何色にも染まらない黒になりたい(BL)
(青龍×丙/死)
何色にも染まらない黒になりたい
そう、
いま僕に必要なのは自我。
いかに僕自身が、僕自身として、
この大地に、心に、世界に根を張れるか。存在するか。
「…丙」
「丙」
何度も何度も、僕の名を発する。
自分自身に刻みつけるように。
世界に知らせるように。
地球の核の奥底の、最果てを貫け。
丙。ひのえ。
「……丙」
ある声が鼓膜を揺らし、脳天を突き抜ける。
ハッと息をのむ。
身体中の全ての水分が剥奪される感覚に陥り、
舌は歓喜に震え、指先はチリチリと痺れた。
僕の強張った頬は、馬鹿みたいに緩む(きっと、僕は最高の笑みを浮かべている)
視界に映る彼。ぐらつく世界の中、彼だけを必死で捉える。
「先輩っ」
あぁ。思ったより上手く走れない。
それもそうか。
長いこと、地に足なんてつけてなかったんだもの。
……そうだ。最初から僕は………
それでも僕は彼に触れたくて、
この滑稽な脚を無理矢理 僕の上半身に追いつかせて、
そのせいで前かがみになるけど、気にせず走った。
バランスをとるために両方の腕を振り回す。
自分の吐息だけがクリアな頭に響く。
やっとやっとたどり着いた彼の胸板は、灼熱のように熱くて
そして驚くべきことに、
背中に回した僕の腕は刺すように冷たくて、固かった。
僕は全ての合点がいった。
「……先輩、僕は」
「死んだんですね」
…先輩は答えない。
その代わりに、僕の背中を抱いていた腕に、ぎゅうっと力が入る。
痛かった。痛くて、愛しくて、悲しくて、嬉しかった。
頭上から、鼻をすする音と僅かな嗚咽が聞こえて。
「先輩、泣いてるの?」
先輩の頬を濡らす雫を拭う。
拭う、とはいっても先輩の背は高いから、僕は懸命に腕を伸ばして、背伸びまでしていた程で。
先輩は顔を歪めて泣いた。
こんな悲痛な表情は見たことなかった。
「丙………」
先輩は真っ直ぐ僕を見つめた。
射抜かれてしまいそうな真っ青な綺麗な瞳は、
とても優しい目をしていた。
「………?」
「会いたかった」
先輩の顔が近づく。
「愛してる」
そっと口付けられ、僕の視界は反転した。
ふわっと香しい花の香りが鼻腔を抜ける。
どんどん深くなる。
僕の大好きだった舌が蠢く。
僕の大好きだった大きな手が僕の髪を撫でる。
いつしかその手は、僕の身体を離れることなく僕の手にたどり着く。
強くてしなやかな指。
僕は自然と指を絡ませていた。
幸せだった。彼の香りと温もりに包まれて、愛されて
僕は気づいた。
僕は、独りじゃない。
僕は僕で、同じ人は存在しなくて。
たった一人の彼を愛して。
何色にも染まらない黒になりたい。
その願いは、いつの間にか消えた。
僕に必要なのは、彼の愛情だった。
身体が温かい。
最後の最後に見えたのは、
母なる海のように深い、
彼の優しい瞳だった。
(終)
Thanks:自慰 様
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