第8話 答えなんていらない

 ぼんやりと浮つく意識。僕は必死にその意識を手繰り寄せた。


「うっ、ここは……?」


 視線の先に広がるのは地面。その地面に何やら散らばった白い塊が見える。あれは何だろう?

 どこかで見たことあるような―。


「……せっ、けん?そうだ!!僕は……!?」


 同時に急いで立ち上がろうとした僕にそれは容赦なく襲ってきた。

 全身のあらゆる箇所から走る鈍い痛み。そうだ、あの盗賊団に囲まれて殴られ蹴られた痛みだ。


 いつ以来だろう。これだけの暴力を振るわれたのは……。

 あの日ルーシェ様に出会って拾われた時以来かな。ふと記憶にあるルーシェ様のあの時の笑顔が蘇った。


「……帰らなくちゃ、ルーシェ様たちが待ってる」


 辺りは誰もいなくなっていた。廃れた住宅街は静まり返っている。

 僕はふらつきながらも何とか立ち上がる。その激痛に顔を歪めながら。


 僕の持ち物はほとんど無くなっていた。腰にあった古びたショートソード、薄汚れたベージュの肩掛け鞄。昨日と今日の稼ぎ分の銅貨。しっかりと全部盗られた。


「石鹸、洗えば破片でも、使えるよね……?」


 誰もいない路地裏でぽつりと声を漏らした。痛む身体に鞭を打ち、破片を必死に集める。ルーシェ様に綺麗な石鹸で渡したかったけど、それはもう叶わない。もう叶うことはないんだ。


 一つ、また一つ手に取る。


 最後の一つに手をかけた時―



「くっそおおおおおおおおおおおォォォォォォ!!!!」


 その感情は爆発した。

 僕は叫んだ。その胸の内を吐露するかのように、叫ばずにはいられなかった。


 なぜ前世でも、この世界でもこんな理不尽なめにばかり合わなければならない?

 僕が何をしたって謂うんだ?何を間違ったって謂うんだ?彼が言ってた女神様がいるというのなら、教えてくれ。教えてくれよ!?


 だが神様は何も答えない。

 昔からそうだ、知ってた。僕は神様に答えて貰ったことなんて一度もない。何度も祈ったって、何度も願ったって何もしてくれない。


(……それなら、それなら僕は!)


 悔しさと自分の無力さに打ちひしがれる僕に彼の言葉が蘇る。



『―奪われたくないのなら奪うしかないだろ』



 地面の砂ごと最後の一欠片の石鹸を砕けるほど強く強く握りしめる。


 だがその時、僕は違和感に気づいた。


 石鹸を握りしめる左手の手の甲。そう、ここには奴隷印がある。複雑な幾何学模様きかがくもようの浮かぶ、その奴隷印が淡白く光っているのだ。


「……奴隷印が、光ってる?なんで?」


 同時に僕の視界の隅に何かがちらつく。気になって仕方がない。


 そこに視線と意識を傾けると、メニュー欄のようなものが開いた。

 頭が混乱する。訳がわからない。まるで前世でやっていたゲームの画面の様なものだ。そこには『ステイタス』という項目だけがある。


 僕は怖ず怖ずとその項目に意識を向ける。


 すると僕の視界の片隅にそれは拡がった。 



名前:ユウリ・キリサキ 男 十六歳


 ランク:H

 クラス:奴隷

 レベル:1

 経験値:3560/5000

 LP:35/85 

 MP:10/10 

 筋力:G+(40)

 耐久:F-(50) 

 敏捷:G (25)

 器用:G+(32)

 魔力:H (5)

 スキル:剣術Lv1 

 権能:簒奪

 称号:奴隷、簒奪する者



「こ、これって?」


 そこには文字通り僕の『ステイタス』であろう情報が表示されていた。

 前世の記憶がある今の僕には、何となくだがその数値が何を示しているのか、ある程度は予測できる。予測できるが、にわかには信じられない不思議な感覚。


 伊達にゲーム好きの前世を歩んでいないが、実際に現実がゲームのような設定と混同する今の状況を、すぐに飲み砕くのは難しかった。


 改めて『ステイタス』を見る。


 気になる箇所があった。権能と称号。この部分に明らかな引っかかる言葉がある。


 権能の『簒奪』。これは彼が言っていた女神様からの『贈り物』だと思う。しかしどういった物なのか、何かしらの使い方があるのか、さっぱりだ。そもそも権能の意味すらわからない。


 称号にある『簒奪する者』はそのままの意味合いで良いのだろうけど……。


 ああ、頭がくらくらしてきた。怪我を負って、血を流した後に、こんなに思考を巡らせるもんじゃない。


 僕は大きく一息つく。そしてくらむ頭が回復するのを待った。


 冷静になってもう一度思考する。

 何でこんなゲームのような『ステイタス』が表示されたのか理解らないが、彼が言ってた『贈り物』が関係しているのだろうか?だけどそれ以外考えられない。他には思い当たることがない。


 もっとちゃんと説明してくれたなら良かったのに。

 これじゃ理解んないよ、と僕の中にいるのか、もういないのか、定かでない彼に少し文句を言う。


 別れ際に何よりも満足気な顔を浮かべていた彼。あの顔を見る限りきっと、もう……。 



 ウオオオォォォン―


 遠くから聴こえる獣の咆声。僕の思考はそこで停止させられた。

 辺りは既に暗く、闇に染まってきている。夜のダンジョン街は増々危険だ。安全な地区以外は夜間の外出は控えたほうが良い。


 僕は一旦『ステイタス』のことを考えるのは止めた。そしてゆっくりと歩き出す。


「……帰らなくちゃ」


 痛む身体に、歯を食い縛り、お嬢様方が待つ我が家へと足を向けた。

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