第4話 僕には強敵だった

 お嬢様方が小さなベッドで一つになり、まだ眠りこける早朝。

 僕は小さく、「いってきます」と扉を締める前に呟くと、急いで冒険者ギルドに向かった。


 空はまだ薄暗く、やや肌寒い。

 冒険者ギルドは街の中央付近に存在する。ここからは北西の方角だ。冒険者ギルドを目指して歩を進めると見えてくる、そそり立つ壁のような黒い影。


 それはこの街最北端に存在する、最強最悪のダンジョン『神魔の塔』の壁面だ。

 巨大な街であるはずのアルヌスの城壁が、おもちゃのように感じるほど馬鹿でかい壁面。


 その塔の全景は全くもって見渡せない。アルヌスの街全体が、まるで天まで届く大樹に貫かれたようにすら思える。


「あんなとこ絶対僕じゃいけないや……」


 そんな声が自然と漏れた。


 冒険者ギルドはそんな『神魔の塔』を背に存在していた。背と言っても距離にして数十キロは離れているのだろうが、冒険者ギルドから視えるその塔は確固たる存在感を放っている。


「……おはようございます」


 僕は小さく挨拶をしながら、冒険者ギルドの扉を開いた。

 冒険者ギルドは年中無休で常に開店状態。眠ることを知らない。


 中には十人ほどの冒険者と、受付の職員さんがちらほらいるのみだ。朝が早いから冒険者も少ない。


 僕は魔石と素材の換金所にやってくると、肩掛け鞄から職員のお姉さんに、昨日のグリーンラビット三体から取れた魔石と毛皮の換金をお願いした。


「全部で千ガルドになりますが、よろしいでしょうか?」


「……はい、お願いします」


 僕は若干顔を引きつらせながらもお願いした。

 千ガルド、銅貨で十枚だ。安すぎて泣けてくる。


 四人で暮らしている僕らにとっては一日の食費の半分だ。つまり赤字。どんなに節約しても四人だと食費で二千ガルドはかかる。


「はぁ~、全然ダメだ」


 僕は銅貨を小さな袋へと仕舞うと、溜息と共に冒険者ギルドを後にした。



 それからいつものように新人ルーキーダンジョンへと向かう。


 今日の僕はいつもより更に気合を入れてダンジョンの階段を降りていく。何としても稼がなければならない。


 一階層の通路を歩いている途中で、前方から小さな影が出てくる。グリーンラビッドだ。

 だがこちらに気付いてない。これはチャンスだ。静かに使い古しのショートソードを抜く。背後から音を立てないように近づくと一気に剣を振り、斬りつけた。


 くぎゃっ、と声を漏らしてグリーンラビッドは絶命した。僕は魔石と毛皮をはぎ取る。

 もう手慣れたもので簡単に作業は進んだ。魔物の肉は、人が食べれるものではないので放置だ。放置してればいずれ土に帰るか、魔物が食べるかのどちらかだ。


 魔石は魔物が持つ証で様々な用途に使われる。魔石灯ランプ辺りがいい例だ。暮らしていれば、誰しもがその恩恵を感じるだろう。



 幸先良く、グリーンラビットを一匹狩れたことに僕は笑んだ。


「今日はもう少し、先まで行ってみようかな」  


 僕は一階層の更に奥深くに行くことに決めた。何よりも稼がなければいけない。


 お嬢様方を養うことはもちろんだが、出来得ることならこの街の上級地区にある魔法学院にも通わせたいのだ。その為にはとてつもないお金がいる。故にひたすら魔物狩りだ。  



 初めて足を運ぶ場所に僕は慎重に、いやびびりながらといった方が正しいかもしれない。


 歩を進めていくと何やら音がする。何かの足音、だがそれは駆けるように早かった。


 僕は強くショートソードを握り締め、身構える。近い、すぐそこだ。



 その瞬間、通路の奥から迫るものに僕は弾き飛ばされた。


「うわっ!?」


 何とか剣を構えていたこともあって、軽傷で済んだ。僕は急いでその影を目で追う。


「ブルルルルッ―」


 声を震わせるその姿は猪そのもの。魔物図鑑で見たことあるワイルドボアだ。体長一メートルを越す猪の魔物。

 グリーンラビットと同じ突進型の魔物だが、その下顎から突き出た牙は要注意しなければならない。


 僕は足元をならすワイルドボア目掛けて突っ込む。剣を突き立てお返しだ、と謂わんばかりに突進する。

 だがワイルドボアはその突きを顎の牙で打ち払う。僕は体制を崩され、無様に転がった。


 グリーンラビットより強い敵は初めてだった。そもそもグリーンラビットに手こずるくらいの僕じゃワイルドボアは荷が重いのかもしれない。


 でもお嬢様方のためにも稼がなければ……。


 僕は急いで立ちあがる。が、ワイルドボアはそうはさせまいと突っ込んできた。


 早い。急いで防御態勢を取る。だが間に合わず、僕の脇腹に牙が当たる。


「げほっ!?」


 脇腹に鈍痛が走る。ちらりと腹部を見る。牙は当たっただけで刺さってはいなかった。

 それでも痛い。ずきんと継続的に痺れるような痛みが走る。だが痛みに打ちひしがれてる場合じゃない。


 ワイルドボアをなんとか受け流すと、僕は大きく後ろに下がった。


 ワイルドボアの攻撃は直進的だ。だったら躱したところを狙うしか無い。


 再度ワイルドボアは突っ込んでくる。僕は今度は防御姿勢を取らずに、しっかりと剣を構える。

 その牙が僕の腹部に差し迫ったその時、僕は思いっきり飛んだ。


 そしてワイルドボアの頭上からショートソードをその首の後に突き立てた。


「ぶぎいいぃぃぃ―」


 ワイルドボアの最後の声がダンジョンに響くと、間もなく絶命した。


 動かなくなったワイルドボアを尻目に僕は息を整える。痛みの走る脇腹が気になって服を捲り上げると牙の形のような痣がはっきりと浮かんでいる。


「久しぶりに痣もらっちゃったな……」


 お嬢様方には絶対にばれないようにしないと。何だかんだで心配症だから。


 僕はワイルドボアを相手にするにはまだ早いと判断して、グリーンラビットを狩ることにした。


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