死神
アア何と言う事だろう。
五月三十日。天気は曇り、気温湿度共に高め。
閉め切った車内から水気の多い空気が抜ける筈も無く、
肌に纏わり付く忌々しい柔らかな座席に抜け殻の如き人間達の体温が車内の気温を順調に上昇させてゆく。
不思議な物だ。生気が抜け出して仕舞った人形のような生き物が体温を帯びているだなんて。
買い物帰りであろう中年太りの女性と座席一つ分空けた隅の座席に丙は居た。
彼の錦糸のような美しい色素の薄い髪は車輌の揺れに任せてさらさらと靡き、髪と同じ色をした睫毛は硝子細工を思わせるかの様な繊細さと輝きを纏っている。
細身の身体に依れた半袖のYシャツと黒のスラックスは世辞にも似合うとは言えない。
学生時代の青春を匂わせている点では、許容の範囲である。
彼のきめ細やかな美しさには真赤なサテン地の艶やかな和装なんかが善く映えるだろう。
見れば見る程に美しい少年だ。
透き通る肌が日光を反射して病的な白さで輝いている。
正に宝玉。
こんなに美しいものを、私は今迄目にした事が無かった。
しかし、彼には魅力が無い。
かように美しい物はこの世に二つと無いが、厭に端正なそれは人間味と言う物を全く感じさせない、こうした表現は如何な物かと思われるが、私は彼を前にしても性的な興奮すら覚えないのであった。
彼は人気の無い閑静な駅で下車した。
人間の、生きている気配のない無人駅のプラットホームで、丙は血と同じ臭いのする朽ちた柵にそっと手をかける。
はらはらと剥がれ落ちた塗料が夕陽に照らされて死んでいく。
何処か遠くの町から音楽が聴こえてきた。
懐かしい。遠い昔に聴いた、あの夕焼けの音。
そう言えば子供の頃、好奇心旺盛な私は自分の足で行ける範囲を越えて、どこまでもどこまでも歩いて行った事があった。
勿論帰り道など覚えている筈も無く、途方に暮れた私は夕焼けの空を仰いでわんわん泣きながら宛も無くさ迷っていた。
しかし、どうして帰ってこれたのか、誰かに手を引かれて来たのか、今となっては何も分からない。
幼い私を助けてくれた大人が、どんな顔をしていたのかも、果たして本当に人間だったのかも、すべて記憶の中で水に溶けた紙のように消えていった。
懐かしく怖い。怖くて、どこまでも狭い記憶が、私の中を巡り、ざわざわと身体が震えるのを感じた。
そんな音楽に鎖されて、まるで死んだ街のようだ。
遠く遠くに立ち上る工場の煙が哀しく空に溶けた。
「僕は、どうしているんでしょう」
ぽつりと、
丙はそれだけ零して
赤い街に消えた。
一人残された私の隣で、犬が低く啼いた。
夕陽は悲しく燃える。
静かな、静かな町の死を、
私はそっと見ていた。
(終)
坂本龍一のenergy flowを聴きながら
2016/4 追記
書いた本人ですが意味がわかりません。
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