できない代わりに 5/8 ~遊びまくる!でも、あれ?~

 公園に着くと、芝生の広場で亮太と翔聖君、蜂谷さんの三人はキャッチボールをしていた。

 亮太が思い切り力んで「ふんっ!」と投げる。そのボールが蜂谷さんの四歩くらい手前に、「へちょり」と落ちる。

 蜂谷さんが拾って、翔聖君に「ほいっ」と投げる。そのボールが翔聖君のグローブに「すぽん」とおさまる。

 翔聖君が「キュッ!」と投げる。そのボールが亮太のグローブの中央に「バシン!」と突っ込む。その繰り返しだ。

「上手いね翔聖君!」

 悠が後ろから声をかけると、翔聖君は得意げに腕を振りながら、ぐるっと振り返った。

「おれ土曜日いつもお父さんと練習してるから」

 蜂谷さんも二人に気付き、投げようとしたボールをグローブにおさめた。

「お二人とも結局来られたんですね。垣沼さん、もう平気ですか?」

「はい。ご心配かけました」

「ねえ詩織、向こうのベンチでもう少し休んでたら?」

 蜂谷さんがグローブを外して二人の所に歩いてきた。

「そろそろキャッチボールは終わりにしようと思ってたんですよ。ちょうどいいからみんなで少し休憩しましょう」



                  *



 ベンチは木陰だが、もう日が昇っていてムシムシと暑い。翔聖君と亮太はオレンジジュースを飲み干してしまっていたので、悠と詩織が買ってきたスポーツドリンクを紙コップについで飲ませてやった。二人とも汗だくだ。

 悠は左脇に座っている翔聖君にはずんだ声で話しかけた。

「翔聖君、投げるのすごく上手かったよね。夢は野球選手?」

 すると、翔聖君から意外な答えが返ってきた。

「ううん。外務大臣」

「外務大臣?!」

「うん。おれ英語いっぱい話していろんな国行きたいから」

 イカしてる……と言ってもいいかもしれない。小学一年生で外務大臣なんて知っている所は、イカしてるというかすごい。

「おれも!」

 亮太が蜂谷さんの向こうから声を上げた。


―― こいつ、絶対外務大臣なんて知らないくせに。


「すごいね。ねぇ翔聖君、土曜日いつもお父さんとキャッチボールしてるの?」

「うん。それかサッカー」

「毎週必ずやってるよな。小学生になってから」

 蜂谷さんが翔聖君の背中を軽く叩いた。

「だからあんなに上手いんだ。ねぇりょうた、私達も毎週やる? ひょっとしたら翔聖君みたいに上手くなれるかもよ」

 亮太はぶっきらぼうに「うん」と言うと、詩織が膝にのせている、コンビニのレジ袋をごそごそと探り始めた。

「食べ物の方が気になるみたい」

 悠はそう言って蜂谷さんと笑顔を交わした。



                  *



 休憩が終わった後はアスレチックだ。斜めにかけられた網を悠がホイホイと登ってお手本を見せると、翔聖君が後に続いた。悠のお手本に忠実に、軽々と登って行く。

「上手い上手い! さすがだね!」

「おれ他のとこのアスレチックもやった事あるから。それはこれよりもっと大きかったから。超簡単」

 悠に褒めてもらって翔聖君はほくほくだ。片や亮太の方はというと、何度も足を縄に取られながらながら登って行く。

「だめだよりょうた、急がないの。翔聖君の登り方見てたでしょ? きちんと丁寧に一歩ずつ登りな!」

 三人がアスレチックに取り組んでいる間、蜂谷さんと詩織は少し後ろからゆっくり追いかけながらお喋りをしていた。

「今は木村さんと垣沼さんで、亮太君の面倒見てるんですか?」

「はい。おもに彼女の方が見てます。りょうたが暮らしてるのも彼女の家ですし」

「浦浜さんと同じアパートなんですよね」

「そうです。彼女も私も」

「短い期間とはいえ大変でしょ? 俺は女房と離婚する前は、仕事から帰った夜と週末だけ翔聖の面倒見てて、正直、俺なら子育てなんて楽勝だと思ってたんですよ。本当に愚かでしたよ。一人になるともう大変で。学校の事から習い事、着る物食べる物……いかに自分が子供の世話をしていなかったか思い知りましたよ」

「私は、どっちかっていうとその時の蜂谷さんの状況に近いかもしれないです。彼女の方が基本的な世話して、私は遊んでやったりちょっと勉強見てやったりするだけで」

「俺は勉強も見てやってなかったなあ」

「でも、お仕事されてると大変ですよね。だって……あっ危ない!!」

 詩織の目の前で、亮太が足を踏み外してつり橋から落っこちそうになった。

「りょうた! さっきから何度も急ぐなって言ってんじゃん! せっかく楽しく遊びに来たのに、怪我したら台無しだよ!」

 渡った先で待っている悠が大きい声で叱りつけた。結構イライラしているらしく、表情も険しい。

 亮太は体勢を立て直すと、ゆっくり悠と翔聖君のところまで渡って行った。

 詩織はゆっくり深呼吸して息を整えた。

「あーびっくりした……」

「木村さんは、結構しっかり厳しいですね。亮太君のお母さんとはちょっと違うタイプですよ」

 亮太のお母さんの話が出てきた。これは聞いておかねば! と詩織が思ったのは、単なる野次馬根性からだ。だからお母さんがどんな人かより、蜂谷さんとの関係は?!

「そうなんですか? 私、お顔を拝見した事はあるんですけど、どんな方かはよく知らないんですよね」

「木村さんとちょうど反対って感じですよ。声も喋り方も静かで穏やかで、今みたいな場合だったら、まず亮太君の怪我の確認に飛んでくると思いますよ。俺とも反対だな。俺もどっちかっていうと木村さんタイプなんですよ」

「へえ、以前にも今日みたいに、どこかに遊びに行ったりってあったんですか?」

「そうですね……」

 話が止まった。怪しい。

「蜂谷さんは、以前から保護者会とかもお父様が行かれてたんですか? りょうたのお母さんと会ったきっかけとかって……」

「保護者会は女房が行ってましたよ。離婚して俺が行くようになって……あの、もう正直に白状しますよ。俺は、亮太君のお母さんのみやこさんに……まあ、気があるんですよ」

 詩織に嬉しい衝撃が走った。


―― うわあぁっ! きたーーーっ!!


「お二人の歳なら、何となく気付かれちゃうだろうなって思ってましたよ。木村さんに手紙読まれちゃったのはもう、恥ずかしかったですよ。都さんはまだしも、俺の方も離婚してるなんて知らないだろうから、不倫だと思われないかって」

「やっぱりそうだったんですね。あの、こんな事聞くのもなんですけど……脈、あるんですか?」

「うーん、多少あると思いますよ。誘いを断られた事ないですし」

「えーいいですね! 大人になってもそんなドラマがあるって素敵だと思います」

 蜂谷さんは軽く笑って「そうですね」と詩織に返事をした。



                  *



 アスレチックを完全制覇した後は、翔聖君の要望でサッカーを始めた。もう遊び始めて一時間以上経っている。翔聖君も亮太も、よくまあこんなに体を動かして遊べるものだ。

 詩織は当然、体力的に付き合えないので、ベンチで見守っていた。


 翔聖君と悠チーム対亮太と蜂谷さんチームだ。悠は小学生の頃、男の子達と休み時間にサッカーをやっていた。昔取った杵柄という事で、軽々とボールを操って蜂谷さんと亮太の間を縫うように進んでいく。

「翔聖君ほら!」

 悠が放ったパスを翔聖君が受け取ったところに、亮太が突進していく。

「よし亮太君行け!」

 蜂谷さんの応援で亮太は翔聖君のキープしてるボールめがけて勢いよく足を振った。だが、翔聖君はそれをあっさりとかわしてシュートを放った。ボールは真っ直ぐ転がり、リュックを置いて作ったゴールを通り抜けて行った。

「上手い! 翔聖君すごいね」

 悠は翔聖君とハイタッチを交わし、転がっていったボールを取りに走っていく。


 それを見ている詩織はちょっと不安になっていた。公園に来てから悠の行動言動は、少々デリカシーがない。

「亮太君いいよいいよ! その調子!」

 亮太がドリブルをしながらゴールに向かって行く。ぎこちないが必死だ。ところが、ゴール直前で悠がほいっと亮太のボールを取り上げた。亮太が取り返そうとすると悠はまたほいほいっと亮太をかわし、取り返されないようパスしてしまった。

「翔聖君ほらパス!」

 ボールを受け取った翔聖君を追って、悠が走り出そうとすると、亮太は思い切り悠を突き飛ばした。「うわわっ!」と悠がよろけたところを亮太はもう一度突き飛ばし、脚を「バチッ!」という音が響くほど、拳で思い切り殴りつけた。

「いった! ちょっと何!!」

 ついにこうなった! 詩織はグローブとボールを持ってかけよった。

「りょうた、ちょっと疲れちゃったよねきっと。私と一緒にあっちで少し休もうか。悠達はさ、これでキャッチボールしてたら?」

 悠は二人を無言で見送りながら、わけが分からずぽかんとしていた。

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