第3話

学校が終わり、家に帰る。

バスに乗って、最寄駅の電車に乗る。

夕方のこの時間は定時であがるサラリーマンで電車が混雑している。

うちの学校の子はよくこの電車に乗るが、この時間帯はほとんど乗らない。何本か早い電車に乗るか、もっと遅い電車に乗る。

理由は痴漢にあうからだ。

幸いな事に私は今まであったことは無いので、いつもこの電車に乗る。


まだ冷房が効いてないせいか、電車の中は蒸し暑かった。


「間も無く発車しまーす…」


消えそうな声が聞こえた瞬間、車内にどっと人が押し寄せる。

案の定、サラリーマンに押しつぶされそうな私はもう身動きが取れなかった。


電車が動き出す。

男たちの暑苦しい吐息が、髪の毛、耳、首筋に吹きかかる。

痴漢に間違われないように、両手を上にあげる人達もいた。



「…?」


足の辺りに違和感を感じる。

どうやら誰かの手の甲が太股に当たっている。

ただ「当たっている」だけなのでこの時は特に気にとめなかった。

それに降りる駅まで3駅だったので少しなら我慢できると思った。


次の瞬間、手の甲ではなく、手の平が太股を下から上へ、上から下へさすってきた。触れるか触れないかわからないような感じだと思いきや、太股の肉厚を確かめるように、力強く掴んできたり…


そして今度は明らかに、下着の上から私の形を確かめるように、触ってきた。


「…っ」


声が、出なかった。私はこんなに弱い人間では無いはずだ。

いつもクラスで痴漢に遭ったことを自慢気に話す子を見て

「自分なら捕まえてやるのに」と、思っていたのに…


そんな事を思っている間でも、その手は容赦なく私をなぞっていく。

前へ、後ろへ、手の平で、指先で。

そして私の先端を、指先で転がしていく。


初めての快感に、恐怖とか、そういうものを一切感じなかった。

強いて言えばこんな見ず知らずの男の手に快感を覚えてしまった自分が恥ずかしかった。


「次は○○駅、次は○○駅〜お降りのお客様は…」


そこで丁度良くその手は私で遊ぶのを止め、手を離そうとした。

我に帰り、私はその手を力強く掴み、駅のホームへひきづり出そうとした。

人の流れもあってか、その手の持ち主は吸い込まれるようにホームへ出てきた。


一体どんな男が私の体を触ったのだろう。

駅員に言えば警察へ連れて行ってくれるのだろうか。

「痴漢しましたよね」とでも言えばいいのだろうか。

知らないふりをされたらどうしよう。


人がまばらになり、ようやく相手の顔を見る決心が出来た。

顔を見上げ、そこに居たのは、どこにでもいそうな40代くらいのサラリーマンだった。


「…」

何を言えばいいのか、わからない…


「あ、あの…」


まさかの、相手から声がかかってきた。


「え、と…ご、ごめんね?その、つい出来心で…き、君可愛いからさ。

おじさん悪い事しちゃったなぁ…あ、あはは…」


こいつ、自覚あるんじゃん。

なんだか本当に自分が恥ずかしくなり、目頭が熱くなってきた。

おじさんが私の手に何かを押し付けた。

それは、諭吉2枚だった。


「あ、あのね、おじさんバレたらまずいし、君も大事にはしたく無いでしょ?本当にごめんね?もうしないから、これで許してくれるかな…」


あっけにとられた。痴漢、気の弱そうなおじさん、わたしからしたら大金になる2万円…展開の早い出来事に、私の頭から悲しいとか、怒りとか、恥ずかしいっていう気持ちは飛んで行ってしまった。


おじさんは、もうひと謝りすると足早に駅の改札口へ出て行ってしまった。

私はこの突然の出来事に追いつかず、ボーッとしたまま家の方向へ向かった。


歩いている途中、やっと頭の整理がついた。

その頃には握り締めていたお札は、くちゃくちゃで手汗まみれになっていた。







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