鈴が鳴る刃の先に (BL)

(叢雲×丙)

(明治維新パロ)



凍りつく寒さの中で、僕は手のひらに息を吐く。

ほんの気休めでしかないけれど、それでもこのかじかんだ指先に十分に染み渡っていく。


あれから一年。

この国はせわしなく動いた。


僕みたいな芸子はただ、行き先もわからぬまま時代の流れるまま、どこかに流れ着くのだと、そう思っていた。


そう、彼に──叢雲さまに会うまでは。


「今、なんと…?」


「お前をここから出してやる」


「……御冗談を」


「…俺は本気だ。お前を娶ってやるつってんだ」


叢雲さまは、僕のいた遊郭の常連客だった。

名の知れた武家の後継ぎで、お若いのに剣術、勉学、作法、すべてにおいて長けていた。


僕の初めてのお客様でもあった。

それ以来、彼は僕を繰り返し指名した。

綺麗なお顔立ちをしていて大人の色気を放っていらっしゃるのに、少し強引で我が儘で照れ屋な子供のような一面も持ち合わせる彼に、僕は心酔していた。

僕はこの方に、生涯添い遂げたい。

そう願った矢先だった、こんなことを言われたのは。


「…俺は本気だ。お前を娶ってやるつってんだ」


言い捨てて朱塗りの杯に口をつける彼のお顔が、赤らんで見えたのは、きっとお酒のせいだろう。



あれから、一年。

攘夷派の彼は、たくさんの戦を乗り越えてきた、

僕も共に時代を駆け抜けた。

行き先もわからぬまま時代の流れるまま、どこかに流れ着くのだと、そう思っていた『時代』を。


「丙、」


「!…叢雲さま、おかえりなさいませ」


「馬鹿、この寒い中そのような格好で…風邪を引くぞ。早く中に入れ」


そう言って叢雲さまは僕の肩を抱く。

そんな彼に、僕はちょっと、ほんのちょっとだけ、我が儘を言うことにした。


「少しだけ…このままで、いたいです」


そっと腕にすりよる僕に、

叢雲さまは深い溜め息を一つ。


「…お前はもう少し自分の身体の心配を……」

「お願い致します」


腕に絡めた手に、少しだけ力を入れる。

瞬間、いつものような少し意地悪な笑みと共に頭を撫でる大きな手。


「仕方がないな。ただし、これを羽織るんだ。…風邪など引かれては堪らん」

僕の身体をすっぽりと包む丹前、淡く香る叢雲さまのにおい。

口は厳しいけれど、お優しい叢雲さまが大好きだ、


「ありがとうございます…」


「礼などいらん」


そう言って叢雲さまは僕を引き寄せる。


二人で寄り添って、空から舞い落ちる白を見つめる。


叢雲さまの愛刀が目に入って、近々出される廃刀令を思い出す。

もう、刀を振るう叢雲さまも、あの美しい斬跡も、見ることは叶わないのだ、


「……そろそろ、こいつともおさらばか」


僕の気持ちを知ってか知らずか、叢雲さまは悲しげにわらった


「本当に来てしまうんですね。刀の存在しない世が」


「……ああ」


だが、と叢雲さまは腕に力を込めた。


「お前とこうして共に生き抜いてきた。その事実は変わらない」


「……叢雲さまには、守られてばかりでしたね」


僕の言葉に、叢雲さまはいや、と首を横に振った。


「お前がいなければ、俺はここまで来れなかっただろう。」


「…そんな」


「感謝している」


そして、僕の瞳を真っ直ぐに見据え、


「出逢えて良かった、丙」


とても綺麗なお顔で、笑った。



(終)


なにこれ完全黒歴史だよ

でも昔の作品の中では気に入っている方なので載せてみました。

(中略)

娼婦ならぬ娼夫の集う遊郭で、叢雲は丙を気に入るあまり娶ったという話です

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