第5話 お嬢様に買ってあげたい

 ―あれから数時間、休憩を挟みながらグリーンラビッドを狩り続けた。

 ようやく彼らの動きを掴めるようになってきた僕は、新記録の五体まで狩れた。


 ワイルドボアが一匹にグリーンラビッドが五体。ワイルドボアの牙と魔石はグリーンラビッドよりも、高く売れるだろうし、これはもしや初黒字!?


 僕はお嬢様方の喜ぶ顔を思い浮かべて、思わずにやけてしまった。

 この調子でもっと魔物狩りに慣れていけば、お嬢様方に栄養のある、美味しい食事だってさせてあげられるかもしれない。


「よしっ!もう一頑張りしよう」


 その後も喜ぶお嬢様方を想像しながら、グリーンラビッドを狩ることにした。



 空腹に喘ぐ胃袋がその低い唸り声を上げる。更に三匹のグリーンラビッドを狩れた。今日は大量だ。いつも二、三匹しか狩れないのに今日だけでいつもの三日分。これなら確実に黒字だ。


 貯蓄ができる。

 でも、ふと頭にルーシェ様のことがよぎった。

 ルーシェ様が前々から欲しがっていた石鹸。生活必需品では無いことから、アリシア様に贅沢品とみなされ買われることの無かった物だ。


 僕は悩んだ。高級品じゃなく、一番安い石鹸を買えば何とか黒字を保てるかもしれない。


 目に浮かぶルーシェ様の姿。石鹸に頬擦りしながら、僕に投げかけてくるお褒めの言葉。気が付くと僕は既に走りだしていた。


 買おう。ルーシェ様は大の綺麗好きだ。それに僕は良いが、主人であるお嬢様方にはいつも小奇麗でいてもらいたい。そう願うのは、奴隷として当たり前のことだった。



 僕は換金のために、冒険者ギルドへと向かう。朝とは違い、冒険者のパーティが列を作っている。その視線にたった一人の僕は怯えながらも、列の一番後ろに並んだ。


 順番が来るまで待つことしか出来ない僕は、ふと周りを見渡す。

 冒険者は皆、それなりのいい装備を身に着けている。高そうな剣、艶のある鎧、立派なマント。まるで騎士様のような出で立ちだ。


 僕はというと、古びたショートソード、汚れかけの執事服に、肩掛け鞄。


 自分で言うのも何だが、冒険者とはとても思えない出で立ちだ。お金ができたら装備の見直しも考えるべきだろうけど、今はお嬢様方を食べさせるのが再優先だ。



「次の方、どうぞ」


 受付の職員のお姉さんの声がした。


「すみません、これお願いします」


 僕はそう言って魔石と、魔物の素材を出した。


「魔石が九個に、ワイルドボアの牙が一つ、グリーンラビッドの毛皮が八つですね」


「はいっ!」


 僕は少し高ぶる鼓動を感じながら言葉を返した。


「あら?お客様、運が良いですね。今日はワイルドボアの素材値上がりしてますよ」


「へっ?そ、そうなんですか?」


 これはもしかしたら期待が持てるかもしれない。少しでも高いといいなぁ……。

 お姉さんは僕の持ち込んだ魔石、素材とにらめっこをしながら、うんうんと唸っている。ややあって、結果が出たようだ。


「全部で四千ガルドになりますが、よろしいですか?」 


「も、もちろんです!ありがとうございます!」


 予想外の値段に僕は逆にお礼を言ってしまった。

 僕の期待以上だ。今日の食費を考えても二千ガルドの黒字。明日の分の食費すらまかなえる。


 お姉さんから銅貨四十枚受け取ると、僕は大事にしまい、喜び勇んで冒険者ギルドを後にした。



「……えっと、確かこっちのはず」


 冒険者ギルドから出ると、商業区にある雑貨店を目指す。

 商業区はこのダンジョン街アルヌスの中でも安全な地区だ。出来るなら僕たちも商業区に住みたいが、家賃の桁が違う。とても支払えそうにない。


 冒険者ギルドを出て少し西に進めば、商業区だ。

 僕は商業区までやってくると、小さな木造のお店の扉を恐る恐る開いた。


「いらっしゃいませだにゃ~」


 来客を知らせる涼し気な鈴の音と共に、かわいらしい猫なで声が僕の耳に聞こえてきた。

 視線を向けると、店内のカウンターに佇むメイド服の女の子。だがその頭からは猫耳が生えていた。


「あ、あの石鹸がほしいのですが……」


 僕は猫耳の女の子に、少し畏まりながら伝える。猫の獣人さんを見るのは初めてだったからだ。もふもふとした耳がとても愛くるしい。


「石鹸かにゃ?どんな石鹸が欲しいのかにゃ?」


「えっと、できれば一番安い物で……」


 乾いた作り笑いを浮かべながら、僕は猫耳の店員さんに言った。高い石鹸なんて手も出そうにない。


「だったらこの石鹸だにゃ。値段は千五百ガルドだにゃ~」


 猫耳の店員さんが棚から、羊皮紙に包まれた石鹸を取り出してくる。

 千五百ガルド。銅貨にして十五枚。買っても五百ガルドは黒字だ。


「じゃ、じゃあそれください!」


「毎度ありにゃ~」 


 僕は猫耳の店員さんに千五百ガルド支払うとお店を後にした。

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