第4話 姫子の行方
「八代ってどんな奴なんだ?」
結局姫子の行方を知る手掛かりを見つけることはできず、彼女の家を後にし最寄りの駅を目指している中、達也はそう言葉を発した。
「どうしたんだい? 藪から棒に姫子のことを訊くなんて」
「そういえば俺は八代がお前の恋人だってこと以外何も知らないなと思ってさ。クラスだって一度も一緒になったことねーし、顔だってお前と二人でいるのを見かけたからなんとかわかるって程度だし話したことすらねーからな」
ミディアムボブの黒髪にタレ目で温和そうな雰囲気を持っていて、ガリガリともいえるぐらい細い子が多い中でほどよい肉づきを保っており庇護欲をそそるような可愛さがあるというのが、達也の姫子に対する印象だった。
「可愛いかな。姫子は気が利いて話していて苦にならないし、それにむっちりしていてとても抱きしめ心地が良くて落ち着くんだ」
「誰が惚気(のろけ)ろと言った! 俺に対する当てつけか!?」
「いやぁ、別に惚気るつもりはなかったんだけどな。どんな子って訊かれても抽象的過ぎて上手く答えようがないよ」
喚く達也に久志は涼しい顔で返した。
「活発的だったとか大人しかったとか惚気ずにもっと色々言えるだろうが!」
「う~ん、そういう風に答えるなら姫子は明るい子かな。文化祭の時には周りに気を回しつつ積極的にテキパキと仕事をしていて、一緒に準備を進めていた僕はとてもしっかりした子だなとも思ってたよ」
「『思ってた』ってなんで過去形なんだよ!」
「付き合い始めてからなんだけど、姫子はちょくちょくデートとかに遅刻したり、ふらっとはぐれてどこかに行きかけて心配を掛けてきたり、ちょっとした段差につまづいて転びそうになってたり、なんかおっちょこちょいというか抜けてるところが一緒にいるうちに目立ってきてさ。意外とダメなところっていうと言い過ぎかもしれないけど、とにかくしっかりしているわけじゃないんだなって思ったんだ」
淡々と久志は話した。
「……八代の兄貴について、何かお前が知ってることってないか?」
「姫子の兄について? これまた唐突だね」
「なんかねーの。親と仲が悪かったとか、八代とは仲が良かったとかさ」
「おや、どうしてわかったんだい? 君の言う通り、姫子のお兄さんは両親と仲が悪いって姫子から聞いたことがあるよ。ちょくちょくお兄さんの話をそこそこ楽しそうに僕にしてくれたから、姫子とはたぶん仲は良いんじゃないかな? ブラコンって言う程熱烈ではなかったけどね」
目を丸くし、わずかに驚きの色をその顔に表しながら久志は答えた。
「やっぱりな」
「どうしてわかったんだい?」
興味深そうに口角を吊り上げながら久志は問い掛けてきた。
「八代の家のカレンダーだよ。あの家のカレンダー、八代や両親の予定とかは書き込んであったが、兄貴のことは何一つなかったんだぜ」
「それは姫子のお兄さんが下宿していて今は家にいないからじゃないのかい?」
「今の時期じゃなかったら俺もそう思ったさ。けど、今は十二月、しかもリア充イベントも終わった年末だぜ。この時期は大学も冬休みのはずだろう。下宿してる奴って大体長期休暇には実家に戻ってくるもんだぜ。ましてや年末。親にべったりじゃない奴でも正月ぐらいは顔見せを兼ねて一緒に過ごすもんじゃないかって思ってさ。特に軋轢がなければよ。けど八代の母親が言ってたが帰ってきてないみたいだったし、カレンダーにも特に帰省してくるような旨は何も書いてなかった。だからもしかしたらって思ったんだよ」
「さすがだね。それで他に何か気づいたことはあるのかい? 姫子や姫子のお兄さんについて取り留めのない話がしたいわけじゃないんだろう、君は」
駅へ到着し、改札口へと階段を降りつつ、久志は達也に向かってニッコリと笑い掛けた。女子だったら頬を赤く染め舞い上がってしまいそうなくらい完璧なスマイルだったが、達也は動じず電子マネーをバッグから取り出すと読み取り機にタッチさせ改札を通り抜けた。達也の返答を心待ちにしているかのように笑みを崩さず、久志も彼の後から電子マネーを読み取り機に触れさせ、改札を抜けた。
「お前は何か思うところはないのかよ」
プラットホームへ行くためにさらに階段を下りながら達也は言った。
「頭の固い僕にはどう考えたって皆目検討がつかないよ。そんな愚鈍な僕にぜひとも君の考えをご教授願いたいね」
大仰な口振りで久志はそう答えた。本人は愚鈍だと自身を評したが、久志は達也よりも遥かに勉強ができる。常に久志と達也のテスト順位は校内上位者と下位者ぐらいに差があるのだ。過度な謙遜に眉を潜めつつも達也は口を開く。
「八代の兄貴は今一人暮らししているんだろう。そして両親とは仲が悪くて年末に帰省してくる気配もない。さらに八代とは仲が良い。八代を家に匿うことだってできるはずだし、味方するかもしれない」
「それってつまり、君は姫子がお兄さんの家にいるって言いたいのかい?」
「そうだ」
達也は頷いた。
「けど、姫子のお母さんはお兄さんの家にも連絡したけど、姫子はいなかったって言ってたよ」
「そこは嘘を吐(つ)いたんだよ」
「そんなこと言ったら姫子の友達だって怪しいと思うんだけど。姫子のお母さんに嘘を吐いて姫子を匿っているかもしれない」
「その可能性も否定し切れないが低いと思うぞ」
「どうしてそう言えるんだい?」
久志は興味深そうに口の端に笑みを絶やさず達也を見つめながら問い詰めてきた。
「友達の親が心配して電話掛けてきてるのに嘘なんて吐けるか?」
「う~ん、今までそういうシチュエーションに遭遇したことがないから、なんとも言えないけど、たぶん僕だったら嘘を吐いてまで匿ったりはしないかな。親がそんなこと許さないだろうし。それに仮に嘘を吐いて匿えたとしても、その後警察沙汰にでもなったりしたら責任取れないし、危険な橋は渡りたくないからね」
「そうだ。友達の親が心配しているのにそれを普通の親は子供と協力して匿おうとなんかしないだろう。八代の友達だって余程の事情がない限り、親から逃げたって不毛なことぐらいわかるはずだから嘘なんて吐かないだろう。お前が言うように責任も取れねーしな。八代の親と問題なんか誰も起こしたくないはずだ。訴えられでもしたらどうなるかわからない」
「だから姫子は友達の家じゃなくてお兄さんのところにいる、と」
「肉親だったらちょっとぐらい嘘を吐いてもまあなんとかなるだろう。訴えるわけにもいかないだろうし。それにどのくらいのことでどんな行動に出るか家族だったら大体予測がつくだろう」
「なるほど。でも友達の誰かの親は放任主義な可能性もあるし、絶対に姫子を匿わないとは言えないよ。それに一人でなんとかしているかもしれないし、何か事件に巻き込まれた可能性もある」
「それはそうだろうよ。だが、八代は何か親と揉めてたりしたか?」
「そういう話は姫子から聞いたことがないね」
「だろう。そんな姫子の母親の様子からもそんな雰囲気はなかった。あと八代は過去にも姿を消したことがあったようだし、家出少女の真似事をするような子でもないだろう。そこまで切迫した理由もなさそうだしな。俺も別に百パーセント八代が自分の兄貴の家にいると思っているわけじゃねえ。匿ってる友達がいるのかもしれないし、何か事件に巻き込まれた可能性もある。その場合、俺らにはお手上げだ。けど八代が兄貴の家にいる可能性は高いし、兄貴に電話でもして八代の所在ぐらいは確かめてみてもいいんじゃねーか」
「僕らにできることをするってわけか。それにしてもさすがだね、達也。僕一人だったらどう姫子の捜索を進めればいいのかわからなくて、完全にお手上げ状態だったよ」
「別に褒められるようなことは何も言ってねーよ。誰だってちょっと考えりゃ、すぐにわかる」
手放しにニコニコと褒める久志に、達也は仏頂面をした。
「あれ? でも肝心の姫子のお兄さんの連絡先を僕らは知らないよ。もう一回、姫子のお母さんに電話してお兄さんの連絡先を教えてもらわないといけないね」
「その必要はねーよ。八代のアドレス帳を見た時に、八代の兄貴の連絡先も載ってたから電話番号だけ覚えてきた。さすがにメールアドレスは長くて覚えられなかったがな」
「さすがだ。本当にすばらしいよ、君は。ならあとは姫子のお兄さんに電話するだけだね」
久志が再び褒め言葉を並び立てたその時、接近メロディと共にまもなく電車が来る旨のアナウンスが聞こえてきた。
「とりあえず電話は俺の家で掛けろ。外じゃ周りがうるさすぎるし落ち着けないしな」
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