優しい完全犯罪(にごたんGW)
お題【相転移】【不特定多数】【旗上げゲーム】
夏の昼下がり。俺、川崎宗弘は先方と打ち合わせをさぼって、さびれたバッティングセンターに来ていた。ふだんならこんなことはしない。むしゃくしゃしてやった。反省はしているが、後悔はしてない。
ピッチングマシーンから放たれた球を、センター方向へ返していく。自慢じゃないが中学の頃は、野球部で4番を任されていたこともある。まぁ、過去の話だ。さびれて誰もいないので、何打席でも同じ場所に留まり続けた。
快音を響かせ、最後の一球を打ち終えた俺は、ボールを拾ってはピッチングマシンに投げ返しを繰り返していた。
すると、ある一球を拾おうとすると同時に、自分以外の手がそのボールに向かっていた。当然、手が触れ合う。他にも客がいたのか。右打席からだったから見えなかったんだな。
そう思いながら顔を上げると、スーツ姿のきれいな女性がいた。
「すみません」
「いえ、こちらこそ」
こんなことってあり得るのか?
不特定多数の中、このボールを選んで、さらに、こんなきれいな女性と手が触れるなんて。
しかも、俺は気まぐれでこのバッティングセンターに立ち寄ったのだ。すごい確率だ、もはや運命だと言っていい。
決めた。この人をお茶に誘おう。もう30手前だ、そろそろ身を固めないと両親がうるさい。会社?そんなもん知るか、この女性は未来の奥さんになるお方(かもしれないん)だぞ。いいか、慎重に話し掛けるんだぞ。
「よくここにいらっしゃるんですか?」
「いえ、たまたまです。先方との打ち合わせがあったのですが、さぼっちゃいました。魔が差したってやつです」
まじかよ、俺と状況一緒じゃねぇか。ますます運命の女性かもしれん。
「偶然ですね、僕もなんですよ」
「そうなんですか?もしかして、私の先方だったりしませんよね?」
フフッと笑う彼女。超かわいい。
「まっさか。そんなことあるわけないですよ。ちなみに僕は○○商事です。あなたは?」
女性の笑顔が急に曇り、そして顔を伏せたかと思うと申し訳なさそうに答えた。
「私、△△社です。」
「え?」
△△社は俺が打ち合わせに行くはずだった先方の名前だった。
「・・・・」
「・・・・」
運命の相手だと思ってたら、共犯者でした。てへぺろりんこ
「ちょっと休憩してお話しませんか?」
「奇遇ですね、僕もそうしたいと思ってたんですよ」
運命というより神の悪戯?
ボールをすべて戻し終えた俺たちは、屋内に戻った。それぞれ缶コーヒーを買い、椅子に座る。運動で流した汗を、冷房で爽快に気化させるはずだった。しかし、現状は冷汗はだらだらと溢れてきて寒さで凍りそうだった。沈黙が続く。
「とりあえず、名刺交換しときます?」
「あ、はい」
とりあえず、形式的に名刺交換を終わらせた。彼女の名前は本多 優美さんである。
・・・こんな形で知りたくなかったかなー。
「なんならここで打ち合わせします?」
重い雰囲気を紛らわせたいのか、本多さんが明るい調子で聞いてくる。
「正直、今日はそんな気分じゃないかなって感じです」
「ですよねー」
また沈黙が二人に重くのしかかる。
「良い事思いつきました。適当に時間つぶしてアリバイ作ります?」
俺は本多さんに提案する。俺たちは共犯者。互いが互いの会社に自分の犯行がばれたらいけない。
てか、思いついたのは良いことじゃねぇな。自分たちに都合が良い事だよな、これ。
「でも、このままだと会社に・・・」
「本多さん、僕たちはもう共犯者です。いいですか?ばれたら大変ですけど、ばれなかったら、何もないんですよ?」
俺の悪魔の囁きに、頭を抱える本多さん。
意を決したのか、
「分かりました。ぜひ完全犯罪を成し遂げましょう」
「本多さん、お主も悪よのぉ」
「川崎さんこそ」
二人で悪い顔で笑った。同じタイミングでさぼるくらいだ。息もぴったりだ。
「こんなに取引うまくいったの初めてですよ」
「私もです。しかもこんなあくどい取引で・・・」
俺と本多さんは熱い握手をし、完全犯罪を成し遂げることを誓った。
それから俺たちはアーケードゲームに向かった。
「エースフラッグだ、懐かしい」
「本多さんもやったことあるんですか?」
「えぇ。小さいころ弟と一緒に」
『エースフラッグ』、上下2方向レバー2本を使った対戦型旗上げゲーム。俺が生まれる前からあるゲームだ。対戦相手の心理を読み、いかに相手のミスを誘うかが求められる。
「やりますか?川崎さん」
「いいですよ、本多さん。僕これ結構強いですよ」
「私だって、結構やりますよ?」
それから俺たちは、大人であること、そして仕事さぼっていることを忘れてゲームに熱中した。
§§§
本来、打ち合わせの後直帰だったので、近くの本多さんと近くの居酒屋に入った。
「川崎さん、中々手強かったですね」
「本多さんこそ。あそこまで白熱した戦いは久々でした」
それから俺は、本多さんと自分の過去の話を肴にさんざん酒を煽った。
翌日、二人とも二日酔いで遅刻して怒られた。
時々そんな昔話をしながら俺は、共犯者の奥さんとエースフラッグで対戦している。
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