にごたん短編集

クラタムロヤ

文系のワタシと理系のコイツ(第三回にごたん)

 お題【ピタゴラスの】【砂糖菓子】【必要な犠牲】



 やわらかい夕方の光が差し込む春。

 自宅で部屋の主なのに、バッチリおしゃれをしてメイクまでしている可愛い女子高生と、可もなく不可もなくといった格好をした、冴えない眼鏡の男子大学生がいた。


「あぁもう無理ー分かんないです先生」

 ペンを起き床に体を預け、駄々をこねているの女子高生はワタシ。今年受験を控えた高校3年の文系女子、文(あや)です。


「分かんない訳ないだろうが、教科書レベルだこんなんもんは!!こういうのは『分からない』じゃなくて『忘れた』って言うんだ」

 そして、そんな文に檄を飛ばしているコイツが数也(かずや)。数学を専攻している大学2年の理系男子。


「そんな事言ったって、こんな言葉がワタシの脳に収まってたとは思えないんですけど?なんですか『ピタゴラスの定理』って!!教育テレビにある身近な物で作るからくり装置か何かですか!?」


「あぁ、ピタゴラスイッチな。専門外だが物理の観点から見れば、なんとも素晴らしいな。位置エネルギー、運動エネルギー、二つを合わせた力学的エネルギーのバランスが絶妙だ」


「物理が素晴らしいとか頭おかしいですよ。友達に教科書見せて貰ったけど、魔道書かと思いましたもん」


 この通り、がっつり文系女子とがっつり理系男子なので相容れないのはお約束だ。


「いいからやるぞ。雑談ばっかりだとお金を頂いてる身としては申し訳ないからな」


「そういうとこきっちりしてますよね、先生って。別にいいじゃないですか、ちょっとぐらい。先生は可愛い女子高生と2人っきりで、お菓子食べながらお話して色々教えてあげるだけでお金まで貰えるんですよ?」


「誤解される言い方やめろ。あと自分でかわいいとかいうな。」


「だって結構ワタシモテますよ?この前だって違う組の男子に告白ましたし」


 小悪魔的な笑顔でワタシはコイツに笑いかけるが、当の数也は興味なさげにふーんと返事をしただけだった。


「再開すんぞ。ピタゴラスの定理は直角三角形があるときな…」


(ちょっとぐらい慌てればいいのに。数学し過ぎて感情抜け落ちてんじゃないの?)

 面白くないと思いながらワタシは、コイツの顔を話を聞き流しながら見ていた。

(ちゃんとすれば悪くない顔なのにな)


「おい聞いてんのか?」

「聞いてます、聞いてます三角筋が重要なんでしょ」

「誰がいつ筋肉の話したってんだよ」


 §§§

 アイツが家庭教師をする時は、1時間勉強をやれば必ず15分休憩をとる。そして、必ずお菓子を食べ、コーヒーを飲む。これは数也の提案でなんでも、科学的に有効なんだとか。


「そういえば今日も、お店で良いものを見つけてな。お前にやる」

「そんな別に毎回毎回いいですよー(棒読み」

 プレゼントだなんてコイツも結構やるじゃん。そう思ってた頃が私にもあった。


 しかし、コイツはプレゼントのセンスが皆無。この前なんか、『サルにも分かる高校数学』という参考書を頂いた。遠まわしにワタシは猿レベルと思われているのか、と腹が立ち思わずウキーッと言ってしまったことは記憶に新しい。


「気にすんなってお前にあげたいと思って買ったんだ。ほれ」


 そう言ってアイツがバッグから取り出し、私に渡したのは少し紫の入った白い塊がごろごろ入った透明の袋だった。


「なんですか?コレ」

「ブドウ糖」

「イヤだから、なんですかコレ!!」

「C6H12O6」

「化学式で言われましても!!」

「勉強すると脳はブドウ糖を欲するからな。効率的に吸収できるように、塊で持ってきた」


「もっと他にあるでしょ!!デパ地下のシュークリームとか、駅前のケーキ屋のショートケーキとか!!こんなのただの砂糖菓子じゃないですか!?どこでこんなの手に入るんですか!?」

「ドラッグストア」

「ドラッグストア!?」

 私の事を考えてくれてるのは嬉しいんだけどイマイチ嬉しくない。


「ところでお前、この前は模試だっただろ?もう結果返ってきてんのか?」

「返ってきたような、きてないような」

「きたんだな。見せろ」


 ワタシは渋々学生カバンの中のクリアファイルから、模試の結果が載っている紙を出してアイツに渡した。


「数学は…たったの50点って…」

「この前よりか10点上がったじゃないですか!!驚きの成果でしょ?」

「あんなに教えて10点しか上がらないのが驚きだよ。他の科目はまぁまぁなのに」

 ブツブツ言いながら結果の紙を眺めるアイツを、ワタシはバツが悪いので俯きながらちらちらと見てた。


「あれ?第一志望校、うちの大学だったっけ?」

「先生の大学の話聞いてたら行きたくなっちゃって…面白い人いっぱいいるんでしょ?」

「まぁそれはそうだが、特に数学科が奇人変人集団なだけだ。まぁ、俺もその1人かと思うと癪だがな。楽しいっちゃ楽しいぞ、うちは」

 大学での出来事を思い出したのか、ふとアイツは優しく笑った。そう、ワタシは余り見せないコイツの、この笑顔にやられてしまったのだ。だから、この人と同じ大学に行きたい、とワタシは思ったのだ。


「文学部は前の志望校よりちょっとレベル高いけど、大丈夫なのか?数学が足引っ張りまくりだけど」

「それを受からせるのが先生の役目でしょ?」

「そうだな、任されたからにはきっちりお前をうちの大学に受からせてやる。お前を大学で見るなんてごめんだけどな、公私混同はできん」

「なんてこというんですか!!」

「冗談だって。ばったり会ったら昼飯でも奢ってやるよ」


 そういってアイツはまた優しく笑った。ずるい、コレも計算の内かと思うぐらいにワタシはこの笑顔にやられている。絶対にアイツと同じ大学に受かって見返してやる。なんならそのまま告白でもしてやる。流石にそこまではコイツも計算外だろう。


 そう考えたら友達との遊びの約束とか、高校最後の青春なんてのは必要な犠牲どころか、そんな犠牲はワタシにとって痛くも痒くもないのだ。


「よしじゃあ再開するか」

「はい!!」

 待ってろよ?ワタシの薔薇色の青春!!こんな灰色の受験勉強生活なんかちょちょいとクリアして、とっととおさらばしてやる。


「おい!!またここ間違ってんぞ!!」

「やっぱムリー全然分かんないー」

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