ダンジョン街に転生した奴隷の僕はお嬢様方を養うため最強へと成り上がる。
七原いおり
第1話 奴隷が送る日々
「ちびすけ!!また貴様かっ!!!!」
「ご、ごめんなさい。急いで運びますので、ぶたないでっ!!」
積み荷の馬車から僕はまた小麦粉の袋を落とした。これで何度目だろう、数えきれないほど同じ失敗をした。
僕に罵声を浴びせたのは豚のように肥えた男。高級な服を纏っているが、非道く醜い身体。その身体を揺らしながら、こちらへと向かってくる。豪商として名を馳せているその男こそ、残念ながら僕のご主人様だ。
「この無駄飯喰らいの役立たずがっ!!!!」
「あぐっ!? ゆ、ゆるして、ください……」
頭を抱え怯える僕に、ご主人様はいつもの様に罵声を浴びせたあと、何度も殴りつける。身体はいつもぼろぼろだ。傷が回復する間もなく、新たに傷が増え続ける。ひたすら繰り返される暴力の嵐。
満足な食事も取らせて貰えず、痩せこけた僕の身体は青痰と傷だらけ。どうしてこうなったんだろう?
いくら考えてもわからなかった。
僕には昔の記憶がなかった。覚えていることは僕の名前がユウリ・キリサキということ。そしてこの奴隷生活二、三年の記憶ぐらいだ。どこから来たのか、どうやって奴隷になったのか何も理解らない。
「大事なお客様が来るというのに、グズグズしおって!!全部運び終わるまで飯も抜きだからな!!!!」
もう朝から何も食べていない。空は紅く染まり、日が落ちかけている。
ご主人様は倉庫前のここから、大邸宅である屋敷の方へ帰っていく。若いメイドさん達をその両脇へと抱えて。
傷だらけの身体を引きずるように、僕はまた麻袋に満たされた小麦粉を運ぶ。ずしりと伸し掛かる麻袋に、僕の枯れ枝のような身体は悲鳴を上げる。よろよろと今にも倒れ込みそうになりながらも、全ての小麦粉を運び終えた。
同時に僕は倒れ込んだ。もう限界だった。何もかも。
鳴り止まない胃袋の悲鳴に、力を使い果たした身体は痙攣を起こす。
「……神様、何で僕は、こんなに弱くて惨めなの?」
神様はいつも何も答えてくれない。
空を見上げれば、星がその顔を覗かせ始めている。その空を見上げながら、綺麗だなと言葉を漏らす。
暗く閉じていく意識の中で、僕は自分の無力さを呪うことしか出来なかった。
――どのくらい経ったのだろうか?
意識が覚醒へと向かっているのを実感できる。でも何だろう?
いつもより暖かい。何だか安心する感じ。ぽかぽかとして、まるでお日様に当たりながらお昼寝していたような感覚。ずっとこのまま、この心地良さに身を任せていたいなあ……。
そんな意志とは反して目は覚めた。
「――う、んっ」
開いた視界の先、そこには美しいお人形のような顔があった。金色に輝く縦巻きの髪。前髪は、ぱつりと目の上で切り揃えられ、澄み渡る青い瞳はこちらを覗き込む。
「……あれ、僕なんでっ」
「おはよう。あなた身体は大丈夫?」
僕を覗き込む瞳が、魔石灯の光を浴び揺れる。その美しい赤いドレスの胸元には貴族の証である襟章が煌めく。僕は、はっとして一気に跳びあがった。
「ご、ごご、ごめんなさいっ。貴族の方に何たる粗相を……!!」
おそらくは彼女に膝枕をして貰っていたであろう僕は慌てて頭を下げた。
「良いの。でも何で、あなたそんなに傷だらけなの?」
「えっと、それはその、ご主人様に叱られて……」
「あなた暴力を振るわれてるの!?そんな、例え奴隷でも暴力は禁止されてるのに、あの豚男ね……」
襟章をつけた貴族の女の子は、その美しい顔に明らかな嫌悪感を混じらせ、声を震わせた。
「いえ、でも僕も仕事ができなくて、役立たずで、だからご主人様も苛ついて……」
「例えどんな理由があろうと暴力を奮って良い理由にならないわ。ましてや、あなたみたいにそこまでひどい傷を負わせるなんて、許せない……」
みるみる怒気をはらませる少女の顔。僕は怖くて、少し後ずさりしてしまった。
「いいわ。わたしがお父様に頼んであなたを助けてあげる」
「……へっ!?」
僕の口から高く間の抜けた声が漏れた。
「助けてあげるって言ってるの!あなた名前は?」
「は、はい!ユウリ・キリサキと申します!」
「変な名前ね、まあいいわ。わたしはルーシア・フィリウスよ。ルーシェでいいわ」
その縦巻きの黄金の髪をさらりと流す貴族の少女はそう言うと「いくわよ」と僕の手を引いて、邸宅の方へと向かう。
これが僕ユウリ・キリサキと、後のお嬢様の一人、ルーシア・フィリウス様との初めての出会いだった―。
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