納豆仙人 4/5 ~悠、想像以上に傷つく~

 亮太を寝かしつけた後に悠がまた詩織の部屋に向かうと、音を聞きつけた詩織がすぐにドアを開けて悠を招き入れた。

「どうだった?」

 開口一番に詩織はそうたずねた。

「うん。詩織の言う通り、いじめられてるっぽい」

「やっぱり…」

「私、油断してた。なんか、子ども扱いしちゃってたんだよね。必要以上に」

 詩織はいじめにちゃんと気付いて悠に教えてくれた。何も気づかずボケっとしていた自分とはえらい違いだ。と思っていたが、詩織はこう言った。

「私も。っていうか、私の方がもっと油断してたよきっと。だってさ、私、りょうたが元気ない事に気付いてたのに、お菓子買ってあげて元気になってるの見て『ああよかった』なんてさ」

「そっか…。私達ちょっと甘かったな」

「うん。子供には子供の社会があるからね。大人の社会で起きる事は、子供の社会でも起きるって事なのかも。子供の社会の『嘘つき』が、私達大人の社会で『詐欺師』にあたるとしたら、子供の社会の『いじめてくる子』って、私達にとって何かな?」

 この話は今日の講話の受け売りだ。

「んー……DVとかする奴かな……それかヤクザとかチンピラとか?」

 悠は答えながら香田さんの話ももう一度思い出した。いじめてくる子、というのは、命にかかわるくらい恐ろしいものだ。


「そんな感じだろうね。私も小学生の頃いじめられた事あるけどさ、あの頃学校行くのすごく怖かった。おかしな話だよね。私だってついこの間まで子供だったのにさ、もうその頃の事忘れちゃって、同じ様にいじめられてるりょうたの様子に気付けなかったんだから。」

「あぁ……。私も似たようなことあったけど、そういえばうちのお母さんもおばあちゃんも、私が元気ない時、すぐに気付いてくれたなあ」

「うちのお母さんも。子供って、『可愛い可愛い』って言って見てるだけじゃダメなんだね。しっかり見守っててあげないとさ。それが親なんだよきっと」

「まあ本当のお母さんじゃないもんね。同じようにやろうとしたって無理だよ」

 悠がそう言うと、詩織がそばに置いてあったノートで悠の頭を軽く叩いた。

「そういう考え方しちゃダメ。だってさ、りょうたには今、私達しかいないんだよ? あと一か月くらいなんだからさ、そういう考え方しないでベストを尽くさないと」

「うん……。でも、どうしたらいいかな? 私さっき『いじめる奴なんか私がぶっとばす』って言ったんだけど……」

 詩織は悠に笑いかけた。

「嫌がったでしょ?」

「うん。『そういう事言うから嫌』って言われちゃった。いじめの事もずっと話してくれなかったし。私、信頼されてないって事だよね」

 自分の声で口から出したこの言葉が、悠自身の胸を貫いた。なんだか体が内側から冷たくなっていくようで、また胸が苦しい。

 自分でも、こんなに傷つくとは思っていなかった。だが、亮太の世話をし始めてからもう二か月がたっている。今まで大した問題もなく、悠は「私、やればできるじゃん」なんていう風に図に乗っていた。そんな、勘違いしていた自分、亮太に信じてもらえない自分に傷ついたのだ。

 詩織の声が大きくなった。

「違う。それは違うよ。逆! りょうた、悠の事すごく頼りにしてると思うよ」

 信じられない。悠を慰めるために無理に言っているに決まっている。

「じゃあ、なんであんな事言われちゃったの?」

「りょうたは心の隅で『悠には解決できないかも』って思ってたんだよ。」

 悠は初めからアテにされていなかった。そういう事だ。自分はやっぱりそんな程度の人間。悠は声が震えそうになるのを詩織に悟られないように必死になった。

「だから、やっぱり信頼されてないじゃん」

「違うの! 悠はりょうたにとって一番頼りになる存在だからさ、心の隅でそう思ってても、はっきりさせたくなかった。だからずっと黙ってたんだよきっと。自分が頼りにしている人を失うって事だもん。だからさ、りょうたがそう言ったのはむしろ、悠の事一番頼りにしてる証拠だと思うよきっと」

 失いたくない、頼りになる人。詩織の言葉が、悠の瞳からこぼれない程度の涙を押し出した。

「そっか。確かに、私が小学生をぶっとばすなんて、本当にするわけないもんね。解決できないって証明したようなもんか。……どうしてあげたらいいかな」

 詩織は姿勢を正して力強く言った。

「大丈夫。悠が上手くやれない時は、私が何とかするから。まかせて」

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