第7話 僕と君
―夢を見ていた。
真っ暗な部屋の一室。僕は恐らく、その光景を上から見ているのだろう。
部屋は汚く、見たこともない様々な物が散らばっている。
乱雑に置かれた衣類は見たことも無い変わったデザイン。床に散らばる本には、人を模した物なのか、美少女のような絵が描かれている。まるで絵本の表紙を思い起こさせるが、描かれている女性たちは皆一様に奇抜な格好だ。
そんな変わった不思議な部屋。一つの影が
僕と同じ黒髪の男。
その男が頭から毛布を被り、何か光る箱に向き合い、生気の無い眼差しでひたすら手元の道具を押し続けている。その道具は押すたびにカチカチと、小気味良い音を立てる。
まるで光る箱はその道具に反応するかのように、変わった文字を次々羅列していく。見たこと無い不思議で複雑な文字。でも次第にその文字の意味が理解ってくる。
「痛ッ―」
不意に頭に痛みが走る。その痛みに顔を歪めていると、毛布の男が急に立ち上がった。
その毛布が床に落ちたことで、はっきりとする男の顔。目の下にはまるで何日も寝ていないような異常な隈。そしてすべてを諦めて、何もかも絶望したようなひどい顔だ。
だけどなんだろう?この懐かしさは?
黒髪の男の顔を見ていると懐かしさ、哀しさ、色んな感情が相まって、胸が詰まりそうになる。
その男は僕の眼前まで迫ってくる。気味が悪い薄氷のような笑みを浮かべて。
「……やぁ、ようやく会えたね、僕」
その言葉で体中に衝撃が走った。まるで頭に雷が直撃したかのように痺れる。
同時に目の裏に沸々と蘇ってくる数々の記憶の波。迫り来る記憶の奔流に呑まれ、僕の頭の処理能力は追いつかない。だけど理解る、理解って来た。
そう、この部屋にある見慣れない全ての物の名前だって。そうだ、これは前世だった僕の―。
「何をそんなに驚いているんだい?」
「そんな。ま、まさか、君は僕、なの……?」
「そっか、そっか。ようやく思い出してくれたんだね。嬉しいよ」
黒髪の男は、その薄氷の笑みをより細めて笑う。
「そうだよ、君は僕で、僕は君だ。全てに絶望し、投げ出しそして僕は……」
僕の喉が鳴る。黒髪の男から目を逸らしてしまう。その先は聞かないでも理解ってしまうから……。
「……ごめん。君のこと忘れちゃってたね」
「いいんだよ。そっちの方が君にとっても、僕にとっても幸せだっただろうし。それよりも……」
―悔しくない?
彼の言葉が僕の心に鐘の音のように響く。
「あいつら、君の大切なもの奪って、壊してさ。むかつくよね?ふざけんなって思うよね?」
「……それは、思うけど」
僕は下を向き、俯き頷く。
「だったら、もっと強くならないと。大切なモノを守るって誓ったんでしょ?」
「……でも僕は、昔から弱くて、惨めで、何をやっても駄目で」
黒髪の男は心底がっかりしたように、はぁっ、と溜息をつくと、その場に乱暴に腰を下ろした。
「……君は本当に何も変わってないね。最低な気分だよ。予想はしていたけれど、ここまで変わっていないなんてさ」
僕は何も答えられなかった。だって彼が言っていることが、正しいから。昔から何も成長していない現在の僕に、彼の思いは痛いほど理解ってしまうから。
「それじゃ僕がこの世界で命を捨てた意味も無いんだね。君はまた、そっちの世界でも同じことを繰り返して失敗して、そして……」
「嫌だ!それだけは、絶対に!!」
叫び声と共に僕の身体が小刻みに揺れ動く。鮮烈に甦るあの日の記憶。そう、この黒髪の男が死んだあの日のことを……。
彼はそんな僕を見て、半ば投げやり気味にその肩を竦める。
「……仕方がないなぁ。それじゃ、僕が女神様から貰った『贈り物』を君にあげるとするよ。どうせ僕にはもう必要ないし」
「えっ?なに、言ってるの……?」
頭が理解できなかった。女神様から貰った?一体何の話をしているの?
「僕が君になる前の話しさ。まあ君は何もわからないだろうから、気にしなくていいよ。とりあえず、この『
「
「おっ、察しがいいね。さすが腐っても僕だ」
半笑いを浮かべ、瞳孔の開いた眼で向けてくる眼差しは気味が悪い。何を考えてるのか、全く読めない。僕には彼がとても恐ろしく感じられた。
「……いらない。それじゃ、まるで僕があいつらと一緒じゃないか」
「……はぁ、君ってほんとに大馬鹿だね。奪われたくないのなら奪うしかないだろ。ずっと君は搾取される側で散々酷いめに会ってきたじゃないか!!」
「それは、そうかもしれないけど……」
「それに違うよ。君は勘違いしてる。簒奪と言っても奪うのは、お金や物じゃない。純粋な力さ」
「……ちから?」
「そう、力さ。まあ戻ってみれば、すぐに理解ることさ。もう君にあげちゃったからね」
「ちょっと、それって……」
その言葉の途中、僕の身体は突然に、ふわりと浮いていく。僕の意識が彼から遠ざかる。いやその暗い部屋全てから遠ざかっていく。
「……もう時間だね。ほら、行きなよ。君の大切なお嬢様方が心配して待ってるよ?」
「ま、待って。君は、君は何で、ここに……!?」
「……君が心配だからずっと待ってたんだよ、女神様に頼んでね。それに一つだけ女神様から貰った『贈り物』も渡しそびれてたし」
「な、なにそれ?何言ってるか理解んないよ!?」
「いいんだよ。理解らなくてもさ」
彼は面倒くさそうにその黒髪を乱暴に掻いた。
「ただ一つ、約束して欲しい。今度こそ絶対に強くなるって、そしてお嬢様方を必ず守るって。僕にも誓って欲しい」
彼の言ってることはよく理解できなかった。でも彼が僕の前世だってことは間違いない。あの苦しみと悲しみと後悔に満ちた日々の―。
「……誓うよ。君の分まで強くなるって、守ってみせるって誓うよ!!」
「あぁ、ようやく聴けたよ。これでもう僕は……」
その顔からは薄氷のような笑みは消え、何よりも満足そうな安堵の表情を浮かべ、彼は僕に手を振った。
眩しく、目がくらむような光が全てを支配しようとする狭間で彼は確かに言った。「……今度は生きて」と。
同時に僕の意識は一気に覚醒へと向かった―。
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