人馬 episode.2&side
――トントン。
いつものように合成に励んでいたある日、工房のドアをノックする音がした。
――誰だろう?シュテルとはこの間会ったばかりだし……。
「はーい。今開けます」
作業を中断し、玄関に向かう。
ドアを開けると、そこに立っていたのは――。
「よ!おはよう、主神。今、大丈夫だったか?」
「シュッツェ!久しぶり。うん、大丈夫だよ。――どうしたの?急に」
「ん?やー、用って程のもんじゃねーんだけど……、主神、今日は忙しいか?」
「え?ううん、別に。どうしてもやらないといけない事はないけど……」
そういうと、シュッツェはにかっ、と笑った。
「じゃあさ、良かったら俺と遊びに行かねー?たまには主神も、息抜きした方がいいって。時々なら休んでもバチはあたらねーと思うぜ」
あ、遊びに?
「――なーんて、単純に俺が遊びたいだけかもしれないけどな」
最初は戸惑ったけれど、おどけたように言うシュッツェに、私もクスリと笑いを漏らした。
そんなことを言いながらも、きっと私のために、気晴らしに連れ出しに来てくれたんだろう。
「――分かった。いいよ。今日はお出かけにしよう」
「よっしゃ!そうこなくちゃ。じゃあ、行こうぜ!」
シュッツェが向かったのは、街の中央広場だった。
「ここに、何かあるの?」
「ん?いや。単に、広い場所が欲しかっただけ。ここならちょうどいいだろ?実は、主神と一緒に、こいつをやりたいと思ってさ」
そう言ってシュッツェは、あるものを取り出す。
それを見て、私は目を丸くした。
「それって――!バドミントンの、ラケット!?」
「へへっ!あったりー」
見れば見るほどそのものだ。異世界に来て、こんな身近なものを見ることがあるなんて思わなかった。
「俺さ、地球にいた頃にちょっとやったことがあって。これなら主神と出来るんじゃねーかな、って思って、見よう見まねで作ってみたんだ。ちゃんとシャトルもあるぜ!」
元の世界を思い出させるアイテムに、思わず嬉しさがわいてくる。
あ、だけど――。
「で、でも、シュッツェ。――私、実は運動音痴で……。きっと上手くできないと思うの。下手な人とやるの、シュッツェも面白くないんじゃないかなあ」
悲しいことだけれど、私は運動全般が自信がない。
だけど、シュッツェは――
「なんだ。そんなこと、気にすんなよ!」
からりと笑い飛ばしてくれる。
「上手い下手とかどうでもいいんだよ。楽しけりゃいーんだって!俺、フォローするし。あと、ハンデな!主神は、アイテムを何でも好きに使ってくれていいぜ。それで勝負だ!」
「ほんと?アイテム使っていいんだね。よーし……それなら――」
風気流!
風の加護を身につけるアイテムを使う。これで、上手く使えば、身体能力の不足を、風が補ってくれるはずだ。
「準備はいいか?」
「うん!いつでも」
「よっしゃー、それじゃ、始めるぜ!」
掛け声とともに、シュッツェが第一打を打ってきた。
言葉の通り、手加減してくれているみたい。シャトルはふわり、と私の目の前に落ちてきた。
これは、普通に打ち返せる!
パシン、とシャトルは無事ラケットに当たった。
しばらく、無難なラリーが続く。
が、次の一打――。
「あ!わりい、主神!」
シュッツェの打ったシャトルが、強く飛びすぎてしまった。
普通に追いかけたら、私じゃ届かない。だけど――。
「風気流!」
ふわっ。
私は風の力で、飛んでいったシャトルを手元まで吹き戻した。そして、打ち返す。
「あー、ずっりい!」
シュッツェが文句を言うけれど、その顔は面白そうに笑っている。
「ふふーん、アイテム使っていいって言ったのはシュッツェだもんねっ」
そんなふうに、反射神経の不足を風で補いながら、ラリーを続ける。
「よーし、これはどうかなっ!」
ラケットに風をまとわせ、その威力を上乗せして思い切り打ち返す。
「うわっ!」
かなりの勢いになったそのシャトルを、シュッツェはぎりぎりでなんとか打ち返す。
「ははっ、すげー!そんなのもありかよ。――よし、こっちもちょっと本気でいくぜ!」
そんな風に、結構白熱した試合になった。
ラリーを続けながら思う。
――楽しい!
ラケットで打つ感覚も気持ちいいし、ぎりぎりのところでシャトルを拾えた時はとても嬉しい。
なにより、動いているだけで気分が高揚し、爽快感が感じられる。
――体を動かすって、こんなに気持ちの良いものだったんだ!
ひとしきり打ち合った後、さすがに疲れを感じてきて、私とシュッツェは一休みをすることにした。
日陰に腰をおろす。少し汗ばんだ体に、頬を撫でる爽やかな風が気持ちいい――。
ふと気がつくと、少し離れたところから、数人の子供達がおずおずと私達を見ていた。広場で遊んでいた子供達だ。
その中の一人の女の子が、意を決したように私達に話しかけてくる。
「あの……、それ、なあに?お姉ちゃんたち、何して遊んでたの?」
――そうか。バドミントンなんて、この世界には存在しないものだ。きっと物珍しかったんだろう。
「これか?これはな、バドっていうんだ。すっげー面白いぞ!」
「バド……。いいなあ――」
シュッツェが答えると、子供達は気になって仕方がないように、ラケットを見つめ、もじもじする。
「お前らもやってみるか?」
「!――いいの?」
「当ったり前だよ。ほら、貸してやる。俺らと勝負しようぜ!しゅじ――、あ。えっと……」
いつものように主神、と呼びかけようとして、シュッツェは言葉を飲み込んだ。街の人たちの前で、「主神」なんて呼び方は出来ないからだろう。
「――ア、アリサ!子供達のサポート、してやってくれるか?」
困った挙句、思い切ったように、シュッツェは私の名前を呼んだ。名前で呼ばれたのは初めてだけれど、それは決して、不快じゃなかった。
サポートというのは、子供達を風の力で補助してやって欲しい、ということだね。
「もちろん。まかせておいて!」
――シュッツェがサーブを打つ。女の子の打ちやすい位置に、私が風で調整する。ラケットに当たる。風の力を受けて、シャトルは軽やかに飛ぶ――。
子供達は笑顔になり、一生懸命シャトルを追いかけ、駆け回る。私達も負けずに、打ち返す。
そうして私達は、へとへとになるまでバドミントンを楽しんだのだった。
「っあーー、楽しかったあ!」
子供達と別れ、工房に戻りながら、私は伸びをする。
「俺も!主神、強えんだもんなあ。ついついマジになっちまったよ」
楽しげに笑いながら、シュッツェは答えた。
「今日は本当に、ありがとう!シュッツェが誘ってくれたから、こんなに楽しい一日になったよ。バドミントンができるなんて、まるで元の世界に戻ったような気分だった」
今はもう遠い世界。
だけど、今日は少しだけ、あの世界で、友達と遊んでいるような気分になれた。
「それに、運動っていいね。私、主神としての仕事に精一杯で、他の事をやる時間なんてないって思っていたけど――、でも、こういう時間も、大切なんだね。今日がすっごく楽しかったおかげで、明日からは思いっきり仕事を頑張れそう!――シュッツェのおかげだよ」
本当に。一時だけ、主神としての重圧を忘れて、すがすがしい気分になれた。
晴れやかに笑ってお礼を言うと、シュッツェは少し眩しそうに目を細め、とても嬉しそうに笑った。
「――よかった。俺も、すっげー楽しかったぜ!あの子供達も、楽しそうにしてくれて嬉しかったよな」
それから、少し迷うようにしてから、シュッツェは口を開いた。
「――あのさ、主神。十二柱としては、こんなこと思うべきじゃないんだろうけど――、俺、主神と遊んでると、めちゃくちゃ楽しいんだ。すごく、あったかい気持ちになるっていうか……。もっと、一緒にいたいと思う。だから、これからもたまにこうやって、息抜きに誘ってもいいか?」
「シュッツェ……」
その言葉は、嬉しかった。私もシュッツェと遊ぶのは、すごく楽しかったから。
「もちろんだよ!私の方こそ、お願いしたいくらい。厚かましいかもしれないけど、私、シュッツェのことは、こっちで出来た初めての友達だと思ってるんだ!」
そう言うと、シュッツェは少し複雑な笑みを見せて、言った。
「……サンキュ!――じゃあさ、お願いなんだけど……、こうやって二人で遊んでる時だけは、主神のこと、アリサ、って――呼んでもいいか?」
「うん、かまわないよ!その方が、堅苦しくなくて嬉しい」
微笑んで言うと、シュッツェは嬉しそうに笑った。
「じゃあ――、また、遊ぼうな!アリサ!」
その後、シュッツェは工房まで、私を送ってくれた。
なんだか今日は少し、シュッツェと仲良くなれた気がするな――。
――side:シュッツェ――
はー、今日は目一杯遊んだなー!
俺も楽しかったし、なによりアリサの楽しそうな笑顔が見れて嬉しかった。
名前で呼ばせてくれなんて、厚かましいお願いしちまったけど……、でも、いいよな、十二柱としての職務の時は、ちゃんと主神って呼ぶし。
今度機会があったら、どこに行って、どんな遊びをしよっかな。
――けど、アリサに友達だって言ってもらえて、嬉しかったのに――、心から喜べなかったのは、――なんでだ?
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