敗北 7/12 ~亮太、夜中のコンビニであいつに出会う~

 ランドセルがゴロゴロ音を立てる。中にはスースーが入っている。手に抱いているのは、悠の家に来た最初の日に買ってもらった植木鉢だ。トマトの苗も植わったまま。

 もうかなり長い事歩き続けている。ぐるぐる歩き回って、もう亮太には、自分がどこにいるのか全然分からなかった。

 誰もいない暗い道が怖くて、大通りのコンビニを見つけて一休みする事にした。とは言っても、お金は持っていない。駐車場でしゃがんで、足を休めるだけだ。

 植木鉢を降ろして、靴を脱いだ。足は汗をかいていて、黄色い靴下がぺったりくっついていた。なんだか湯気まで出ている気がする。

「ねぇお前小学生?!」

 女の人の乱暴な声が亮太の心臓を突いた。亮太が顔を向けると、声の主は、クタクタのTシャツにスウェットのズボン、髪は緑と赤のメッシュ入りの金髪ロングで、灰皿の近くにしゃがんでタバコを吸っている。足はサンダルだ。……あれ? この人どこかで……。

「お前さぁ……この前、菅山神社来てたろ。お祭りの日。その後川んとこでも会ったよな。ゴミ共がケンカしてた時、それ見てた奴だよな」

 そうだ。この人は啓一の一件(第五話)で菅山神社に行ったとき、悠にタバコを注意された女子高生だ。

「お前、小学一年か二年だろ。こんな時間にこんなとこで何してんの? ママ心配するよ」

 別に答える必要なんてない。でも、もう悠も詩織もいない。亮太は世界で一人ぼっちだ。何となく、声をかけてくれたこの人なら、気持ちを分かってくれそうな気がする。

「お母さんいないもん」

「えマジ? ……死んだ?」

「分かんない」

「お母さんってどっち? ケンカ強かった奴? それともビビリの細い奴?」

 先が悠、後が詩織の事だろう。

「それ、お母さんじゃない」

「何だそうなの。じゃあいつら何? お母さんの友達?」

「違う」

 女の人はタバコを吸って、吐いて、足元で火を消した。亮太と喋っている間、表情はピクリとも動かない。

「フーッ、よく分かんねえ奴だな」

 コンビニから男が二人出てきた。菅山神社でこの女の人と一緒にいた二人だ。一人は力士のように体が大きく、頭は刈りこんでいる。もう一人は背は悠と同じくらいで、体系は太くも細くもない。髪は金髪で、キノコみたいな形だ。

「おい百合亜、お前が言ってたやつこれか?」

 女の人は百合亜と言うらしい。百合亜は力士風の男が持っていたコンビニの袋をゴソゴソ探った。

「あー、これこれ」

 百合亜は袋の中からガムを取り出すと、ポケットに突っ込んだ。

「ねぇ、お前名前何だっけ?」

「亮太」

「亮太か。来いよ。泊めてやっから」

 百合亜は亮太の前までやって来ると、右手を差し出した。恐ろしくて動けない。力士風の男が不思議そうにこっちを見ている。

「何だよそのガキ」

「知り合いだよ。泊まるとこねんだって」

「泊めんのかよ。どこのガキだよ」

「知らねーよ」

 力士風の男はせせら笑った。

「知り合いじゃねーのかよ。そんな奴泊めんのか」

「おめーらだって似たようなもんだろーがよ」

「分かったよ。好きにしろ」

「おい北斗、お前、先家帰ってエアコンつけとけ。あたし大和と二人で岩本んとこ寄ってっから」

 百合亜がそう言うと、今まで黙っていたキノコの方が「おう」と返事をして歩き出した。どうやらあのキノコが北斗で力士が大和だ。岩本って誰だろう。もっと怖いボスみたいな人かもしれない。

「取りあえず来いよ」

 百合亜は亮太の手をつかむと無理やり引っ張った。

「ん? 何お前、靴脱いでんの? さっさと履けよ」

 怖くて動けなかった次は、怖くて断れなかった。

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