」

 電話口から聞こえてきた声は達也にそう尋ねてきた。低めということ以外、これといった特徴のない男の声だった。おそらくこの声の主が姫子の兄の帝なのだろう。

「はい、そうですが」

「そうか。遠野君から協力して姫子を捜してたって聞いたんだが、どのくらい力添えしたんだ?」

「どうしてそんなことを訊くんですか? 姫子さんは俺と久志の仲でも疑っているんですか?」

 達也は帝へと訊き返す。

「……ぶっ。その返答は予想だにしていなかったよ」

 一度吹き出した後、押し殺すような笑い声が達也の耳に聞こえてきた。

「別に遠野君や君をホモ扱いする気はなかったよ。遠野君の親友が女の子だったら、浮気を少し疑ったが。赤井君はよく遠野君との仲を疑われたりするのか? それともそういう薄い本や腐った女の子と縁が合ったりするのかな」

「両方ですね。俺と久志を掛け算して楽しんでいる腐女子の幼馴染がいますし、ボーイズラブ本は買いませんがコミケ等のイベントに参戦したりもします」

 余計なことを言ってしまったなと思いつつ、姫子の兄は自分と同じ、もしくは似たような人種の人間だなと達也は思った。

「本当か!? 君とはなんだか気が合いそうだ」

「ところで、姫子さんはそちらにいらっしゃいますよね」

 達也は本題に戻す。

「遠野君のように疑問形じゃなくて赤井君は断定するんだな。どうして姫子が俺の家にいると断言できる?」

 達也の言葉には返答せず、帝は問い掛けてきた。

「焦ってないからです。久志からあなたと姫子さんは仲が良いと聞きました。そんな仲の良い妹が三日も行方不明で、もしあなたが何も知らないのならばこんな悠長に会話なんてできないはずです」

「……全くその通りだな。お見事だ。姫子は確かに俺のところにいる。だがまだ親には言わないで欲しい」

「どうしてですか? このままだと余計な心配をかけるだけで、姫子さんのためにならないと思うんですが」

 姫子の所在が掴めたことにホッとしたのも束の間、口止めをしてきた帝に達也は問う。

「それはわかってる。だがな、姫子の奴が遠野君が来てくれるまで帰らないって言ってきかないんだ。俺としては遠野君とやらがここにいることすら突き止められるかわかったもんじゃないと思ってたんだが、今こうして電話をくれてるしな。まだ話してないが、どうにか姫子のことを迎えに来てくれないかなと思っている。じゃないとあいつは納得しない」

「俺にわざわざ電話に出させなくても久志に直接全部話せば良かったんじゃないですか? 」

「まあそうなんだが、遠野君が自力で捜し当ててくれなかった時は必ず協力者が誰か、どこまで手伝ったか確かめてって姫子に言われたんだ。それに俺自身もちょっと思うところがあってな」

「思うところ?」

「赤井君は俺が焦ってないから姫子は俺のところにいるんじゃないかって言ったよな」

「はい」

 帝が言わんとすることがわからず、達也はただ頷く。

「遠野君もちっとも焦っている感じじゃないよな。愛する恋人が失踪しているにも関わらずにだ。いくら俺のところにいるだろうと推測を立てたとしてももう少し切迫した雰囲気を醸し出していてもいいはずだ。姫子に対する遠野君の想いって実はそれほどないんじゃないかってちと疑ってしまったんだよ。そういやまだ答えてもらっていなかったな。赤井君はどのくらい力を貸した?」

「俺は久志に姫子さんの家に行って手掛かりを探すべきだと助言したり、そこから得た情報からあなたのところにいるんじゃないか、電話してみる価値はあると提案しただけです。久志は姫子さんが失踪したことを心配して俺になんとかして捜し出せないかを相談しに来たんです。あいつはあまり感情的にはなりませんが、きちんと姫子さんの身を案じています。俺はそんなあいつの力になるためにアドバイスしたまでです。姫子さんを捜そうと頑張っているのは久志です。だからあいつの想いを疑わないでやって下さい」

 真面目な声音ではっきりと達也は告げた。思いのほか強い口調になってしまったのか、向かい側にいる久志が目を丸くして訝しるように達也の方を見てきた。何かあったのかい? そう久志の目は無言のまま問うてきた。なんでもねーよと達也は小五の頃からの腐れ縁な友人に視線だけで返した。

「君がそこまで言うのなら信じるよ。俺も遠野君が冷酷な人間だとは思いたくないし、表に出ないからっていう決めつけもよくないよな。だが姫子はそんな遠野君に不満を感じているところがある。失踪なんてことをやらかして俺のところに来たのはその証拠だ。遠野君が姫子とこれからも末永く付き合っていく気ならそこを解消しないと上手くいかないんじゃないかと思う。はた迷惑な話だと思うかもしれないが、姫子はそういう奴なんだ。我ながら面倒な妹だとは思うが。遠野君に電話、戻してくれるか?  姫子がここにいることも含めて彼ともう一度色々話したい。俺のためにわざわざ電話に出てくれてありがとな」

「いえ、お電話したのは久志、というかこちらですから。では、久志の奴に電話を代わります」

 スマートフォンから耳を離した達也はもう一度出るよう久志に促し、彼に機器を返した。










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