街灯の下のヒーロー 3/5 ~神社にて~

 神社にやってくると、すでに人がごった返して大賑わいだった。これはまずい。悠と考えた予定では、もっと早く来て啓一を少し泳がせ、様子を見るはずだったが、これでは取りあえず張り付いているしかない。

 詩織は緊張を悟られないように必死に声色を作って啓一としゃべっていた。

「ねえ啓ちゃん、何かおごってよ」

「何で俺がおごんだよ。詩織がおごれよ」

「えぇ、私お金ないもん」

「俺だってねぇよ!」

 詩織はチラリと悠と亮太の方を見た。悠は亮太に付きっきりだ。この人混みでは無理もない。亮太がどうしてもやりたい風船ヨーヨーが見当たらないらしく、亮太は悠を奥へ奥へと引っ張っていく。

 このままでは詩織は啓一と二人だけで取り残されてしまう。とにかく啓一を悠達が向かった方に誘導しなくては。

「啓ちゃん、奥まで行ってみようよ」

「んー、俺あんま奥まで行きたくねんだよな……」

 おかしなな発言だ。お祭りが目的でわざわざここまで来たはずなのに、奥にある露店や盆踊りのスペースに行きたくないとは一体どういう事だ。

「盆踊りだって向こうだよ? ねえ一旦でいいから行こうよ」

 焦った詩織は、自分が行けば啓一がついてくるはずだと思い、奥に歩き出した。ところが啓一は詩織についていくどころか、こう言い残して踵を返した。

「ごめん詩織。俺友達と約束あるから」

 騒がしい祭りの雑音が一気に遠のいて、詩織の頭の中で啓一の声がこだまのように鳴り響いた。

 飛び出しそうな心臓を胸に押し込み、詩織が振り返った時には、啓一は何メートルも向こうまで行ってしまっていた。

「啓ちゃん、ちょっと待って! ねえ待って!!」

 必死に声を張り上げたが、啓一は振り向きもしない。追いかけようとした時、脇からチンピラのような二人の男が倒れ込むように飛び出てきて、詩織の行く手を阻んだ。

「あっはは! お前馬鹿か! 気ぃつけろ釣り落とすぞ!」

「落とさねえよ、うるっせえな! 二分以内に買ってこいって百合亜に言われたろ!」

 チンピラ二人は周囲の迷惑そうな視線を無視して、人混みの中を自分達のタイミングで好きなように動いている。詩織が「ちょっとすいません」と言いながら何とか二人の間を通り抜けた時には、もう啓一の姿はなかった。


 詩織の頭の中は真っ白になった。どうしたらいいのか分からない。すぐにでも一人で啓一を探すべきか? 一刻を争うかもしれない。だが見つけた時どうするのか。自分一人で何とかできるのか?

 いや、何もできない。


 詩織は境内の奥へと走り出した。必死に人混みをかき分け「いた!」「違った……」を繰り返しながら、頭をあっちへ振りこっちへ振り、悠を探す。



                  *



 悠は、境内の一番奥の盆踊りスペースで、しゃがみこんでいるチンピラらしき三人の前に立って話しかけていた。

 三人のうち二人は男で、刈り込んだ頭にサングラス、ジャージを着た力士並の巨漢と、もう一人はキノコみたいな形に刈った金髪にピアス、黒いポロシャツの中肉中背。

 最後の一人は女の子で、明るい金髪に緑と赤のメッシュを入れて、クタクタのTシャツにダボダボのスウェットのズボンだ。詩織よりさらに小柄で高校生ぐらいの年頃だが、タバコを吸っている。

 悠が話しかけているのはこの子だ。

「君、未成年だよね? タバコ捨てな」

 女の子はしゃがんだまま黙って煙を吐き、タバコをつまんだ手を悠に向けると、パッとタバコを放した。タバコは火が付いたまま、線香花火のように砂利の上に落ちた。

 悠はタバコを目で追った後、軽く女の子を睨み付けた。

「灰皿は?」

 女の子は驚いたような顔をして、悠に向かってくるりと両手を広げて見せた。

「……持ってないって事?」

「あたし未成年。タバコ吸っちゃいけない人だから持ってねーよ。灰皿なんて」

 女の子にそう言われて悠は奥のチンピラ二人に目をやった。

「そっちの二人は?」

 力士風のチンピラが黙って携帯灰皿を取り出した。女の子は差し出された携帯灰皿を一旦見たが、タバコは拾わずに黙って悠の方に再び視線を移した。


 亮太は極限まで張りつめたこの場の緊張感に、身動きが取れなくなってしまった。何かのきっかけで三人がこちらに襲ってきたらどうするのか。ひょっとしたら悠はこの緊張感に気付いていないのかもしれない。

「灰皿あるんじゃん。ほら、拾ってそれに捨てな」

 女の子はまた両手を広げて見せた。

「あたし、みせーねん。タバコ持っちゃいけないの」

 悠はあからさまなため息をついて砂利の上のタバコをつまむと、チンピラが差し出した携帯灰皿に入れた。

 三人とのやり取りが終わり、亮太はひとまずほっとした。だが、もしまた同じような事が起こったら、その時は悠も自分も大変な目にあうかもしれない。悠はきっとそれに気付いていないのだ。分かってもらうにはどうしたらいいだろう。

 亮太がそんな事を考えていると、聞きなじんだ声が後ろから飛び込んできた。

「悠! どうしよう、啓ちゃん行っちゃった!」

 悠はすぐに亮太の手を引っ張って、神社の入口へと走り出した。

「神社出たんだよね?」

「たぶん! 友達と約束あるって言って!」

「友達って誰? 心当たりある?」

「ない! ねえどうしよう! もし……」

「大丈夫! 大丈夫だから!!」

 二人は神社の外に出て、一旦止まった。詩織はどうしたらいいか分からず悠の様子をうかがい、悠の方はさっとあたりを見回して啓一が見当たらない事を確認すると、詩織の方に振り返った。

「私は啓一君、クスリなんかやってないと思う。でも万が一を考えて、まずは取引なんかに使われそうな駅のロッカーとか、裏道とか一通り見に行こう」

 悠は亮太を抱き上げ、詩織の反応を見ずに走り出した。亮太を走らせると足手まといだ。

「ねえ悠、クスリって風邪のやつ?」

「うち帰ったら教えてあげるから」



                  *



 お祭りの最中で、駅周辺はいつもより人が少なかった。ロッカーにはサラリーマンの男性しかおらず、悠と詩織はその後高架下や表通りから見えづらい裏道を覗き込んだり走り抜けたりして探し回った。駅の近くでも街灯が少ない所があり、人影を見かけるたびに二人は目を凝らしたが、結局啓一は見つからなかった。

 二人は駅の改札前で息を切らしながら話し合った。

「啓一君いなかったね」

「うん、どこにもいなかった……どうしよう……何でいないの……?」

「違うって!」

 悠の声はかなり強く、鋭い。詩織はびっくりして固まった。

「いなくてよかったんだよ! 私確信した。啓一君、クスリなんかやってない。私、どこに行ったか心当たりあるから、行こう。ついてきて!」

 悠はまた走り出し、詩織も後に続いた。

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