第2話 神はいないかもしれないが天使は優しく微笑んだ
扉が勢い良く開かれる。そこはご主人様の邸宅の応接間。
ご主人様とルーシェ様の父親らしき人が勢い良く開かれた扉を見て、怪訝そうな顔をしている。
「父様、見てください!この少年を!!」
僕の手を引っ張り、ルーシェ様は父親に僕を見せつける。痣だらけで傷だらけの身体、枯れ木のように細った僕の姿をルーシェ様の父親は凝視した。
「……これはどういうことかね?ブラウ殿?」
低く重厚な声が鳴る。ご主人様を見るとその豚のような全身から脂汗を大量に掻いている。
「こ、これは、違うのです。グラハム様、その、稽古を、そう!剣の稽古をつけてやっておったのです」
ご主人様は身振り手振りを交えながら、グラハム様に必死に取り繕っている。だがご主人様を睨むグラハム様の眼は鋭く厳しく光っている。
「ほう、稽古を?それにしてはやり過ぎではありませぬか?」
「え、ええ。わたしもやり過ぎてしまったので、休むように言ったのですが、まだ働きたいと言うので、つい……」
僕は絶句した。そんなことは一言も言っていない。そもそも剣の稽古なんてつけられた覚えなど無い。
「嘘よ!だったら何故、手当ても何もしないで……」
「ルーシェ、お前は少し黙っていなさい」
ルーシェ様が必死に訴えかける途中で、グラハム様の声がそれを遮った。ルーシェ様はもっと言いたげな顔をしていたが、グラハム様の厳しい目を見ると、その細い肩を落とした。
「ブラウ殿、この少年を見れば全ては明らかだ。これは稽古でつけられたものでは無い。この事が公に出ればあなたも特はしないでしょう」
「……は、はい。仰るとおりで」
ごくりとご主人様の喉が鳴る。未だに大量の汗は
「ここはひとつ、いかがです?あの少年を解放して自由にしてみては?」
「な、何を仰います!?あの小僧一人でも、そこそこの金貨を積んで……」
ご主人様の言葉で、グラハム様の穏やかな目がより一層厳しさを増す。
「……ブラウ、こちらは譲歩してるんだぞ。本来なら今すぐにでも自衛騎士団に突き出すところだ」
その凄みにご主人様は青ざめ、力無く項垂れた。
「……わかりました。寛大なご配慮に感謝申し上げますグラハム様。しかし、この少年の奴隷印は特殊でして解除できないのです。ですので誰かが引き継ぐという形でないと……」
それを聞いて僕は目を見開いた。
解除できない?そんな、それじゃあ僕は一生奴隷のままなのか……。
「何故解除できないのだ?」
「それがわたしにも理解りませぬ。ただ珍しい黒髪黒目の子でしたので、育てて売れば何倍にもなると思いまして奴隷商から買ったのです。その時も引き継ぐ形で奴隷印を交わすことしか……」
「父様!ならばわたしがこの子を貰い受けます!!」
今までグラハム様に
その瞳は真剣そのもの。真っ直ぐグラハム様を見据えて離そうとはしない。
「……困った子だ。だが一度言い出したら聞かないからな」
やれやれとその眉間を顰めながら、首を左右に振るグラハム様は諦めた様子だった。だが直ぐにご主人様に向き直ると言葉を発した。
「ブラウ殿、この少年を譲るということで手を打たぬか?もちろん言い値で金貨も支払う。今後も同様に取引きを続けることだって約束しよう。いかがかな?」
「‥…はっ!も、もちろんでございます。グラハム様の寛大な心に今一度感謝申し上げます」
ご主人様は高級そうなハンカチで汗を拭いながらグラハム様に頭を下げると、奴隷印の譲渡をルーシェ様に行った。
ご主人様は自分の手の甲とルーシェ様の手の甲を近づけ、何やら呪文のような言葉を唱える。やがてご主人様の手の甲が光り、その光がルーシェ様の手の甲へと移っていく。そして奴隷印の譲渡が終わった。
それからルーシェ様が、短剣で指の先を少し切り、その血を僕の口へと垂らす。双肩する奴隷印を持つ物同士の間で新たな契約が成された。
「これであなたはもうわたしの物だからね」
にこりと微笑むルーシェ様の笑顔は眩しく、まるで天使の様だった。
その言葉に僕は膝を付き頭を垂れる。そして精一杯の感謝を捧げた。
地獄のような日々からの脱却。それはあまりに唐突にやってきた。そうあまりにも唐突に。
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