副 episode.2&side

 レーヴェさんとの強制イベントを無事終えた翌日、彼と少しだけ近しくなれた満足感に、私は安堵した気持ちで目を覚ました。

 いつものように身支度を終え、――そこで気付いた。

「あ――!」


 ちょうどその時、ノックの音がする。

「主神、おれだ。もう起きているか?」

 ――シュテル!

 私は駆け寄るようにしてドアを開け、開口一番言った。

「シュテル!見て、種が――!」

 勢いよく開いたドアに一瞬驚いた顔をした後、その言葉を聞いて、シュテルは微笑んだ。

「ああ――、やっぱりか。そろそろじゃないかと思って来たんだ」

 シュテルから受け取った種。その種から生えていた芽が、茎にまで成長し、力強く伸び上がっていた。

 育っている……!

「十二柱全員との絆を、主神は前進させたからな。一つ目の核も取り戻したことだし――、そろそろこいつにも変化が現れているんじゃないかと思った。よく、がんばったな」

 率直に褒められ、私はうろたえてしまう。

 でも、――すごく嬉しい。


「多分、変化はこいつだけじゃないはずだ。――ちょっと、アイテムを合成してみろ」

 合成?――今、ここで?

 不思議に思いながらも、言われたとおり、適当なアイテムを合成し始める。

 すると――。

「あ、……あれ?素材が、――三つ選べる!?」

 今までは、二つの素材からしかアイテムは合成できなかった。それが、三つまで素材を選べるようになっている!

「十二柱との絆を紡ぎ、あんたは十二個のスキルを手に入れた。――一つ目の核も、無事取り戻した。そうした成果が出たんだな。合成能力も、今まで以上に使いこなせるようになったって訳だ」

「すごい――、嬉しい。これで、今までよりもっと、たくさんのアイテムを作り出すことができるね!」

 種の成長が、合成能力の向上が嬉しくて、私は満面の笑みを浮かべ、シュテルに顔を向けた。

「ああ。――あんたは、成長したよ。よくやっている」

 いつもの生意気さが嘘のように、シュテルはそんな風に私を褒めてくれた。

 な、なんだか、そんなに真正面から褒められると、ちょっと照れくさいな……。

 気まずさに視線を外すと、シュテルは続けて、すこし口ごもりながら、こう言った。

「ちょっと――、いいか、主神。あんたに、話したいことがあるんだ。よかったら、おれと一緒に来て欲しい」

 ――?シュテルが、こんな事を言うのは初めてかもしれない。

 もちろん、シュテルが話があるというのなら、私に断る理由はない。

「分かったよ。一緒に、行こうか」

「――。……ありがとう」

 少しだけ安心したように、シュテルは笑みをこぼした。



「この先が、ナーエの小川のさらに奥地――、シェーン湖だ」

 木々の間をしばらく歩いた後――、突如、視界が開けた。

「うわあ……!」

 思わず感嘆の声を上げる。

 そこにあったのは、大きな湖。

 清く、静謐で。水底まで見通せるほど澄んだ湖は、穏やかな光を受けて、湖面をきらきらと輝かせていた。

 その湖のほとりに、シュテルは腰を下ろす。

 私も倣って、その隣に座った。

 湖から、心地よい風が吹いてくる。しばらく、私達はその景色を楽しんだ。


 やがて、シュテルが口を開く。

「ずっとあんたに……、謝りたかったことがある」

 シュテルの言葉に、私は驚く。

「謝りたかったことなんて――、シュテルには、いつも助けられているのに?」

「そんなことはない。今までの成果は、あんたが努力したからだ」

 そこで一度、口をつぐみ、逡巡しながらシュテルは続けた。

「初めて会ったときのことだ――」

 ――初めて、会ったとき……?

「おれは、あんたに、ひどいことを言ったな。――あんたの存在感が薄いせいで、ひどく探すのに苦労したと」

 あ……。

 言われて思い出す。確かに、シュテルとの初対面は、決して好意的なものじゃなかった。

「――いきなりおれのような子供が現れて、別の世界について来いという。正直、突拍子もない話だし、きっとあんたはかなり混乱しただろう。それなのにおれは、あんたを安心させるどころか、きつい言葉を吐いた。……身勝手だったと思っている。――悪かった」

 シュテルは深く、頭を下げる。

 私は慌ててしまった。

「そ、そんなこと、もう覚えていないよ。もし、その時そうだったとしても、今のシュテルは私にひどいことなんて言わない。むしろ、いつだって私を助けて、サポートしてくれる。感謝こそすれ、不満に思うことなんてないよ!」

 一息に言うと、シュテルははにかむような笑顔を見せた。

「そうだよな――、あんたは、そういう奴だ。自分への暴言も、苦言も、気にならないはずはないのに、怒りもせずに水に流す。そうして、相手の事を思いやる」


 ふと、私から視線を外し、シュテルは湖の方を見つめる。

「少し――、おれの話をしてもいいか」

 その言葉に、軽く目を瞠る。シュテルがそんな事を言うのは、珍しい。

「もちろんだよ」

「――おれの話をしたことは、なかったよな。おれが先代の副神から代替わりしたのは、もうずいぶんと昔だ。どれぐらいの月日が経ったのか、覚えていないくらいにな」

「――副神って、代替わり制なの?」

「ああ。おれだけじゃない。十二柱の奴らも、定期的にその役目を終え、替わりに次の十二柱が選出される」

 そういえば、前にシュッツェが、地球出身だと言っていた。彼もまた、そうやって神に選ばれたのか……。

「副神になってから、いくつもの世界を見てきたよ。色んな主神も、星も――。立派に繁栄し、豊かに栄えた星もあれば――、充分に成長しきれず、滅んでしまった星もあった。そして、この世界の副神となった時――」

 シュテルは、昔を思い返すように宙を見つめる。

「最初、世界に何もない、無の時の中。おれは命の誕生をずっと待った。永い時を経て――、ようやくこの世界に、この星――ヴェルトが生まれた。そして、主神の存在を知った時、おれは嬉しかったんだ。ようやく仕えるべき人に、この星を救ってくれる人に会えると思った」

 そこで一度、シュテルは言葉を切る。


「だが――、主神となるべき存在が地球にいることは分かっても、どうしても、おれはそいつを見つけることができなかった。探して、探して――十七年だ。十七年もの月日を費やした。そして、ようやくあんたを見つけた」

 そこで、ふ、と息を吐き、シュテルは続けた。

「だが――ようやく見つけたあんたは、ひどく希薄な存在だった。覇気もなく、強い意志も感じない。退屈そうに、ただ生きているだけのようだった。――正直言って、失望したよ。おれが捜し求めてきた主神は、こんな人物だったのか――ってな」

 私は、息を詰めてシュテルの言葉を聞く。何も言えない。

 言えるはずがない。

 ――それは間違いなく、少し前の、私だ。


 けれどそこで、シュテルは表情を緩め、私を見た。

「だけどな。それは間違いだった」

「――え?」

 真っ直ぐに私を見つめ、シュテルは語る。

「あんたはそんな自分を自覚し、なんとか変えようとしていた。強引に巻き込まれた主神という役割の中で、それでもこの世界のために、出来る事をやろうとした」

 一歩、シュテルが私に近づく。

「個性の強い、一筋縄ではいかない十二柱に囲まれても、誰一人拒絶することなく、少しでも絆を結ぼうと奔走した。あんたのその行動のおかげで、十二柱は皆、少しずつではあるが、主神を認めつつある」

 シュテルの青い瞳に、私が映っている。

「合成能力も向上した。澱みにとり憑かれた核も、既に一つを取り戻した。街も豊かになり、採取地も充実しつつある。――そして種も、こうして、確かな成長を始めている」

 私の正面で立ち止まり、シュテルは幸せそうに笑う。

「――もう、あんたを存在感がない人間だなんて思わない。あんたはこれから、さらに変わっていくだろう。皆のために。世界のために。――あんたが主神でよかった。おれが仕える存在が、あんたでよかった」


 シュテルが、――ひざまずく。

 初めて会った時と同じように。

「これからも、あんたのために働かせてくれ。おれがきっと、あんたをサポートする。――あんたの副神であることを、誇りに思う」

「シュテル……」

 言葉が、でなかった。嬉しくて――、嬉しくて。

「シュテル、顔を上げて」

 言葉の通りに、シュテルが顔を上げ、立ち上がる。

 その体を、私は力いっぱい抱きしめた。

「しゅ――主神!?」

「――ありがとう」

 言葉にならない思いを、精一杯込めて、シュテルを抱きしめる。

「私の方こそ、シュテルがいてくれてよかった。シュテルがいつも、傍で助けてくれたから、この世界でやっていくことができたんだよ――。私にとっても同じ。シュテルが副神で――よかった。支えてくれて、ありがとう」

「あ、あんたなあ……」

 感謝を込めて言うと、シュテルはなぜか慌てたような声を上げた。

 抱擁もそこそこに、さりげなく体を離される。

「……こんな傍若無人な副神にお礼なんて、物好きだな」

「もう慣れたもん。ほんとは優しいの、知ってるし」

「…………」

 笑って言うと、シュテルは仏頂面で黙ってしまった。そっぽを向いた、その頬が赤い。

「――私、頑張るから。だから――これからも、よろしくね。シュテル」

 シュテルの手を握る。

「――ああ。もちろんだ、主神」

 外していた視線を私に戻して、シュテルはその手を、強く握り返してくれた――。


 ――side:シュテル――


 ――本当に、思ったことを素直に言ってくる奴だな……。

 だけどあいつ、絶対におれのことを子供だと思ってるだろ。思いっきり抱きしめやがって。

 見かけは子供かもしれねえが、こっちはあんたの何倍も生きてるんだぞ。その事を自覚……してねーよな、絶対。

 ――くそ。なんなんだ。

 主神に子ども扱いされると、何となく、面白くない――。

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